そう思うようになったきっかけはいつごろかあまり覚えていない。ものすご~く辿ってみれば、大学時代に実物のキックペダルやハイハットスタンドにはじめて触れて、「なんでこんな妙なものをつくろうとしたんだろう」と思ったのがその原点だったかもしれない。もしくは。The Velvet Undergroundのモー・タッカーが立ってマレットで演奏していた、みたいな話を聞いて強く印象に刻まれたのもその前後だったか。そんなもとから思っていたことが、ケンドリック・スコットがインタビューで言及していたドラムキットのユニークな歴史に関する発言(Jazz the New Chapter 6(アフィリンク注意)やARBANのインタビューを参照)なんかで意識にのぼるようになった気がする。
「Echoes for unknown egos」は「AIとの共演」という側面が特にフィーチャーされたパフォーマンスではあったのだけれど、しかしそれ以上に、「AIがドラムを叩く」ということが逆にドラマーの身体とドラムキットの関係性についてある種批評的な観点をもたらし、また「ドラムの演奏にもとづいてメロディやピッチを生成する」という試みは、リズム楽器としてのドラムから、豊かなテクスチャをまとい、ときにメロディックな響きを生み出す特異な存在としてのドラムへと視点を変えるものでもあった(そしてそれは石若駿にとってドラムという楽器がどのようなものかをあらわすものでもある)。
やはり、ドラムキットというのは奇妙な楽器だ。
Matt Brennan, Kick It: A Social History of the Drum Kit, Oxford University Press, 2020.(アフィリンク注意)は、こうしたキットとしてのドラムがいかにして誕生し、普及し、ついには現在のポップ・ミュージックの中心的楽器へと躍り出ていったかが描き出される。ミュージシャンの証言や新聞記事、特許関係の資料、メーカーの広報誌等々を渉猟しながら徐々にドラムキットが姿を表していくのを辿っていくだけでも興味がそそられるものだが、この本をいっそう読み応えあるものにしているのは、そうしたプロセスを単に物理的なオブジェクトのレベルだけではなく、テクノロジーと人間と社会的な通念がうずをまくように相互作用していくプロセス――つまり、まさに社会史――としてさまざまな観点で記述しているからだ。
アップライトのピアノ一台と自分の声だけ、というシンプルなセットで、いかにもTiny Deskというパフォーマンスだ。そのなかの一曲、「Loveology」というのがいたく気に入った。この曲は6月に出た新譜『Home, before and after』に収録されていて、リードシングルにもなっている。
「ああ、どうしようもないヒューマニストだ、あなたは oh, an incurable humanist, you are」という皮肉っぽくもやさしい呼びかけではじまるこの曲は、「あなた you」と語り手の親密な関係を歌っているかのよう(映画に行こう、そしたらなんでもない歌をハミングしてあげよう)だけれども、ブリッジで唐突に「席について、みんな。教科書の42ページを開いて Sit down, class, open up your textbooks to page 42」と調子がかわる。
しかし、どんなに「学」の装いのなかにおしこめようとしても、言葉は(あるいは歌は)余計なものをどうしてもにじませてしまう。かくして、「学」を装う教室の言葉は、教室の外、あるは授業の前におかれた言葉と混じり合いだし(”oh, an incurable humanist, you are”)、そして誰かへの呼びかけでも、教室のまねごともやめた、むき出しの姿をあらわしはじめる。
「学ぶことができるはず」という楽観的でヒューマニスティックな信念と、いかにも人間的な脆弱さのあいだを揺れ動いているかのようだ。forgive me と ology に引き裂かれる二重性を思うと、I も you も実はおなじひとりの人間なんじゃないかという気がしてくる。「どうしようもなくヒューマニスト」な「あなた」は、つまるところ、forgive me と ology のあいだに立ち尽くす「わたし」その人であって、独白、一人芝居のかたちをとった、痛みと向き合い抱きしめるための歌なんじゃないか。そういうふうに考えると腑に落ちるので、自分のなかではそういうことにしておく。
パレスサイドビルのカレー屋で昼食を食べたあと、そのまま神保町へ向かう。三浦さんとひさしぶりに会った。いやほんと、2年ぶりとかじゃないか? 下手したらもっとか。何度かZoomで話したり電話したり、TALK LIKE BEATSに出てもらったりとかあったけども。YCAMの石若さんと松丸さんの公演がよかった話をする。