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言葉の不気味さ

ここ数年、おそらく仕事としてものを書くことが増えてからだと思うけれども、言葉の不気味さに耐えられなくなることがある。ある特定の形象や音の連なりが意味を持ち、その羅列がなんらかの表現になる。それがたまらなく気味悪く、おそろしい。言葉を使うこと自体に支障があるわけではない。むしろ、支障なく使えてしまうこと自体に対する違和感がばけもののように思え、書くにしても、読むにしても、言葉に向き合っていると、ふと自分と言葉のつながりがうまくつかめなくなり、あるときはあまりに遠く、またあるときはあまりに近く感じられ、身震いしてしまう。耳の奥や鼻の奥に言葉がべたりと貼りついて自分の頭や身体をむしばんでいるような感覚にとらわれる。かといって、言葉から逃れた自由な状態を理想として焦がれているわけではない。ちょっとした拍子に、自分と世界の同期がずれて、ステレオトラックの位相がみだれるようにして、そうした不気味さがうかびあがってきて、それがあまりにも恐ろしい。そういうとき、調和を取り戻すために、詩を書いたりする。詩なんか書いてるのかと思われるかもしれないが、最近たまに出している、短い歌モノがそれだ(そのように発表するわけでもなく、思いついた言葉を書きとめ、それをいじくりまわすこともあるが、割と稀だ)。

一語一語を吟味して、すくなくともそのときの自分にとって意味と響きが過不足なく感じられる状態へ、一文字ずつ積み重ねていくと、同期が取り戻されていく。そうすると不思議と言葉はすっかりよき他人となって、つむぎだした当の自分と関係なく、自立しはじめる(ように感じられる)。とはいえ、いつまた言葉が空虚でグロテスクな顔をむき出しにするのかわからないから、言葉と向き合うことにはうっすらとした影がつきまとう。言葉は自分にとって、便利な道具でもなければ、軽やかにたわむれる対象でもなく、まして実存的ななにかを安心して託せるような存在でもない。少しずつ、様子を伺いながら、うまく同期をたもちながら、付き合っていく、よくわからない、不気味な対象(ここで、「だ」というのか、「なのだ」というのか、あるいはもっと凝った展開をするのか、わからなくなった)。

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ドラムキットという奇妙な楽器とその時代(、つまり現代)[review: Matt Brennan, Kick It: A Social History of the Drum Kit. Oxford University Press, 2020.]

すっかり見慣れているけれども、ドラムキットというのは考えてみれば奇妙な楽器だ。バス(キック)ドラム、スネア、タムタム、ハイハット、シンバルといったパーカッションからなるこの楽器は、他の多くの楽器と同様に、奏者の身体と強く結びついた統一された楽器のように思えるけれども、歴史的に見れば雑多な出自をもつ楽器たちの寄せ集めだ。音色の観点から見ても、ひとつひとつのパーカッションはテクスチャも音域も全然違っている。両手両足を駆使して演奏できるようにあしらわれたスタンドやペダルは、その機構的な精妙さ故にかえって不思議な印象を与える。さらにいえば、ドラムキットは不定形だ。ひとによってなにをキットに入れるか、どのように配置するかはだいぶ異なるし、新たなパーカッションの登場によってキットの可能性は拡張しつづけている。

そう思うようになったきっかけはいつごろかあまり覚えていない。ものすご~く辿ってみれば、大学時代に実物のキックペダルやハイハットスタンドにはじめて触れて、「なんでこんな妙なものをつくろうとしたんだろう」と思ったのがその原点だったかもしれない。もしくは。The Velvet Undergroundのモー・タッカーが立ってマレットで演奏していた、みたいな話を聞いて強く印象に刻まれたのもその前後だったか。そんなもとから思っていたことが、ケンドリック・スコットがインタビューで言及していたドラムキットのユニークな歴史に関する発言(Jazz the New Chapter 6(アフィリンク注意)やARBANのインタビューを参照)なんかで意識にのぼるようになった気がする。

さらに、デヴィッド・バーンが「アメリカン・ユートピア」でドラムキットを解体し、マーチングバンドを思わせる編成で自身の手になるロック/ポップミュージックを再構築したのを見聞きしたことで、改めてそんなことを考え出したのはたしかだ。

また、2022年6月にYCAMで行われた石若駿のパフォーマンス公演「Echoes for unknown egos――発現しあう響きたち」も、そうした関心に没頭させるきっかけになった(わたしによるレポートは以下)。

石若駿とAIの共演が生み出した、“即興演奏を解体&再構築する”特殊な音楽体験 『Echoes for unknown egos――発現しあう響きたち』を観て|Real Sound|リアルサウンド テック

「Echoes for unknown egos」は「AIとの共演」という側面が特にフィーチャーされたパフォーマンスではあったのだけれど、しかしそれ以上に、「AIがドラムを叩く」ということが逆にドラマーの身体とドラムキットの関係性についてある種批評的な観点をもたらし、また「ドラムの演奏にもとづいてメロディやピッチを生成する」という試みは、リズム楽器としてのドラムから、豊かなテクスチャをまとい、ときにメロディックな響きを生み出す特異な存在としてのドラムへと視点を変えるものでもあった(そしてそれは石若駿にとってドラムという楽器がどのようなものかをあらわすものでもある)。

やはり、ドラムキットというのは奇妙な楽器だ。

Matt Brennan, Kick It: A Social History of the Drum Kit, Oxford University Press, 2020.(アフィリンク注意)は、こうしたキットとしてのドラムがいかにして誕生し、普及し、ついには現在のポップ・ミュージックの中心的楽器へと躍り出ていったかが描き出される。ミュージシャンの証言や新聞記事、特許関係の資料、メーカーの広報誌等々を渉猟しながら徐々にドラムキットが姿を表していくのを辿っていくだけでも興味がそそられるものだが、この本をいっそう読み応えあるものにしているのは、そうしたプロセスを単に物理的なオブジェクトのレベルだけではなく、テクノロジーと人間と社会的な通念がうずをまくように相互作用していくプロセス――つまり、まさに社会史――としてさまざまな観点で記述しているからだ。

第一章で詳述されるように、そもそもドラムキット(当初はトラップといわれ、現在でもこの用法は残っている)が発明されるにいたったきっかけ自体が、ひとりでいくつもの楽器を効率よく演奏し、運搬し、音楽的労働市場で競争力を強めるためのある種の戦略だった。パーカッションに何人も雇うよりも、ひとりでその全部をまかなえる人をひとり雇ったほうが効率がいい。そんなニーズを先読みしつつ、ドラマーたちは自分で楽器を改良して、ときにはペダルをつかったビーターのような発明も自ら行ってきた。

こうしたドラムキットの歴史記述において強調されるのは、本書をつらぬくひとつの問題意識である、「愚かなドラマー」という差別的な偏見だ。ドラマーはしばしばメロディやハーモニーを担う楽器と比較して劣位におかれることが歴史的に多く、しばしば愚鈍で知性に欠く人びととしてジョークの対象となってきた。本書で描き出されるドラムキットの歴史は、それ自体、西洋音楽のヒエラルキーの下層に位置づけられたパーカッションの周縁性や、人種的ステレオタイプから生じたこうした偏見に抗うものとして肉付けされている。とりわけ、ラグタイムの流行からジャズの誕生あたりまでを追い、(楽音に対する)騒音としてのドラムスとクラシックの新たな関係にも言及する第二章「やかましいドラマー達、ラグタイム、ジャズ、そしてアヴァンギャルド」はその点で興味深いし、大戦間のジャズの受容を背景に世界的な影響力を放ちだすドラムキットの発展を描く第三章「勉強家のドラマーたち、ドラムキットを売り出す、規格化、そして名声」もおもしろい。

とはいえ、もちろん楽器と社会の話にかぎらず、音楽の姿をもドラムが変えていった(あるいは、音楽にあわせてドラムも変わっていった)ことを具体的な例を豊富に提示しながら論じているところも面白い。

その醍醐味にあふれているのが第四章の「創造的なドラマーたち、芸術的技巧、名人芸、そして時間を演奏すること」で、リズムをキープする役割がキックからシンバルへ移行することで、キックやスネアによるポリリズミックで複雑なドラミングが発展し、ドラマーによる表現の可能性が広がったビバップの時代を追った同章「ビバップとドラムキットのメロディ」や、あるいはR&Bやロックンロールの誕生へとつながるバックビートの発生を描いた「バックビートの隆盛」は読み物としてもおもしろい。特に後者では、三連のスウィング・フィールからストレートなエイトビートへの移行を描くなかで、「先んじてストレートなフィーリングが登場していた音楽、ありましたよね。そう、ラテンですよ……」とばかりに(さすがにこんな書き方はしていません)ティト・プエンテの話が出てくるあたりが見事だった。ちなみに第四章はリンゴ・スターの革新性をこれでもかと詳述した節があってそれもおもしろい。章のタイトルが示す通り、これらの議論はそのまま、ドラムにおけるクリエイティヴィティとはなにか? という問いへの応答となっていることを添えておこう。

現代(ざっくりといえばロック以降)のドラマーたちがおかれた状況に迫る第五章「働くドラマーたち、音楽的労働、ロールプレイ、そして著作権」も興味深い論点が多いが、ドラムマシーンやマルチトラックレコーディングなど、新しいテクノロジーとドラムキットがどのような関係を結ぶかを論じた最終章は自分の関心にも近く、おそらくいま音楽をつくっているような人には刺さる内容だとおもう。ここで一気にJディラからクエストラヴくらいまで話はぶっこまれるし、DAWを駆使したドラムトラックの構築に関する話は今日的な音楽における演奏の真正性についていろいろと考えさせられる(特に、その例がメタリカのようなメタルバンドからとられているのは興味深い。本文でも指摘されているが、超絶技巧と現代的な編集技術がコインの裏表のようになっているのだ)。

百数十年に及ぶドラムキットの歴史を追った本書が提示するのは、第一にドラムキットという楽器の重要性とそのユニークな歴史であり、そしていまだ根強くのこる西洋音楽のヒエラルキーに対する問いかけだ。しかし、結論で著者が言及しているように、そもそも楽器に注目してこのような歴史をつむぐということ自体が、様式や地域といった慣習的な境界をまたいだ歴史の可能性をひらくということもまた重要だと思う。それはかならずしもユートピア的なものではなく、痛々しい歴史や文化的侵略といった側面にも向き合わざるをえないものだが、というかむしろそれゆえにその重要性は高いのかもしれない。

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Regina Spektor – Loveology

ひさしく、情報をおうのが億劫になっていて、YouTubeの「後で見る」プレイリストは大量の動画であふれている。たまにやる気が出るとそれを消化することになる。それで、たまたま、きょうRegina SpektorのTiny Desk Concertを見た。

アップライトのピアノ一台と自分の声だけ、というシンプルなセットで、いかにもTiny Deskというパフォーマンスだ。そのなかの一曲、「Loveology」というのがいたく気に入った。この曲は6月に出た新譜『Home, before and after』に収録されていて、リードシングルにもなっている。

「ああ、どうしようもないヒューマニストだ、あなたは oh, an incurable humanist, you are」という皮肉っぽくもやさしい呼びかけではじまるこの曲は、「あなた you」と語り手の親密な関係を歌っているかのよう(映画に行こう、そしたらなんでもない歌をハミングしてあげよう)だけれども、ブリッジで唐突に「席について、みんな。教科書の42ページを開いて Sit down, class, open up your textbooks to page 42」と調子がかわる。

教室で、教科書を開いてなにを学ぶのだろう、と思っていると、歌はこんな調子でつづく。

ヤマアラシ学、鹿学 Porcupine-ology, antler-ology
車学、バス学、列車学、飛行機学 Car-ology, bus-ology, train-ology, plane-ology
ママ学、パパ学、あなた学、わたし学 Mama-ology, papa-ology, you-ology, me-ology
愛学、キス学、このまま学、お願い学 Love-ology, kiss-ology, stay-ology, please-ology

なんてことない名詞や動詞が、~logyの接尾辞で「論」とか「学」を装いはじめる。まあ、よくある言葉遊びだ。それに、日本語にまんまうつしたときの間抜けさはちょっと見逃してもらうこととして……。しかしここで、ヤマアラシとか鹿とか列車とか飛行機とか、スケールもぜんぜん違うアトランダムな単語が連なることで、「学」を装うことのナンセンスさが強調されているのに注意したい。だっていきなり「愛学 Love-ology」とかうかつに言い出したら、なにか含蓄のある持論が展開されるものかと思ってしまうだろう。愛もまた、そこらにあふれる存在や行為と並列に扱われる。と同時に、「学」のよそおいは、具体的で特別な「あなた/わたし」の関係性というしめっぽさを離れて、そこに一種の一般化された体系がひそむことを想起させる。

とはいえ、一般名詞で整えられていた単語の品詞は、ママ・パパを経て、あなたあたりからあやしくなっていく。それは(代)名詞ととりうるかもしれないけれど、目的格かもしれないし(you, me)、あるいは動詞や副詞かもしれない(love, kiss, stay, please)。特に、「学」の装いをはずした”love, kiss, stay, please”という4つの単語は、親密さを(なんなら具体的な場面を)想起させずにはおれない。

「勉強しましょう Let’s study」という呼び掛けにつづいて、「愛学、愛学、ごめんなさい学、許して学 Love-ology, love-ology, I’m sorry-ology, forgive me-ology」と列挙される「学」を装う言葉たちには、思わず痛みを覚える。しかし、「学」を装ったこれらの言葉は、こうした痛みが、それなりに長く生きていれば程度の大小はあれど経験するであろう「あるある」のなかにつつみこまれてしまっていること、を示唆する。

だから「勉強」しなくてはいけないのだ。これは「勉強」することができるはずなのだ。ヤマアラシについて調べたり、車のことを論じたりするように。そう言い聞かせているかのようだ。

しかし、どんなに「学」の装いのなかにおしこめようとしても、言葉は(あるいは歌は)余計なものをどうしてもにじませてしまう。かくして、「学」を装う教室の言葉は、教室の外、あるは授業の前におかれた言葉と混じり合いだし(”oh, an incurable humanist, you are”)、そして誰かへの呼びかけでも、教室のまねごともやめた、むき出しの姿をあらわしはじめる。

ごめんなさい、許して、ごめんなさい学 I'm sorry, forgive me, I'm sorry-ology
許して、ごめんなさい、許して学 Forgive me, I'm sorry, forgive me-ology
許して、許して、許して学 Forgive me, forgive me, forgive me-ology

「学ぶことができるはず」という楽観的でヒューマニスティックな信念と、いかにも人間的な脆弱さのあいだを揺れ動いているかのようだ。forgive me と ology に引き裂かれる二重性を思うと、I も you も実はおなじひとりの人間なんじゃないかという気がしてくる。「どうしようもなくヒューマニスト」な「あなた」は、つまるところ、forgive me と ology のあいだに立ち尽くす「わたし」その人であって、独白、一人芝居のかたちをとった、痛みと向き合い抱きしめるための歌なんじゃないか。そういうふうに考えると腑に落ちるので、自分のなかではそういうことにしておく。

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「現代音楽」の世界を物見遊山(藤倉大『どうしてこうなっちゃったか』を読む)

藤倉大『どうしてこうなっちゃったか』幻冬舎、2022年(アフィリンク注意)

作曲家、藤倉大の自伝エッセイ『どうしてこうなっちゃったか』を読んだ。名前は聞いたことあるけど作品を知ってるわけでもない。でも、なんとなくポチった。サブスクで藤倉大の作品を流しながら読んでみる(なんかこう書くとシャバいな)。すると、これがめっぽう面白かった。

困ったらとりあえず開きがちなSpotifyの「This Is~」。身構えて再生してみると思ったよりもキャッチーで、色調に富むのに鮮やか、みたいなバランスがすごい。

なにが面白いかと言えば、まず第一に異世界転生とかのチート主人公かなんかかよと思うような藤倉の存在感もさることながら、出てくる人物の片っ端からキャラの濃いこと。また、現代音楽という多くの人にはあまり馴染みのない世界がどう動いているのか、ひとりの作曲家の視点から見えてくることも面白い。ざっくばらんな語り口と「マジかよ」というエピソードに導かれて読み進めると、作曲家ってどういうふうに食ってんの? みたいな下世話な関心も満たされるし、かと思えば、作品1本を書き上げ実演するのにどんな苦労とよろこびがあるかもリアルに描かれて、そのまっとうさに胸打たれる。

なにより、いち作曲家としてなにを試みようとしていたか、自分がこの音楽――たとえばオーケストラによるアンサンブル、たとえばオペラ、たとえばライヴ・エレクトロニクス――にどんな魅力を感じているかを書き付ける筆致が良い。第十五章で、オーケストレーション(オーケストラで鳴らすために作品を練り上げる、まあポップスの領域で言うところの「アレンジ」というか)の面白さを、具体的な例を並べて簡潔に説明したうえで、「少ない数の楽器から多彩な音の花を咲かせるのが、オーケストレーションの醍醐味だと僕は思う。」と一言まとめるあたりは、「うわ、これパクろう」とか思ったりする(ちゃんと出典を明記して引用しましょう。今回はKindleで読んでいるうえ、なぜか位置番号がうまく参照できない。あしからず)。

さらに、坂本龍一やデヴィッド・シルヴィアンといったアーティストとの交流のエピソードからは、録音芸術としてのクラシックという、馴染み深い一方でいささかややこしい領域のあり方にも思いが及ぶ。いま音楽というと録音された商品を指すことが多い。それが巨大な資本の投下されたプロジェクトであれ、ベッドルームからえいやっと放たれた音声ファイルであれ、のっかっている土俵は根本的には同じだ。同じであるがゆえに、さまざまな〈力〉の多寡がそのまま格差としてプレイヤーにのしかかってくるわけだが……。そこに、いわば畑違いの作曲家が乗り込んでゆくことの意味について考えざるをえない。とか言い出すとじゃあ現代音楽ってのも結局さぁみたいなことにもなるけどまあそこまで踏み込まない(そのあたりのやだみや辛さを感じるエピソードもそこかしこにあるのである種誠実なエッセイだ)。

まあ、オーケストレーションにせよ録音芸術としてのクラシックにせよ、ほんの数段落言及されるくらいの話なんだけど、起伏の激しいエピソードのなかにあるそういう細部にこそ含蓄の多いエッセイだ。軽く読めるしおすすめしたい。

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山をみる(あとWIRE「Map Ref. 41°N 93°W」)

少し遠くの業務スーパーまで買い物に行った帰り、自動車を走らせていると、舞鶴山という天童市のランドマーク的な山が進行方向の真正面に見える。ランドマークといっても、さして標高の高くない、盆地の底にぽこっと湧いたような山なのだが、その表面にはいつもすこしめまいを覚える。植生がつくりだすさまざまなテクスチャがぎゅっとひとつの面に凝縮されていて、まるでまわりの風景から浮かび上がるように見える。そのまま吸い込まれてしまうような気がしてくる。

いったん山の中に自分が入ってしまえば、規則性のあるようなないような木々の連なりに奥行きを感じられる。しかしそれが山肌として外側から眺められるときには、表層のうごめくような質感に還元される。はたしてそれが遠いのか、近いのかも判然としない。遠さを示すのはただいま足をつけているこの地面からの連続性と、空気を通して霞んでいく色合いだけだ。うっすらとした方向感覚喪失の陶酔がもたらされる。遠さと近さが入り混じってしまうような空間の感覚は、整然と幾何学的にマッピングされたものとはぜんぜん違うような気がする。

わけいって体験される山ではなくて、視覚的なオブジェクトとしての山は、なにか独特な異物感がある。よく交通の都合で山寺駅を使うことがあるのだが、プラットフォームから見える山の風景にはいつもぞわっとする。あるいは仙台に向かって関山街道経由で車を飛ばすときにも、あたりを囲む山肌の質感にぞくぞくする。

最近は、そんな山が意外と好きなのかもしれないと思いはじめた。ロマン主義的な崇高(フリードリヒの絵画みたいな)の表象とか、あるいは富士山みたいにモニュメンタルな存在ではなくって。以前大分県にしばらく住んでいたとき、特に豊後高田市だったと思うが、山の風景が地元で慣れ親しんだ山となかなか違うのに驚いたものだが、思い返してみると、あれも自分が求める山だったかもしれない。いまとなっては、なかなか行くにも億劫な距離ではあるのだが……。

Wireの「Map Ref. 41°N 93°W」(『154』、1979収録)では、緯度・経度や等高線といった概念を通じて幾何学的に再構築される地図上の自然と、いままさに目の当たりにしている自然とのめくるめく往還が描かれている。最初のヴァースで語り手は(といっても文体はほぼ三人称なのだが)ひとしきり自分が体験している自然に驚異とともに思考をめぐらせるが、コーラスでは我に返る(所有格の一人称、myがだしぬけに登場する)。「思考の流れをさえぎり/経度と緯度の線が/定義して、研ぎ澄ます/わたしの高度を」。なんだか松江泰治の航空写真を思い起こしたり、あるいはその後の歌詞が示唆する墜落事故から、ロバート・スミッソンの仕事を連想したりもする。
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山形-山口日記(6/7 東京トランジット編 pt.2)

深夜、喉がからからになって目覚める。飲み物と、せっかくなので明日の朝食を探しにコンビニへ向かう。が、コンビニが閉まっている! オフィス街のコンビニは閉まりがち。おれは学んだ。ちょっと歩いたらミニストップがあったので、飲み物とパンとアイス買って宿に戻る。チョコミントのアイスって場合によってはなんか変な風味が出る(妙な香ばしさというか)よな。

リヒター展。まあ「見ておきたい」程度のモチベーションで、「実際みたらまあまあだったわ」みたいなことになるだろうなって思ったんだけど、割と真剣に観てしまった。2時間がっつりかけて、しつこく見ていた。アブストラクトペインティングはなんだかんだ面白い。最初の5枚で40分くらいかけちゃった気がする。

ゲルハルト・リヒター展 (exhibit.jp)

なんも知らんなりに、リヒターがやりたいことというのを延々考えながら見ていると、やはり「イメージ」(と和製英語で言うのがいいもんなのかわからないが)の提示なんだろうなという気がする。写真を絵画に。あるいは絵画を写真に。そうしたメディウムの変換を通じてもなお維持される、物理的な支持体に依存しない質。写真のドキュメンタリー性(インデックス性?)や、絵画のマチエールがそれぞれのジャンルにおいて担保する真正性に対する拒絶。みたいな。そうして抽出された「イメージ」は、たとえば「○○のイメージ」という指示作用から切り離された、ただそこに存在する不気味ななにものかでしかなくなる。徹底的に非人間的なリヒターの自然観はそのまま「イメージ」の世界にも適用される。風景画や静物画の重要性というのは多分そのあたりにあるんだろうなと思う(その意味で、不法占拠された住居を描いた作品の不気味さをタイトルのマジックのように説明するキャプションはちょっとずれていて、そもそも世界は言葉の助けがなければ不気味であり、「イメージ」もまた不気味な世界のひとつである、ということなんじゃなかろか)。

そうした「イメージ」のモデルがガラスであり、あるいはグレーペインティングであり、あるいはカラーチャートなのだろう。それ自体はなにも指示しない空虚として、あるいは中立的で特定の色調を欠いた無としての、「イメージ」。とはいえ、入ってすぐのガラスのインスタレーション?はあまりにも図式的というか、コンセプトを提示しましたみたいに見えてしまうのだが……。

メディウムなりジャンルの固有性、あるいは外部からもたらされるテクストが「イメージ」が「○○のイメージ」たりうることを保証してしまうことに対して、リヒターは深く抵抗しているように思える。《ビルケナウ》の展示が、もととなった写真、連作4枚、連作の写真複製、そしてグレーのミラーで構成されていたことは、「○○のイメージ」の装いをはぎとって「イメージ」へ還元するために必要だったのだろうと思う。単に「○○のイメージ」を覆い隠して不可視にすることだけでは、表象への批判たりえない。単に絵の具で覆い隠せば、それは絵画の文脈のなかでなんらかの正統性が保証されてしまいかねないからだ。不気味な空虚としての「イメージ」へたどり着くには、メディウムのあいだを変換してゆかなければならない。

その意味でオイルオンフォトはやっぱりおもしろい。多くのオイルオンフォトが日付をタイトルに付してそのドキュメンタリー性(いや、あれって撮影の日付ではないのか? まあいいか)やスナップショットの親密さを示唆しながらも、油彩と写真が接触してコンフリクトを起こすことで、「イメージ」が発生する。みたいな? みたいな。

みたいなことを延々考えながら見てたら、2時間経ってたとゆうことでした。コレクション展も一応見た。

パレスサイドビルのカレー屋で昼食を食べたあと、そのまま神保町へ向かう。三浦さんとひさしぶりに会った。いやほんと、2年ぶりとかじゃないか? 下手したらもっとか。何度かZoomで話したり電話したり、TALK LIKE BEATSに出てもらったりとかあったけども。YCAMの石若さんと松丸さんの公演がよかった話をする。

少し遅れて、木下さんとhonninmanがやってくる。昨晩連絡があり、東京来てるならご飯でも、みたいな話になっていたのであった。せっかくだし三浦さんと一緒に会ったらおもしろいのでは? と思って呼んだのだ。4人でいろいろ話した。久しぶりに人とこうやって話したからとても楽しかった。考えてみると、木下さんだけじゃなくてhonninmanも会って話すの初めてで、「うわぁ、リアルhonninmanだ!」となった。いや、ライブは見たことあるんだけど。神保町の喫茶店をハシゴしていろいろとお話。いきなりこんながっつりしたこと話すんだ、みたいな話題も多くて、ひきずられて自分もいろいろ話した気がする。

屈指の神回ことTALK LIKE BEATS木下百花さん回(あと中編・後編もあります)。

三浦さんは諸事情で途中で帰られたのだけれど、そのあともしばらく3人で話して、最終的には「柴田聡子はマジですごい」ということで落ち着いた。また会いましょう、と誓って解散。

神保町から東京駅まではタクシー。思ったよりちょっとかかったけど問題なし。山形までの新幹線のなか、グロッキーになってしまって、意識が何度か飛んだ。母親が駅まで迎えにきてくれたのだが、「飛行機で福岡まで行って、そこから山口に行くのもアリ」と言われ、ああ、最初から相談しておけば……と思った。まぁ、東京に寄りたかったというのも本音なので、難しいところではあった。

文字通り長い旅だった。往復15時間も新幹線乗ってたよ。はぁ……。

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山形-山口日記(6/4-6 YCAM編)

6/4

朝6時ごろ起きてうすらぼんやりしつつ準備。8時半の新幹線で東京から新山口まで向かう。なんと4時間半! 遠すぎる。遠すぎるが行くしかない。新幹線の車内では、予習として石若さんや松丸さんの参加作やリーダー作を聴いていく。

新山口からYCAMまでは電車とバスを乗り継ぐ。ワンマン列車がオレンジ色のレトロなやつでかっこいい。地元のワンマン列車はもっと味気ない。山口駅からJRバスでYCAMへ。プレス向けの楽屋に通してもらい、先に着いてらしたライターさんと軽く挨拶。大学院のときにお世話になった先輩と同僚だったということで、なんか知っててもらったようだった……ありがたい。

その後、YCAMの渡邉さんにひととおり施設を案内してもらった後、いったん宿泊先のホテルにチェックイン。危うく眠ってしまいそうになるが、思いの外時間はない。あらためてYCAMへ向かう。

ホワイエで開場を待っていると、細田成嗣さんと遭遇。アイラー本(↓リンク)で声をかけてもらってDOMMUNEでトークもしたのだが、直接お会いするのはこれが初めて。初めて!? ちょっとびっくりしたが、たしかに会った記憶はない……。近況報告や今回の公演についてちょいちょい話す。

AA 五十年後のアルバート・アイラー(アフィリンク注意)

公演自体の感想はまた別途記事になるのでここでは書かないが、初回でかなり実験的な試みということもあって、なにが起こっているかを把握するのがまず大変だった。とはいえ石若さんのパフォーマンスも、「エージェント」たちの演奏もおもしろかった。アフタートークも丁寧に今回の試みをときほぐしていた。

その後、渡邉さんらと晩ごはんを食べ、やや遅くに宿に戻る。そのまま寝ればいいものを、なかなか眠れず、変な時間まで起きることに……。

6/5

山口滞在2日目。この日はお昼の公演だったので、時間までホテルでゆっくりしていた。といっても、もっぱら予習である。配られていたハンドアウトを読んで、きのう公演中とったメモを読む。お昼すぎ、YCAMに向かう。

2日目の公演から松丸さんが参加。ざっくり書くと、2日目は結構マジックが起こっていた(初日もだけどね!)。奇跡みたいなことがあるんだな……と息を呑む。

公演後、細田さんも結構評価が高かった様子だった。「即興」としての評価は自分はおいておくが(経験値がなさすぎるので)、しかしこれほど実験的な試みがうまくショーとしてスリルのある展開を見せたというのは、やはりおどろくべきことだ。

時間もわりとあったのでいろいろまわろうかと思ったのだが、大雨で出歩くにも出歩けず、宿に戻ってそのまま。すこし仕事をしたり、やはり予習をしたり。翌日はさらに取材。なのでその準備。

ふと思い立って、7日の東京でひさしぶりに□□□の三浦さんに会おうかなと連絡してみる。午後にお茶することに。

6/6

ホテルをチェックアウトしてから取材まで時間があいてしまうので、YCAMで作業させてもらいつつ待機する。Notionでつくった資料を、PDFでエクスポートして、iPad AirのGoodNotesに読み込む。するとApple Pencilで書き込みもできる。最近なかなか使いどころが難しかったiPadの活用方法が見えてきた。

午後から取材。どうなるものかと思ったものの、無事聞きたい話は聞けた……と思う。インタビューだったのだが、インタビュー自体を記事にするわけではないので、どっちかというとヒアリングみたいな感じだろうか。終了即、新山口駅へ。時間の見込みが甘かったのもあって結構ぎりぎり。ホームまでダッシュ! した。ここからまた4時間半、新幹線に揺られる。

東京につくとまあまあの雨。バスで宿に向かう。ゲルハルト・リヒター展を朝イチで見るために竹橋駅の周辺に宿をとっている。ナインアワーズ。オフィス街の夜ってマジで静か。晩飯をコンビニで買って食べる。ぐったりしながらカプセルに入って、寝落ちしてしまう。

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山形-山口日記(6/3 東京トランジット編)

いろいろあってYCAMこと山口情報芸術センターで開催される石若駿「Echoes of unknown egos」をみにいくことになった。しかし山形から山口までがあまりにも遠い! いろいろ検討してみたけどもうよくわからなくなり、時間はかかるが堅実な新幹線での移動となった。

そいで、この日朝8時の新幹線で東京へ向かう。美術館をまわるつもりでお昼にはつく行程にしていたのだが、みたい展示が微妙になく、結局アーティゾン美術館だけになった。

ジャム・セッション 石橋財団コレクション×柴崎敏雄×鈴木理策 写真と絵画ーセザンヌより | アーティゾン美術館 (artizon.museum)

アーティゾン美術館では柴田敏雄と鈴木理策の二人展(さらに、ふたりがセレクトした絵画や彫刻作品も展示される)がやっていて、かなり対照的なふたりの作品を比較しながら見てけっこう楽しんだ。風景を平面に還元したうえで、平面上の分割(線、テクスチャの差異、要素の粗密……等々)によって(いわゆるフェノメナルな)空間をつくりだす柴田と、写真の機構的・光学的特性を活かして空間や時間を描き出す鈴木。どちらも「モダン」といいうる作風だが、前者が近代絵画の問題系を引き継いでいる意味でのモダンさ、後者はむしろ写真の媒体固有性への問いを常にふくませているという意味でのモダンさ、みたいな感じだなあと思った。

それは写真の画面のなかでどのような造形的な操作が行われているかにやはり如実にあらわれているし、モチーフの選び方もそうだと思う。たとえば水を扱うときに柴田はその運動を消し去る(露光時間を長くしてぼかしてしまうとか、あるいは運動の痕跡を造形に還元してしまう)ところがあるが、鈴木は波の扱いに特徴的なように、その運動をうまく写真のレイヤー構造(前景、中景、後景)と重ね合わせる。もちろんモネの睡蓮を参照した作品では水面が不動ではあるのだが、それは問題となっているのが「水」ではなく「水面」であることを考えれば、まあわかりやすい(その限りであれはハーフミラーをつかったミラーポートレイトと並べて見れる)。海において波は奥行きの運動を連想させる(浜辺から撮る限りにおいて)。それが写真に封じ込められる、その媒体に固有な空間性のアナロジーになっている。ような気がする。

雪舟の作品をはさんでふたりの作品が展示される最後のパートは、プリントのくろぐろとしたニュアンスを強調する柴田と、印画紙の白さへとぎりぎりまで接近してゆく鈴木の対比がはっきりでていて、おもしろいがそこまでバイナリでよいのだろうかという気にもなった。

Transformationとかも見ましたが……クレーかっけ~とかそういう感じで見てしまった。寝不足だったのと、柴田+鈴木で頭つかいすぎたのもあり……。

じゃっかんぐったりしつつ、アーティゾン美術館めのまえのすき家で昼飯を食べ、適当に時間を潰しながら新橋の宿に向かう。入り口の階段も寝床までの通路もめちゃ狭いドミトリーだったが一泊するだけなら居心地はよかった。晩ごはんを食べにふらっと駅前まで出たほかは、寝床でつぶれていた。

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出来事と過程、単数と複数

R-1ぐらんぷり2022での寺田寛明「始まりの歴史」が好きだ。世の中のいろんなものごとに対して、「よく考えてみると奇妙だし、こんな奇妙なものを最初に考案したひとはまったく理解されなかっただろう」というスタンスで想像をふくらませる文字ベースのフリップ芸。身の回りの変なことにツッコむ、あるいはツッコむとまでは言わなくとも「なんか変だよね」と提示する。それ自体はわりとベタなスタイルだろう。けれども「始まりの歴史」は少しねじれていて、ツッコむのはいまを生きる私たちではなくて「始まり」に居合わせた同時代の人びとということになっている。その「始まり」を操作することでナンセンスがうまれている。

たとえばテニスのルールは特に印象的なくだりだが、誰か特定の個人が現在のテニス全体を一度に作り出したという「始まり」を設定することで、テニスというスポーツが持つ「なにこれ?」みたいな細部の異様さを強調されることになる。しかし現在のテニスは誰かがいきなり考案したものというよりも、長い歴史の中で用具やルールが洗練され、ある時期に制度化と産業化が進んだ結果だ。いろんな時代のいろんな人があれこれ試行錯誤してきたものを、あたかもひとつの「発明」のように描くことでうまれるナンセンスが「始まりの歴史」である。

前半はもっぱらそのように、長い複数のプロセスの産物を発明という出来事に置き換えることでネタが駆動していく。後半は少し事情が変わる。そこでは会議というシチュエーションが重要になってくる。いち社員が会議で(ちょっと奇妙なことを)提案するが、真面目に受け止められない(だって変だから)。これは個人による発明を企業組織のなかのプロジェクトに重ね合わせることでナンセンスがうまれている。重要なのは、会議は特定多数による協働の場であるということだ。たとえば回転寿司は、とある経営者がベルトコンベアに着想を得て自ら開発した仕組みが普及したもので、特定の個人による発明だが、それが会議というシチュエーションを通じて協働のプロセスへと還元されている。

だから、「始まりの歴史」には、不特定多数の人々が関わってきたプロセスを単一の発明という出来事に還元することと、単一の発明を組織による協働のなかにあえて位置づけること、ふたつのほとんど正反対の志向が含まれている。ふつーに既存のネタを再編成したネタだからそうなってんだという話だろうけれども、「始まり」をめぐる短絡の心地よさってあるなと思う。最後なげやりになってるのは「なんでこんなの書いてんだろう」って思いながらうまいオチだけはつけたいという気持ちがわいてきて、それもくだらんな、なんかもういろいろどうでもよくなってきた、となったからです。R-1で一番好きだったのは金の国の人のやつでした。なんであれが優勝しなかったんだ。

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アドホックな祈り

正直祈りってどういうことなのかあんまりわからない。祈ったことがないという意味ではない。自分が祈っていると自ら思うときもそれがどんな行為なのか自分ではわからない。これといった信仰の習慣を欠きアドホックに(あるいは気まぐれに)行われる祈りってなんなのか。でもひとがなにかせずにはいられないのになにかすることがかえって悪夢のような現実へとひとを誘い込むようなときに祈りは大事な役割を果たすのかもしれないなと最近思うようになった。

漫画のセリフからとられた「祈るな 祈れば手が塞がる」という警句は「手を動かせ」というメッセージとしてひろく俗っぽく受容されている。けれども「手を塞ぐ」ためにこそ祈りはある。と反転させたときにみえてくるもののほうが重要だと思う。無為に留まることは思いの外難しい。たとえその手になんの頼りもなく立ち尽くすしかないときも。「なにかしなくては」という思いをしずめる。「なにもできない」という無力感に抗う。そのために(つまり無為を受け入れるために)アドホックな祈りがある。

実際にはほんとうの意味で「なにもできない」などということはほとんどない。微力であってもいかに迂遠でもなにかしらできることはある。しかし「なにかしなくては」という切迫感を自分にとっても世界にとっても満たしてくれる「なにか」とそううまく出会うことはない。そんなときに目についた「なにか」が人を踏みつけにする可能性もある。あるいは切迫感に押しつぶされて「なにか」に出会う前に「なにもできない」という無力感にこころをくじかれることもある。

アドホックな祈りは奇跡の到来や超越的なものとの交通を願うスピリチュアルな行為というよりプラクティカルなものだ。無力感にあらがって焦燥感を鎮める先送りの技術。場当たり的に祈ることによって第一に救われるのはほかならぬいま・ここの私だ。だからアドホックな祈りは利己的で孤独なものだ。しかしそんな祈りなしに生きていくことはあまりにも難しい。

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