Skip to content →

2.6

 6時くらい起きる。でも二度寝。9時くらい起きてきて、鶏むね肉を焼きバゲットを割ってサブマリンにする。こういうのめんどうなのでだいたいカット野菜で済ます。最近ドレッシングとして適当にオイル(オリーヴでも米でもサラダ油でもなんでもあるもの、ただごまとかはキツいのではないか、どうかしら)とバルサミコと塩こしょうをふりかけて和えるようにしている。いろんな味のサラダを頻繁にとっかえひっかえ楽しむならできあいのドレッシングをいくつか用意するのがいいと思うけど、バルサミコひとつあればドレッシングにもソースにもできる、という汎用性をとってみる。でも使い切れるかなあ。まあまあするもんね値段。使いみちをいろいろ調べておくか……。
 昼、ばちばちに頭痛で寝込む。低気圧かなぁ? と思ったらそうでもないみたい(頭痛~る情報)。いや、逆に低気圧→高気圧への坂ができてたしそれもあるのかな。
 小手川正二郎 “「男性的」自己欺瞞とフェミニズム的「男らしさ」―男性性の現象学―”という論文を読む。とても平易に書かれていて、読みやすい。それでいて、男性がヘゲモニックな男性性をどのように内面化し行使しているのか、見て見ぬ振りしてしまっているのか、現象学の手法をとりながら「自己欺瞞」や「自己疎外」といったキーワードを交えて言語化されている。雑に言うと(本文ではかなり丁寧に言語化されている)、なんだかんだで既存の男性性がはかせてくれる下駄にていよくお世話になってしまっていたら、いくら意識だけ高くてもしょうがないのだ、みたいな、言ってみれば男性からすれば非常に居心地の悪い話をしたうえで、それでもなお「フェミニズム的」な「男らしさ」があるとしたらどうだろう? と話が進む。旧い男性性から降りるぞ、と決意するだけではなく、たとえばアファーマティブアクションに代表されるような、男性中心主義的な社会の変革へ向かう取り組みを支持していくべきだ、と。そうだ。

 beipanaさんがシェアしていた動画、ストリーミング時代におけるラウドネスの話。ピークノーマライゼーション(最大レベルを基準にノーマライズ)からラウドネスノーマライゼーション(ラウドネス=聴感上の音量感を基準にしたノーマライズ)の時代へ、というのはよく言われることだが、数値や図解、実演を交えてその変化を論じて、かつどのようにそこに対応しているかも話している。良い。
 天野龍太郎さんが解説するtiny pop。この概念は掴みどころがないようで、しかし批評的な意味はかなり明快である。「ローファイさや拙さ、未完成感、非商業性」と「商業主義的で工業的なポップソングの形式」の両立。アティチュードと形式の分離、というか。ただし、「ポップソングの形式」というのがなにを指すのかというのがやや問題だろう。
 tiny pop的なものの先駆として遡及的に初期ピチカートが挙げられるというのも納得できる話で、前も日記に書いたがピチカートはDX7のような安価な総合音源の登場によってアマチュアの個人でも宅録でポップス――アメリカの分業的体制によって量産されたような音楽――がつくれるようになった、そんな状況の申し子だからだ。もちろんピチカートはバンドであり、メジャーで制作するようになったわけだが……。
 SYNCHRONICITYに浦上想起出演! めでてー! 諭吉さんも出るんじゃん。いいな~。こうなったら岩壁におれが出てほしいアクト全員出てほしい、松木美定、浦上想起、諭吉佳作/men、MON/KU、長谷川白紙、Tohji、リョウコ2000、SNJO……。
 日付変わるくらいのタイミングに原稿を送付。徹夜かな~と思っていたので、よかった。分量の限界に逆に救われた……が、語り足りない気もする。いや、次の原稿の準備しないと。とりあえず、寝る。

Published in Japanese