もともと、「自分は劇伴をやっちゃだめだ」って勝手に思いこんでいたんです。ちゃんと音大に通って、クラシックを学んできたような人がやるべきものなんだと。そういう固定観念を破ってくれたのが、Nine Inch Nailsのトレント・レズナーや、ハンス・ジマーともよく仕事をしているJunkie XLでした。彼らはぜんぜん違う分野から劇伴の世界に入ってきているじゃないですか。そういうのを見ていたら、「ああ、入っていいんだこの世界」って思えたんです。
ジャパニーズ・アマピアノのパイオニアことaudiot909のアルバム『Japanese Amapiano The Album』も全編素晴らしかったですが、アマピアノのクールなアツさを日本のR&Bの文脈と見事に接合したような「秘密」は出色の出来。歌モノポップにもアンダーグラウンドにも振れるダンス・ミュージックとしての懐の深さに身を預けつつ、日本でそれをやり抜くということの意義に真摯に向き合った成果として記憶されるべき1曲。
本当は年間ベストといったらコーチェラでのPangbourne House Mafia(Skrillex, Fred again.., Four Tet)のDJセットだろと思うんですが、まあそれはそれとして、年始にリリースされたこのシングルは本当によかった。その後のアルバム2枚もふくめて、Skrillexの功績について考えることの多い1年でした。シンプルで削ぎ落とされた構成ながら、ひとつひとつのサウンドの細かいレイヤーがつくりだすテクスチャ―の変化が緊張感ある響きをつくりだす職人技は聴けば聴くほどビビる。ものすごくワイルドな印象なのに、選ばれているサウンドそれぞれはかなり繊細かつストレンジで、だまし絵みたいだなと思う。
Courtesy – Something feat. sophie joe & August Rosenbaum
デンマーク出身のアーティスト、Courtesyがリリースしたアルバム『fra eufori』は90s~00sのダンス・ポップをドラムレスなエレクトロニック・ミュージックに翻案するカヴァーアルバムで、ダンス・ポップっていうかEnyaも2曲とか入ってて選曲が納得感とおもしろどっちもあって、かつCourtesyのアナログシンセのサウンドを多用したコンポジションがもともと好きだったこともありよく聴いていた。トランスがリバイバルしていたり、あるいはY2Kなダンス・ポップも再興していたり(Planet of the Bassってありましたねぇ…… あれなんだったんだ)する時代の流れを感じつつ、そこからちょっとずらしたアプローチが絶妙。
そんなbeipanaが2022年1月にアルバム『Soothe Your Soul』をリリースした。本作は、近年InstagramなどのSNSで発表してきた演奏動画をもとにしたもの。スティール・ギターで奏でられるハワイアン・ミュージックとローファイ・ヒップホップのビートが結びついた、シンプルかつユニークな音楽性が耳を捉える一作だ。今回、『Soothe Your Soul』をきっかけに、このスタイルにたどり着いた経緯や、演奏動画のシェアで得られた経験についてインタビューすることができた。話を聞いてみると、何気なく、またユーモラスにも思えるアイデアは、長年にわたるさまざまな関心が、幸運にもひとつのかたちにまとまった結果であることがわかった。
そうですね。あと、長く続けようと思わせてくれたもうひとりに、アメリカ西海岸でインディーバンドのギタリストをしているTommy de Brourbonという人がいます。彼はペダルスティールも演奏するので、スティール・ギター繋がりでフォローしてくれたのかなと思うんですけど、アカウントをよくみたらTikTokのリンクもあって。見てみたら「ラップの曲にもしギターソロがあったら」みたいな動画で100万回以上再生されていたんです。それで、DMでそのことについて話したら「インターネットは何が起こるかわからないから、絶対にやり続けたほうがいいよ」と言ってくれて。確かにそうかもな、と。
YouTubeは視聴専門の人が多い分、すごく長文で感想をくれるんです。Instagramでリアクションをくれるのは全員クリエイターという感じなので、「今回の、いいね!」みたいなライトなやり取りなんですけど、YouTubeだと、「わたしはこういう者で、こういう状況で聴いているんだけど、あなたの曲はこうだと思います」みたいなコメントがいっぱい届く。Instagramとは違った嬉しさがありますね。実は『Soothe Your Soul』というアルバム・タイトルをはじめ、このアルバムに収録した曲のタイトルはほぼYouTubeでもらったコメントの引用なんです。ハワイアンルーツの人で、おばあちゃんにもお母さんにも一緒に聞かせてシェアしている、というコメントをもらったり、ハワイ在住の人や、ネイティヴハワイアンの人からも反応があって。ネットを通じて、新しいコミュニティを作れている感じがありますね。
ラップスティール・ギタープレイヤー。自ら演奏するレトロなスティール・ギターのサウンドとサンプリングやエレクトロニクスをミックスした独自のリゾート・ミュージックを奏でる。近年はSNSで『スティール・ギターの演奏+ローファイ・ビーツ』による、ハワイアンのカバー演奏動画を披露している。演奏動画のコンセプトをもとにした『Soothe Your Soul』を2022年にリリース。 https://linktr.ee/beipana
冨田ラボ / 富田圭一 WORKS BEST 2 ~beautiful songs to remember~ライナーノーツ/全曲解説
冨田恵一さんの2010年代の活動をまとめたWORKS BEST 2に各曲解説を執筆。あまりやったことがないタイプの仕事で緊張したけれど、結果的には手応えのあるブツになりました。CD自体、シンプルなコンピレーションながら、大きな転換期を迎えた冨田さんの姿がありありと浮かび上がる面白い作品になっているので、おすすめです。っていうか、冨田さんに限らず、「ああ、2010年代ってこういう空気感あったよな」ってかなり振り返れたんすよね。一方には柳樂光隆さんがJazz the New Chapterが積極的に紹介してきたようなネオソウルも含めた新しいジャズの流れがあり、それと同時にメインストリームのポップスがサウンドの新たなスタンダードをどんどん打ち立て……という。「シミュレーショニズム」の冨田さんがアクチュアルなサウンドに傾倒していったうえで、ふたたび独自のアプローチを確立していく10年間。これは実はKIRINJIも似たような経路を辿っている感じがあって。すごく刺激的です。
ミニマリズム~ポストミニマリズムの重要な作曲家のひとりとして再評価の声が高まっているジュリアス・イーストマンの仕事を振り返る記事をCINRAにて執筆。たしかにイーストマンの作品はかなり好きで聴いていたものの、自分が書いていいのかな~と迷っていたんですが、背中を推されて書いてみたら、それなりに思い入れの強いテクストに仕上がりました。ジュリアス・イーストマンはいいぞ! とりあえずFemenineとStay On Itがおすすめです。
2023年4月から、大体月イチペースでSimon ReynoldsのRetromania: Pop Culture’s Addiction to its Own Pastの読書会をオンラインで開いていた。以前開いていた読書会の延長ということで、「ポプミ会アドバンス」とした。日本語のてごろな文献ではなく、未邦訳の文献を読むからちょっとモチベが高めのひとじゃないと大変そうだな、という思いもあり、「アドバンス」。
アブストラクトなサウンドコラージュやチルなローファイ・ヒップホップ、ときにはヴォーカリストとコラボレーションした歌モノまで多彩かつユニークなディスコグラフィを持つ音楽家/ビートメイカー、TOMC。その作品はもちろんのこと、意表をつくようなテーマで編まれた批評精神に富むプレイリストや文筆活動も注目を集めている。東京という都市を主題に、ユングの性格類型を骨格としたコンセプチュアルなアンビエント作品『Music for the Ninth Silence』をリリースしたばかりのタイミングで、多方面にわたる活動の原動力について話を聞いた。一部にはフリーの波形編集ソフト・Audacityを駆使した特異な制作スタイルでも知られるTOMCの音楽への姿勢は、想像以上にラディカルで、まっすぐなものだった。
コンピを聴き漁る少年がビートメイカーになるまで
音楽の原体験についてまずお聞きかせください。
幼少期に、親が買ったけどあまり聴かれていないままのコンピとかレコード会社単位のボックスセットが家にいっぱいあったんです。それを好奇心からいろいろつまみ聴きする中で、音楽が好きになっていきました。日本の音楽だと、例えば日本コロムビア10枚組とか、カシオペア辺りのフュージョン方面を海・夜などシチュエーション別にまとめた7枚組とか。いまメディアに寄稿していたり、プレイリストを作っているようなポップス全般への関心の原体験だったと思います。そのなかにはシティポップに通ずる70年代後半のクロスオーバーっぽいテイストを持ったものもたくさんありました。他にも、アメリカのオールディーズものや、10ccの「I’m Not In Love」が入っているようなUKポップスのヒット曲集であったり。「コンピっていろんな曲が知れて便利だな」と思って、「NOW」とか「MAX」みたいな、お小遣いの範囲内で安価に手に入るシリーズを中古CD屋で漁るようにもなりました。
大学の時にバンドマンをやっている友達がいて、「そんなに音楽に詳しいならつくってみれば?」と言われて。とりあえず、よくわからないままフリーソフトを調べて、そのなかに今でも使っているAudacityがあったんです。当時、World’s End GirlfriendさんのレーベルVirgin Babylonなどからリリースされているcanooooopyさんというビートメイカーの方がGaragebandだけで音楽をつくっていて、当時「フリーソフトだけで音楽をつくる人」とプッシュされていて。「こういう人もいるなら自分もAudacityでやっていけるかもな」と思ったんです。
前提として、『Reality』はヨシカワミノリさんの貢献が非常に大きな作品です。曲作りも歌もとても才能がある方で、世に出るチャンスをいっぱい持っていらっしゃるんですが、そのきっかけを掴みつつあるなかで、たまたま一緒につくる機会があったんです。2曲くらいつくって、最初のものは世に出ていないんですけど、次にできたのが『Reality』の最後に入っている「I See You」という曲です。
ニック・ドワイヤーのドキュメンタリーシリーズDiggin’ in the Cartsが公開されたのは2014年。だいたい2010年代なかばから、ビデオゲームのサウンドトラック=ゲーム音楽を「ゲーム」や「音楽」の下位概念というよりもそれ自体を豊かな文化として評価していく言説が増えていく。1日本でもゲーム音楽にフォーカスした書籍が増えていくのがこのくらいのタイミングだと思う。『「スーパーマリオブラザーズ」の音楽革命』が書かれたのは、そうした過渡期といえるだろう。
しかし、ハードウェア的な制限をふまえたうえで、オーソドックスな楽理分析によって近藤浩治の作家性を浮き彫りにしていくところが本書のおもしろいところのように思う。その点では、ゲーム作曲家のニール・ボールドウィンとの対談が印象的だ。そこでは、「西洋」の技術的トリックを駆使したスタイルと対比されるかたちで、近藤の、クラシカルな対位法やハーモニーの手法に裏付けられた洗練が評価される(pp.50-51)。この対談を通じて、シャルトマンは「スーパーマリオブラザーズ」の音楽に「転用可能性」――特定のハードウェアにとどまらず、さまざまなメディアに転用 transfer されていくポテンシャル――を見出す。