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imdkm.com 投稿

AKAI MPC500日記 ふたたび触り始めるの巻

昨年、AKAI MPC500を中古で安く買った。Roland SP-404系を買うことも考えたのだけれど、MPCを使ってみたかったこともあって、電池駆動もできてちっちゃなMPC500にした。フィンガードラムをがっつりやるにはパッド数も少ない(ふつう16あるのが12しかない)しちょっとパッド自体も小さい(とはいえ大きさ自体はMPC1000と同じはず)のだけれど、チョップ・アンド・フリップで多少遊べればいいかなと。

買った当時いろいろいじってからしばらく離れていて、年明けに初売りでレコードをちょいちょい買ったのでいっちょ遊んでみるかと改めていじりはじめた。

液晶も小さいしモードの遷移が結構要るので操作性は必ずしも直感的ではないけれども、要領を覚えればそこまで難しくはない。クイックスタートガイドを一通り読めば操作に困難を覚えることもない。とはいえ、野生のTipsをいろいろ覚えたほうがよい。

↑これが多分いちばんはやい

ヴェロシティでサンプルのスタートポイントを変える機能を使って擬似オートチョップをやるTips、これはサンプルによってハマるかハマらないか大きそう。

とりあえず某ファイセットの曲からワンループサンプリングしてチョップ、いじるなどしていた。これだけで時間がものすごく溶けるのであれですね。慣れてきたらビートテープのひとつでもつくりたい。凝ったフリップをやるまで上達すればいいが……。まあワンループ+αでざっくりやるのも美学といえば美学。

PCに溜めてあるワンショット系のサンプルをUSB連携でMPCに送ってビートを組む、みたいなこともやってみたい(それこそアーメンを叩く的な)が、それはまた今度。こういうのやりたいですな。

昨今、ハードオフはじめとした中古ショップでの楽器の値段が結構高くなっているのに加え、メルカリやヤフオクの相場もぐっと上がってしまったので、「中古の安い楽器を遊び倒す」というのがなかなかやりづらくなってしまった。こういうのは一期一会なので安く発見したときには迷わず買ったほうがいいですね。MC-505が壊れて久しいので買い直したいんだけど、あまり量も出回っていないし、相場もちょっと高め。むつかしいね。

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[Soundmain Archive] Akiyoshi Yasudaインタビュー(森山直太朗「素晴らしい世界」編曲ほか)(2022.05.26)

2022年3月にリリースされた森山直太朗のニュー・アルバム『素晴らしい世界』。アーティストのデビュー20周年を飾る本作は、新型コロナ禍の影響で活動が停滞し、更には自身も新型コロナに感染するという苦境を乗り越えて完成した。その表題曲であり、新型コロナ禍の経験を刻み込んだ「素晴らしい世界」は、7分40秒にわたって繊細なサウンドが紡がれるアンビエント的なポップ。ノイズやリバーブの響きがメロディと言葉に深い陰影を加えていくこの曲は、筆者にとってこの春もっとも印象的な楽曲だった。

そんな「素晴らしい世界」のアレンジを手掛けたのが、Akiyoshi Yasudaだ。SiZK名義ではおよそ20年にわたってJ-POPの作編曲・ミックスなどを手掛け、★STAR GUiTARとしてダンスオリエンテッドなアーティスト活動も展開。Akiyoshi Yasudaとしては、劇伴提供のほか、パーソナルなアンビエント作品を発表してきた。実は、Yasudaが森山直太朗とタッグを組むのは「素晴らしい世界」が初めて。「素晴らしい世界」を手掛けるに至ったきっかけから、そのサウンド作り、そして多様な分野をまたいで活動することによるクリエイティビティへの刺激まで語ってもらった。

森山直太朗「素晴らしい世界」

「素晴らしい世界」との出会い

まず、どのような経緯で「素晴らしい世界」に携わることになったんでしょうか。

直太朗さんのマネージャーさんが僕と以前仕事をしていて、そこからの紹介です。ある日突然、「SiZKさんここ来れますか? ナオタロウが会いたがってます」って場所を指定されたんです。「ナオタロウって……? ああ、森山直太朗さん!?」みたいな。仕事なのかどうかもわからなかった。

そこで直太朗さんが、「こんな曲があるんだよね。これをSiZKくんとできるかな」って「素晴らしい世界」のデモを聴かせてくれて。ピアノとパイプオルガン、歌だけのデモでした。合わせてこの曲が出来た経緯もお話してくださって。その上で聴いたら、僕自身もちょっとプライベートでいろいろあったことも重なって、いきなり初対面で泣いてしまって。

その場で、ですか?!

はい。それで、「めちゃくちゃいいですね、これ」「僕が関わるならこういうことができますよ、こういうこともできますよ」って、止まることなくばんばん喋っていました。僕のなかではそこからほとんど一本道で、最初の構想から完成までそんなにブレていません。

もともと、デモの段階で曲自体が完全に出来上がっていて。闇から光に向かっていくような曲なんですけど、その陰の部分、ダークさが欲しいんだろうなと思いました。そこが表現できれば、陽の部分が際立つ。そう意識しながらアレンジしていきました

その場でアイデアを伝えたときの直太朗さんの反応は?

それが、これでもかというぐらい褒めてもらえて(笑)。すごく嬉しかったのが、デモを上げたとき、直太朗さんは外でそれを聴いたそうなんですが、「嗚咽するぐらいよかった」って言ってもらえて。

Yasudaさんも直太朗さんもお互いのデモで泣いたと……。

そう言われるとそうですね(笑)。

この曲、7分40秒とけっこうな尺じゃないですか。

時流とは真逆を行っていますよね。デモのときからあの尺でした。

これだけの尺をサウンド面で構成していく上で、気を配ったことはありますか?

僕としては、この曲が長いとはあまり感じなくて。構造的にはほぼ繰り返しじゃないですか。もともと僕はテクノ上がりなので、ミニマルなものも聴いてきたんです。なので、テンポ感やジャンル感は違いますけど、自分なりのやり方はいろいろ持っていました。

なるほど。ループベースで、音響が微細に展開していくような構造には親しみがあったと。

そうですね。そこで今回は、ギミックをいっぱい作ることを考えました。聴いていてもすぐにはわからないような小さな仕掛けをどんどん積み重ねていくというか。その上で、自分でもやってきたアンビエントなサウンドでちゃんと色付けしていくという感じですね。

楽曲のメッセージを際立たせるギミック作り

ギミックというと、ボーカルのリバーブがぱっと消える瞬間(動画[04:13])が一番インパクトがありました。聴いているといきなり直太朗さんが近づいてくるみたいな(笑)。そういったアイデアはどのように作っていったんでしょうか。

リバーブが切れるところは、直太朗さんの作る歌詞とメロディがすごく強いなと思ったんです。そこまでのアンビエントなサウンドデザインでは、感じられる世界が広いものであるはず。それをいきなり狭くして、歌い手がまるで目の前にいるようにしたら、聴く人をハッとさせられるし、言葉が入ってくると思ったんです。

他にも、前半で「うるさいな」みたいなひとりごとがぽつっと入りますよね。

あれは直太朗さんのアイデアです。最初はなかったのに、何回かやり取りしたら「あれ、なんか知らない言葉が入ってる」みたいな感じで、いつの間にか入っていました(笑)。それで「ああ、これは心の声みたいにしたいのかな」と思って、聴き手の正面には歌っている直太朗さんが立っていつつ、「うるさいな」という声だけは逆相を使って、後ろから聴こえてくるような雰囲気にしました。

もうひとつ、この曲は基本的に直太朗さんのボーカル一本で続いていきますが、後半になるとクワイアっぽい厚い合唱のパートが出てきて、しかも、それがあっさり消えてしまう。

それも直太朗さんからのアイデアです。基本的にはネット上でのやり取りだったんですが、最後にボーカルが入ったときに「ちょっと合唱みたいなのをやってみたら面白かったから入れてみたよ」くらいの感じでいただいて。僕も「じゃあクワイアっぽくしましょう」と言って広がりをつけた感じでした。

デモのやり取りは綿密にされていたんですか。

回数としてはそんなに多くないんです。トータルでは3,4回かな。お互い、行きたい方向がはっきりしていたので迷わなかったというか。直太朗さんから来たものには「じゃあこれならこれでどうですか」と返せたし、直太朗さんも「SiZKくんもっとノイズ入れていいよ」ぐらいの感じで。途中で入れすぎて減らすことにもなったんですけど(笑)。

ご自身の中でもっとも手応えを感じた部分は。

やはりリバーブを切ったところですね。周りでも何人かに反応してもらえて。そこに気づいてもらえると「よし!」ってなります(笑)。

そこまでの展開でがっつり曲に引き込まれるので、あれぐらいダイナミックな変化があると掴まれてしまいます。

経験上、「やるなら極端にやれ」と思っているんです。変化をさせたいなら、100か0にしたほうがいい。今回はその考えが活きていると思います。

素材の特性を活かし、“増幅”するサウンドメイク

楽曲を構成するサウンドとしては、ピアノがあって、ドローンがあって、サブベースが鳴って……と、シンプルなようで、さまざまなサウンドが重なり合っていますよね。

トラック数は多いですね。トータルではちゃんと数えてないんですけど、覚えているのは、グリッチノイズが30トラック以上ある(笑)。しかも、グリッチだけで30あるので、他のノイズも足したら50くらいあります。

ピアノはもともと、すごく弱く弾いて録音したものなんです。だから、演奏のノイズや服が擦れているような音も入っているんですよね。それがすごくいいなと思ったんですけど、ノイズをもっと増幅したくなった。僕の家の換気扇の音をiPhoneで録って、その「サーッ」というノイズを混ぜています。iPhoneのボイスメモの音が結構好きで、そういうのを普段から作品にちょこちょこ使っているんです。最近『N号棟』という映画の劇伴もやったんですけど、その時はうちの洗濯機を回しながらマイクで録音しました。

家電は面白いですよ。たとえば、冷蔵庫の中にiPhoneを入れっぱなしにして一時間録っておくとか。めちゃくちゃ冷えますけどね、iPhoneが(笑)。

『N号棟』予告編

環境音以外のグリッチノイズはどのように作られているんでしょうか。

グリッチは素材ものが多いです。LoopmastersやSpliceで入手できるような。グリッチじゃない素材を加工して使うこともあります。

サウンドもさることながら、やはり直太朗さんの声が印象的な曲でもあります。実際に一緒にお仕事をしてみて、直太朗さんの声についてどう感じましたか。

音程と音程のあいだを感じさせないような、すごくなめらかな声ですよね。あと、僕が普段作っている歌モノだとコーラスをいっぱい重ねることが多いんですが、直太朗さんのは聴いていて「ああ、ほとんどいらないな」と思います。この一本だけで十分と思えるぐらい説得力があるんです。逆に、ハーモニーを入れると邪魔しちゃうんじゃないかな。「素晴らしい世界」では重ねてもユニゾンとかオクターブだけで、3度とか5度のハモりはやっていないです。

使用されているDAWは何でしょうか。

僕はずっとMark of the Unicorn Digital Performerですね。テンポチェンジが自由にできるので一時期少しだけAbleton Liveを使っていましたけど、アップデートで結局DPで同じことができるようになっちゃったので、戻ってきました。

プラグインで何か重宝しているものはありますか。

めっちゃくちゃ普通ですけど、Native Instruments KONTAKTとかですかね。ストリングスはSpitfireです。Spectrasonics Omnisphereはドローンを作るのによく使いますし、リバーブではValhalla Shimmerをよく使います。Shimmerはとりあえずかけてみて、それから考えます(笑)。「素晴らしい世界」でもいっぱい使っていて、直太朗さんの声にも、ドローンにもかけています。

また、今回サブベースはXfer Serumのプリセットを使いました。普段はFAW Sublabも使っています。そのプリセットとVIRHARMONIC Bohemian Celloを合わせて、すごく低いところで使っています。ふたつを一緒にコンプにぶち込むと、位相が合っているのか合っていないのかよくわからない、地獄のようなベースになるんです。あと、この曲ではあまり強く出てはいないですけど、リズムはNative Instruments MASCHINEです。

3つの名義から辿る作風の変化

「素晴らしい世界」はAkiyoshi Yasudaとしてクレジットされていますが、普段J-POPのソングライター、アレンジ、ミックスで携わるときはSiZK名義を使っていますよね。今回この名義を使ったのはなぜでしょうか。

今回は、直太朗さんが「アンビエントができて歌モノもやったことがある、そういうのに精通している人いない?」と思ったところから僕に話が来たんです。アンビエントはまさにここ数年Akiyoshi Yasuda名義で追求してきたことなので、この名前でやらせてもらいました。直太朗さんと会話しているときは「SiZKくん」って呼ばれていますけどね。僕は名前が3個あるので、みんな呼び方に困っちゃうんです(笑)。

Akiyoshi Yasuda名義とは違って、SiZK名義ではダンサブルなサウンドを多く手掛けていますよね。もともとどんな音楽に影響を受けてこられたんでしょうか。

音楽に興味を持ったきっかけは小室哲哉さんなんですけど、実際に作る上で影響を受けてきたアーティストとしては、★STAR GUiTARという名前の由来になったThe Chemical Brothersはもちろん、一番好きなのはUnderworld。当時、映画『トレインスポッティング』を観てハマりました。あとはThe Prodityとか、ちょっとロックを感じさせるようなダンスミュージックに影響を受けています。15, 16歳のときにはビッグビートが流行っていましたし、同時に、音響系というかIDMと呼ばれるような、いまやっているアンビエントに通じるような音楽も大好きでした。

Underworld Born Slippy (Nuxx) Trainspotting Version 1996

その結果、ダンサブルなJ-POPというSiZKとしての作風が出来上がっていったんですね。

はい。最初のころはヒップホップの人たち――Heartsdalesさんとか、BENNIE Kとか――が僕のそういうテクノ感を面白がってくれて、一緒に作るようになりましたね。

BENNIE K「Sky」

★STAR GUiTAR名義では、バキバキのエレクトロハウスだった2000年代から、2010年代にさしかかると空間を感じさせるサウンドが増えてくるのが興味深いです。

★STAR GUiTARのセカンド・アルバムで初めてピアニストをフィーチャーしたんです。最初は歌の人をフィーチャーしようとしていたんですけど、なかなかメロディが作れなかった。そこでもしかしたらこれは歌じゃないのかも、と考えて、ピアニストをフィーチャーした「Live」ができました。そうしたら思いの外評判がよくて、自分もすごく楽しかったので、そのあたりから生楽器のほうにフォーカスしていって。その流れで空間的なサウンドに寄っていったんだと思います。

★STAR GUiTAR 「Live feat. Hidetake Takayama」

そういった関心の広がりが、最終的にアンビエントや劇伴仕事がメインのAkiyoshi Yasudaという名義に結実していった、と。新たな名義を使うことにしたきっかけは。

SiZKや★STAR GUiTAR名義で作品を発表する中で、意外と名前と音楽性の結びつきって強いんだなと実感したんですよね。どちらの場合にも、「こういう音楽をやる人」ってイメージがある。要はその2つの名前だと、今みたいにアンビエントを作れなかったんです(笑)。僕がそれまでやってきた音楽ってきらびやかなものが多かったので、内向的でダークな音楽は作りづらい。もしかしたらこれは名前を変えたほうがいいのかもしれないと思って、3つ目の名前として本名でやってみようと。

Akiyoshi Yasuda 「memento」

劇伴制作が拓いた新たなクリエイティヴィティ

3つの異なる性質の名義で活動する中で、ある名義での経験が別の名義に活きたことはありますか?

Akiyoshi Yasuda名義でやった音楽が、SiZKや★STAR GUiTAR名義でやる音楽に如実に影響を与えていますね。空間の使い方もそうですし、最近の★STAR GUiTARはもっとオーガニックで、少しシネマティックなダンスミュージックに寄ってきている。ポップスでもアンビエントなサウンドは最近流行っているので、SiZKとしてやっているポップスにもそういうテイストを入れたりしています。

Akiyoshi Yasudaで劇伴やアンビエントをやる、と決めたときに、ロールモデル的な人はいましたか?

もともと、「自分は劇伴をやっちゃだめだ」って勝手に思いこんでいたんです。ちゃんと音大に通って、クラシックを学んできたような人がやるべきものなんだと。そういう固定観念を破ってくれたのが、Nine Inch Nailsのトレント・レズナーや、ハンス・ジマーともよく仕事をしているJunkie XLでした。彼らはぜんぜん違う分野から劇伴の世界に入ってきているじゃないですか。そういうのを見ていたら、「ああ、入っていいんだこの世界」って思えたんです。

トレント・レズナーとアッティカス・ロスが音楽を手掛けた『WAVES』

実際に劇伴を手掛けるようになって、制作のスタイルで大きく変化したことはありますか。

シーンの内容に合わせて曲を作ってみたときに、初めて周りのミュージシャンの気持ちがわかったというか……。勝手にメロディが頭の中で鳴り出す、そういう感覚は劇伴をやるまでわからなかったんです。それまで、まずは鍵盤に向かって、とりあえず弾いてみて考える、という作り方をしてきたので。脚本や映像を見て「この感じでこの感情だったら、このメロディだな」というのが勝手に浮かぶようになった。

思い浮かんでも、その通りに作らないほうがいい場合もあります。でも、「このままだとストレート過ぎるな、全然逆の音楽をあてたほうが面白そうだな」と考えられるようになったのは、すごく面白い変化でした。

そういう変化を経験したからこそ、今回の「素晴らしい世界」のようなアレンジ……たとえば歌詞を音の変化で際立たせるようなこともできるようになった、ということでしょうか。

はい。僕は「素晴らしい世界」を短編映画だと思って作っているので。すごくいい経験をさせてもらいました。歌モノやってきた自分と劇伴をやってきた自分がちゃんと融合できた機会だったというか。

最後に、それぞれの名義でどんなビジョンがあるか教えていただけますか。

★STAR GUiTARはリリースを3年ぶりに始めたところで、来年に向けてシングルを出しつつアルバムに向かっていきたいと思っています。いまはエレクトロニックだけじゃない、オーガニックで躍動感のあるダンス・ミュージックのモードになっていますね。SiZKはマイペースに続けていくだけですね。いろんな人と出会って、いろんなことができればいいと思っています。Akiyoshi Yasudaでは映画音楽などの仕事もやりつつ、そろそろひさしぶりにこの名義での自分の作品も出したいなと思っています。

★STAR GUiTAR「貌」

取材・文:imdkm

Akiyoshi Yasuda プロフィール

美しさと儚さをエレクトロニックサウンド、ノイズの響きにのせ様々な感情を彩るインストゥルメンタル・アーティスト。

2020年、2年ぶりの新作となるアンビエント・ドローン・環境音楽の影響を感じさせるEP『memento -day1』を発表。自身のライフログとしてmemento (過去の体験・出来事などを思い出すために保管しておく小さな思い出の品)をテーマに記憶を記録していくプロジェクトを展開。

劇中音楽としては、広瀬すず主演『あんのリリック -桜木杏、俳句はじめてみました-』、NHK よるドラ『腐女子、うっかりゲイに告る。』世界で900万ダウンロード突破のスマートフォン向けゲームアプリを映画化した『劇場版 誰ガ為のアルケミスト』などの音楽を担当。

2021年には、人気TVアニメ『幼なじみが絶対に負けないラブコメ』、2022年公開の映画『N号棟』の劇中音楽も手がける。

また、劇中音楽に止まらず、その音像をアンビエントに昇華させた森山直太朗「素晴らしい世界」には編曲で参加し、独特の世界観は関係者からの高い評価を得ている。

https://www.studioselfish.com/

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2023年のベストトラック50

2023年のベストトラックを50曲選びました。もうここ数年新譜を追うのが心身の健康の問題もあって大変厳しく、50曲選ぶのだけでも大変だよ~と思ってましたがつくりだすと意外と音楽聴いてるな自分……となります。とはいえ、「音楽ライター」を名乗るにはあまりにも弱すぎる。よわよわ。2024年は、もうちょっとがんばって「音楽」に向き合いたいと思います。

さて、50曲のプレイリストは上掲のSpotify/Apple Musicの通りですが、10曲ピックアップしてコメントしたいと思います。

北村蕗 – amaranthus feat. 梅井美咲

山形を中心に10代の頃からピアノやギターの弾き語りを中心に活動を開始し、現在は東京に拠点を移してエレクトロニクスも取り入れたパフォーマンスを行う北村蕗がはじめて正式に音源をリリース。ピアニストの梅井美咲を招いた「amaranthus」は、その歌声もさることながら、繊細で奔放なメロディラインを支えるアレンジとプロダクションがいきなりものすごいクオリティで、素晴らしい「デビュー」作(といっていいでしょう)だった。そのままあれよあれよとフジロック出演や冨田ラボからのフックアップ(ドラマ「地球の歩き方」にて冨田ラボがサウンドトラック発表! | 冨田ラボ – Tomita Lab)にまで繋がり、コンスタントにリリースされるシングル群もふくめて、2023年の躍進がめちゃくちゃ印象的でした。

audiot909 – 秘密 feat. CHIYORI

ジャパニーズ・アマピアノのパイオニアことaudiot909のアルバム『Japanese Amapiano The Album』も全編素晴らしかったですが、アマピアノのクールなアツさを日本のR&Bの文脈と見事に接合したような「秘密」は出色の出来。歌モノポップにもアンダーグラウンドにも振れるダンス・ミュージックとしての懐の深さに身を預けつつ、日本でそれをやり抜くということの意義に真摯に向き合った成果として記憶されるべき1曲。

Anitta – Used To Be

2022年のコーチェラでファヴェーラを背景にダンサーたちモダンなポップとしてのファンキの存在感を示したパフォーマンスも印象的だったブラジルのポップスターAnittaのEPから1曲。聴いてみればわかるように、おなじみのリズムパターンを中心に据えつつもさまざまなジャンルの影響をスマートに消化したエクレクティックなサウンドになっていて、特にこの曲はR&B的なメロディラインやコーラスワークもキャッチー。2023年はNyege Nyege Tapesからリリースして一躍注目を集めたDJ Kなんかをはじめとしてアンダーグラウンドなファンキのサウンドに熱い視線が注がれていた感があるが、メインストリームで堂々たるポップ・ミュージックとして鳴り響くファンキも好きです。

Skrillex, Fred again.. & Flowdan – Rumble

本当は年間ベストといったらコーチェラでのPangbourne House Mafia(Skrillex, Fred again.., Four Tet)のDJセットだろと思うんですが、まあそれはそれとして、年始にリリースされたこのシングルは本当によかった。その後のアルバム2枚もふくめて、Skrillexの功績について考えることの多い1年でした。シンプルで削ぎ落とされた構成ながら、ひとつひとつのサウンドの細かいレイヤーがつくりだすテクスチャ―の変化が緊張感ある響きをつくりだす職人技は聴けば聴くほどビビる。ものすごくワイルドな印象なのに、選ばれているサウンドそれぞれはかなり繊細かつストレンジで、だまし絵みたいだなと思う。

Courtesy – Something feat. sophie joe & August Rosenbaum

デンマーク出身のアーティスト、Courtesyがリリースしたアルバム『fra eufori』は90s~00sのダンス・ポップをドラムレスなエレクトロニック・ミュージックに翻案するカヴァーアルバムで、ダンス・ポップっていうかEnyaも2曲とか入ってて選曲が納得感とおもしろどっちもあって、かつCourtesyのアナログシンセのサウンドを多用したコンポジションがもともと好きだったこともありよく聴いていた。トランスがリバイバルしていたり、あるいはY2Kなダンス・ポップも再興していたり(Planet of the Bassってありましたねぇ…… あれなんだったんだ)する時代の流れを感じつつ、そこからちょっとずらしたアプローチが絶妙。

NiziU – HEARTRIS

NiziUの韓国デビューシングルはRealSoundで記事も書いたんだけどすごく塩梅がよくて、韓国語だしちょっと懐かし目のK-POPっぽい感じ(初期TWICEとか……)かしらと思うと、ちょっとコード進行とかアレンジにJ-POPっぽさも残っていて、Kポっぽい風合いのなかにアニメ調のカットが入ってくるMVもあわせて派手さはないが結構凝ったことをしている秀作。しかし秀作と言ってすますには、良すぎる! なんだかんだめっちゃ聴いてしまった。

伊藤美来 – 点と線

あほほど聴いたという意味では声優アーティスト・伊藤美来のシングル「点と線」も秋から冬にかけて延々とヘヴィロテだった。三拍子と四拍子のクロスするポリリズムを下敷きにした壮大でシネマティックなアレンジがどツボ。アニメ「星屑テレパス」のOPで、EDはサンドリオンが歌唱してやぎぬまかな、パソコン音楽クラブ、phritzが制作というのもなんかすごかった。アニメはTVerとFODでしか配信していなくておいてかれてしまいましたが……。

マカロニえんぴつ – 悲しみはバスに乗って

サラリーマンの悲哀を歌うという点である種ユニコーンイズムを継承するようでいて、ひょうひょうとしたユーモアのかわりに徹底的にウェットで痛みにあふれた言葉を容赦なく並べたこの曲はちょっと衝撃でもあった。「まだまだまだぼくは青二才、赤ん坊は一歳/涙で滲むは給料明細」というアナクロで陳腐な「世知辛さ」から、「あ、そういえば」の一言を蝶番にして「今日はあいつの命日だ/なんで死んだんだっけ/どうして死ななきゃいけなかったんだろう」という深い「悲しみ」にためらいなく突っ込んでいくこのドラマが、詞全体に漂うどうしようもなくコンサバな空気感(「ありきたりな幸せ」)をかき乱していて、そのバランス感覚に戦慄する。

MVは正直いってあんま好きではない

Batu – Through The Glass

ブリストルのプロデューサー、Batuは今年2枚のEPを出している(はず)で、どちらも内容が素晴らしかったのだけれど、5月の「For Spirits」のラストチューンを。サンプルのシンプルなループを軸にドローンや細やかなリフで常に動きをつくりだし、後半からあらわれるベースラインにダンスフロアの残影をしのばせながらも、カタルシスに達してしまうことは避ける。それでも高まり続ける緊張感がふわっと緩和されるさりげないラストはさすが。4分弱の見事なコンポジション。

パソコン音楽クラブ – Day After Day feat. 高橋芽以

アルバム『FINE LINE』を締めくくる1曲としてこんなに完璧な曲もないだろうと思える1曲。前作から一転ポップでダンサブルにハジケた印象の強いアルバムだけれど、スキットを挟んだラスト3曲の展開は、実は『See-Voice』と本質的には通底する物語だったのかもしれないと気づきを得ながら日常に戻っていくようで見事。Overmonoの面影も感じるような端正だがアップリフティングなダンスビートに、抑制的ながらエモーショナルなメロディと言葉が噛み合った完璧さもすごければ、高橋芽以(LAUSBUB)の歌声も光っていて、2023年折に触れて思い出した1曲。

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[Soundmain Archive] beipanaインタビュー ローファイ・ビーツ×スティールギターというスタイルで拓いた理想的な音楽との距離感(2022.03.25)

初出:2022.03.25 Soundmain blogにて。
可能な限りリンクや埋め込みは保持していますが、オリジナルの記事に挿入されていた画像は割愛しています。

DJとして、ビートメイカーとして、そしてスティールギター奏者として、2000年代後半から長きにわたって活動を続けてきたbeipana。東京のクラブシーンやインディシーンにコミットしつつ、マイペースに自らの音楽を模索してきたことはもちろん、2010年代の後半に爆発的に普及したジャンル、「ローファイ・ヒップホップ」の定義や成立などを日本語圏に紹介した立役者として記憶する人も少なくないかもしれない。

そんなbeipanaが2022年1月にアルバム『Soothe Your Soul』をリリースした。本作は、近年InstagramなどのSNSで発表してきた演奏動画をもとにしたもの。スティール・ギターで奏でられるハワイアン・ミュージックとローファイ・ヒップホップのビートが結びついた、シンプルかつユニークな音楽性が耳を捉える一作だ。今回、『Soothe Your Soul』をきっかけに、このスタイルにたどり着いた経緯や、演奏動画のシェアで得られた経験についてインタビューすることができた。話を聞いてみると、何気なく、またユーモラスにも思えるアイデアは、長年にわたるさまざまな関心が、幸運にもひとつのかたちにまとまった結果であることがわかった。

ハワイアン+ローファイ・ヒップホップ、そのスタイルの背景

まず、簡単に自己紹介も兼ねつつ、音楽遍歴についてお聞かせください。

10代の頃は、日本でいうとLITTLE TEMPOとかNatural Calamity、Silent Poetsのような、トリップホップやダウンテンポと括られる音楽に惹かれていました。そうしたジャンルでは、よれよれのギターやスティールギターが使われていることが多いんです。それがここ10年の自分の音楽のスタイルに反映されています。

DTMをはじめたのは2007年ぐらいです。もともとDJをやっていたんですけど、その延長でマッシュアップなどを作り始め、次第にオリジナルのトラックを作るようになりました。ただ、DJの延長線上でダンス・ミュージックを作ってはいたものの、そもそも好きだったのはダウンテンポだな、と思って。2011年くらいにスティール・ギターをワークショップで習い始めて、そこからどんどん自分が好きだったものを作るようになっていったという感じですね。

今回リリースされた『Soothe Your Soul』は、ローファイ・ヒップホップ的なビートにスティール・ギターの演奏、というシンプルかつユニークなスタイルです。このスタイルに挑戦した動機は何だったのでしょうか。

「新型コロナ禍になった」というのが直接的なきっかけです。2020年の夏ぐらいに「しばらく人前でライブやDJをすることがなくなるな」と感じて、YouTubeで定期的に何かをアップしていこう、と決めたんです。やりはじめた当初はLUNA SEAのカバーとか……。

そうでしたね!

あとはトミー・ゲレロとか。好きな曲をスティール・ギターでチルアウト的にカバーしていました。ただ、メロディの耳コピとバッキングのコードの解析が大変で、伴奏を作るのも手間がかかる。なんとかならないかなと考えたときに、先ほどお話しした2011年のワークショップで40曲ぐらいのハワイアンの楽譜をもらったことを思い出したんです。これならメロディもコードも全部書いてある。次はこれをやろう、という感じで始めました。ただ、ハワイアンをスティール・ギターでコピーするのは――そもそもスティール・ギターはハワイ発祥の楽器なので――何のひねりもないことに気づいて(笑)。そこで現代的な解釈として、ローファイなビートと合わせてみたんです。もともと考えていたというよりは、冗談半分というか。「ローファイハワイアン、なんちゃって」という感じでやったら、結構いいリアクションがあった。じゃあ、これも楽譜のストックがなくなるまでやろうかなと思って、今に至ります。

制作環境の変化がもたらした『Soothe Your Soul』

ローファイなビートと合わせよう、というアイデア自体はすぐに思いついたんでしょうか。

そうですね。トリップホップやダウンテンポの影響もあって、そういうビートを作りたいという欲求は元々あったんですよ。2012年に、ワーキングホリデーを使ってオーストラリアに行ったんです。何か楽しい遊び場はないかな、と探しているうちに、シドニーのTAKUというビートメイカーや、Hiatus Kaiyote周辺のビートメイカーの存在を知って。ものすごく短いスパンで、それこそ毎日のようにサウンドクラウドに音源をアップロードしていて。それを見て、そうやって工芸的に音楽に向き合うのもいいな、と。その後も、ローファイのビートメイカーとして知られているwun twoを2014年に知ったり、2015年にはTajima Halさんのライブセットを見てSP-404SXを買ったり。

以前、ブログでローファイ・ヒップホップの成立の経緯についてまとめたことがありましたが、後にローファイ・ヒップホップとして顕在化していった流れを、それ以前からなんとなく横目でちらちら見ていたということも背景にあったんです。ブログにまとめるために最初から調べたのではなくて、「(それまでも存在していたシーンが)いまどうなっているのか」をまとめた結果、ローファイ・ヒップホップというジャンルの話になったというか。

ただ、関心はある一方で自分の表現にはなかなか落とし込めなくて……当時はSoundCloudにDJミックスをアップするようなアウトプットしかできなかった。それが、いまならできるんじゃないか、と思って始めました。

あと、PreSonus Studio OneにDAWを乗り換えたのもきっかけのひとつです。それまではWindows XPのマシンでACID(※)を使っていて……。

※1998年にSonic Foundryが開発したループシーケンサー。ループ素材の切り貼りで楽曲制作するソフトウェアの嚆矢だった。Sonyへの売却を経て現在はMAGIX社が販売している。

ACIDを、しかもXPで!?

はい(笑)。2019年に配信のみで出した『Windy Waves』というアルバムがあるんですけど、あれもACIDですね。セキュリティ上危ないので、マシン自体をネットから完全に遮断して使っていたという(笑)。使っていたバージョンでは、サイドチェイン(※)が使えなかったんですよ。DAWを変えたことで、スティール・ギターをキックでダッキングさせるみたいなことができるようになった。それも頭にあって、「もうビートを入れれば自分のこれまでの欲求を満たせる状況も整ってるし、やろう!」みたいに。

※外部からの入力に合わせてエフェクトのかかり具合を変える仕組み。コンプレッサーとあわせて用いられることが多く、「キックが鳴ったときだけ他のパートの音量を下げる」といった効果(=ダッキング)が作りだせる。

『Windy Waves』にも、ローファイに近いビートが入っていますよね。

はい。ただ、それをローファイに寄せられなかった理由があって。あのビートは実際に作ったのが2017年で、サイドチェインがかけられなかった。あと、2017年当時はサンプルパックの市場がローファイの需要に全然追いついていなかったんです。LAビート、ソウルフルヒップホップ、トリップホップといったものしかなかった。だからサウンドに乖離ができちゃって。もうちょっと弱々しい感じがいいんだけどな、と思いながらサンプルを選んでいました。

https://open.spotify.com/album/2gfkZbOoAtZwEgiW697nN6

「ローファイらしさ」を作りだすサウンドの決め手

現在、ビートはどのように組んでいますか? 打ち込むのか、ループの編集なのか。

サンプルパックのループのリズム配置を下敷きにして、打ち込みも併用して音色を変えていきます。リズムの形はそのままで、キックやスネア、ハイハットを別のサンプルパックから選んで組み直します。特に強いこだわりはないんですけど、現代的なローファイの文脈に合わせつつも意識的に避けているのが、J Dilla的なモタりです。トリップホップ・キッズだったので、そういうモタりの感覚が自分のなかにないんですよね。むしろ、スクウェアで淡々とした感じを意識しています。

スティール・ギターの録音や音作りはどのようにされていますか。

Behringerのプリアンプ付きインターフェイスに、モノラルでダイレクトに差して録音しています。エフェクターなどは介さずに素のままです。最近は、トーンを絞って高域が出過ぎないよう意識して録音しています。その後、Studio One側でプラグインを用いて音作りしていきます。使うものは決まっていて、全部Studio One純正のものです。アンプシミュレーター、コンプレッサー、リバーブ、EQ、ダイナミックEQ、ビットクラッシャー……中でも、ローファイ的な質感の要になるのが、ビットクラッシャーとコンプレッサーに用いるサイドチェインです。サイドチェインはスティール・ギターだけではなく、ウワモノ全体にかけていますね。そして、マスタリングはiZotope Ozone 9です。好みの鳴り方をしているローファイのビートをリファレンストラックにして使っています。

なるほど。ローファイらしさを出すのはビットクラッシュの質感と、サイドチェインなんですね。

はい。2014年にローファイ系ビートメイカーのJinsangがリリースした「Hawaii」という曲があって。Santo & Johnnyというスティール・ギターの名手の曲をサンプリングしているんですが、キックドラムの音をトリガーにハワイアンのサンプルをダッキングしているんです。2017年に自分が初めてこの曲を聴いたとき、「このやり方ならいけるな」と思ったのが、自分が考えるスティール・ギター+ローファイの原点です。感覚としては、ウワモノは古いレコードのようにつくって、それをリミックスしている感じに仕上げるというか。

あと、僕が持っているスティール・ギターは膝に乗せるタイプのラップスティール・ギターと呼ばれるものなんですが、他にペダルスティール・ギターというタイプもあって。こちらはラップスティールよりも弦が多くて、さらにペダルでボリュームをコントロールできる。音のアタックをペダルの操作で削ることもできるんです。僕はどちらかというとそちらの音のほうがシンセのパッドみたいで好きで。ダニエル・ラノワとか、アンビエントの人たちもペダルスティール・ギターを使っているんですが、幽玄な感じになっていますね。

その「アタックを削る」というアプローチを、キックをトリガーにしたダッキングでやるスティール・ギターのプレイヤーはいないだろうなと思って。Instagramに演奏動画を上げているプレイヤーを見ていても、そんなことをやっている人はいないんですよね。ビートメイカーの人は「こんなにバッキバキにスティール・ギターをダッキングしているのはヤバいね」みたいな感じで、そこに一番反応してくれますね。

このスタイルに取り組んでみて、スティール・ギターの弾き方が変わったということはありますか。

スティール・ギターって普通ピックを指に嵌めて演奏するんですが、それを嵌めずに指弾きするようになりました。音色にローファイ感が出る、というのもあるんですけど、それは理由の3割くらい。残りの7割くらいは、それだと他の機器を並行して触るのに不便だからなんですよ。

なるほど!

パソコンを操作するのも不便ですし、演奏動画の撮影でも不便。オーディオインターフェイスに入力して、録音して、だめだったら弾き直す。そのための手間が、ピックがあることで何倍にもなるんです。スマホをタップしてスワイプするのにも向かないですし。最近はプレイヤー意識に目覚めてきたので、また嵌めるようにしていますけどね。

活動を後押しする、SNSを通じた新しいつながり

Instagramに演奏動画をアップロードしてみて気づいたことや、ご自身の中で変化したことはありますか。

突然コミュニティに飛び込んでも、面白いと思ったら見てくれて、反応してくれたということがうれしかったですね。最初にアップロードした動画に長いコメントをくれたのは、darumaというSpotifyの公式プレイリストにもセレクトされているようなビートメイカーでした。ハッシュタグを通じて見てくれたみたいで、「ハワイアンをサンプリングしたことはあるけど、スティール・ギターを実際に演奏しているのはすごいね」と。そういうコメントやリアクションが短期的な動機づけになって、結果として1年半くらい続けられています。SNSには依存しすぎてしまう悪い側面もありますけど、自分の場合は報酬系がうまく働いてくれていると感じます。

SNSを通じたリアクションがモチベーションにつながっているんですね。

そうですね。あと、長く続けようと思わせてくれたもうひとりに、アメリカ西海岸でインディーバンドのギタリストをしているTommy de Brourbonという人がいます。彼はペダルスティールも演奏するので、スティール・ギター繋がりでフォローしてくれたのかなと思うんですけど、アカウントをよくみたらTikTokのリンクもあって。見てみたら「ラップの曲にもしギターソロがあったら」みたいな動画で100万回以上再生されていたんです。それで、DMでそのことについて話したら「インターネットは何が起こるかわからないから、絶対にやり続けたほうがいいよ」と言ってくれて。確かにそうかもな、と。

@tdebourbon Reply to @joelsimpsonn my most requested by FAR 🎸 drop more songs in the comments! #fypシ #guitarist #guitarsolo #guitartok #guitarcover #liluzivert ♬ original sound – Tommy de Bourbon

そうやって続けていると、クリエイター以外の人からも反応があって。有名なところだと『クレイジー・リッチ!』なんかに出ている俳優のAwkwafinaがいいねしてくれたり。「そこまで届くのか!」と。

Instagram以外のプラットフォームではいかがですか。

YouTubeは視聴専門の人が多い分、すごく長文で感想をくれるんです。Instagramでリアクションをくれるのは全員クリエイターという感じなので、「今回の、いいね!」みたいなライトなやり取りなんですけど、YouTubeだと、「わたしはこういう者で、こういう状況で聴いているんだけど、あなたの曲はこうだと思います」みたいなコメントがいっぱい届く。Instagramとは違った嬉しさがありますね。実は『Soothe Your Soul』というアルバム・タイトルをはじめ、このアルバムに収録した曲のタイトルはほぼYouTubeでもらったコメントの引用なんです。ハワイアンルーツの人で、おばあちゃんにもお母さんにも一緒に聞かせてシェアしている、というコメントをもらったり、ハワイ在住の人や、ネイティヴハワイアンの人からも反応があって。ネットを通じて、新しいコミュニティを作れている感じがありますね。

演奏動画はShorts形式でYouTubeに投稿している

beipanaさんは現在のスタイルに行き着かれるまでの活動歴も長いですが、今日まで音楽を続けてこられた理由って何だったと、ご自身では思いますか。

本当に、縁に恵まれていたように思いますね。活動自体は長いものの、多作なわけではないので。ようやくここ数年で、「毎週何かを作る」ということができる状況になったという実感があります。あとは、音楽はコミュニケーションでもあって、それがなくなれば失うつながりもありますから、だから続けているんだと思います。インターネットの存在も大きいですね。古くはmixiから、ソーシャルメディアを通じて生まれたつながりで活動が始まったので。音楽を通じてインターネットの文化の変遷みたいなものを見続けているところは一貫している気がします。

今後の活動のプランがあれば教えて下さい。

もうちょっと多作になりたいです。トミー・ゲレロみたいになりたいんですよ。DTMを駆使したプロデューサーの作品というよりも、ルーズな雰囲気のギタリストらしい宅録を、自分のペースでずっと作り続けたい。今回の作品で、その入り口をようやく作ることができました。あとは、演奏動画も続けられるだけ続けていきたいですね。

取材・文:imdkm

beipana プロフィール

ラップスティール・ギタープレイヤー。自ら演奏するレトロなスティール・ギターのサウンドとサンプリングやエレクトロニクスをミックスした独自のリゾート・ミュージックを奏でる。近年はSNSで『スティール・ギターの演奏+ローファイ・ビーツ』による、ハワイアンのカバー演奏動画を披露している。演奏動画のコンセプトをもとにした『Soothe Your Soul』を2022年にリリース。 https://linktr.ee/beipana

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2023年総括

今年最後の更新です。

トピック

雑多なトピックをまず。

激ヤセとリバウンド

2022年12月末から2023年1月、爆裂な鬱エピソードに突入し、飲まず食わずで3日過ごすなどの日々がざらに続いたため、一気に10kgほど落ちる。その後、通院を再開してなんとか体調を持ち直したものの、7月~8月にまた若干悪化してさらに10kgほど落ちる。都合、20kgは体重が落ちたことになる。一番体重が少なかったのは9月のゲンロンカフェでのトークイベント時で、久々に会った知人から「……痩せました?」「なんか縮んでない?」などといかにもたずねづらそうに声をかけられるなどしていた。

その後、10月以降順調にリバウンドし、10kgほど体重が戻った。だから安心というわけでもなく、体重の急激な増減は増えても減っても身体に負担が大きい! やめてくれ! と思いつつなんとか健康に体重を落としていこうと決意。

ZINEを出す

詳しくはライターがゼロからZINEをつくってみた話に書きましたが、「音楽とテクノロジーをいかに語るか?」というZINEをつくって文フリ東京で頒布しました。これきっかけでいろいろ仕事が増えたりして、まあ出してよかったな~という感じです。初版はもう捌けてしまっていまは電子版だけ売ってます。

音楽とテクノロジーをいかに語るか?(電子版) – 編集室B(imdkm) – BOOTH

できれば2024年中に増補版をつくって売りたいんですが、じゃあまた文フリ行くのか? とか考えるとむずかしい。いろいろ考え中です。

ブログを動かしだす

11月ごろからブログを週三回+α更新するようにしていて、なんだかんだで年内は続きそう。サーヴィス終了と共に閉鎖となったSoundmain Blogの記事のアーカイヴや、隔週日曜のプレイリスト記事も続けていきます。

主に書いているのは書評やライヴ、展覧会のレポートだけれど、今後はもっといろいろ書いていけたらいいなと思います。

髪をのばす

長いこと(もう10年以上!)坊主を続けてきましたが、なんとなく髪を伸ばしだしました。なんか変な感じですが、寒くなくて楽しいです。

記憶がない

しかし記憶がない。なんの記憶もない。とりあえずいま鬱は寛解しているものの綱渡りでやってきた時期が長すぎる。大丈夫だろうか。ブログをコンスタントにつけることで来年は記憶をたしかに保っていきたい。

2023年仕事ピックアップ

今年の仕事で印象に残ったもの

冨田ラボ / 富田圭一 WORKS BEST 2 ~beautiful songs to remember~ライナーノーツ/全曲解説

冨田恵一さんの2010年代の活動をまとめたWORKS BEST 2に各曲解説を執筆。あまりやったことがないタイプの仕事で緊張したけれど、結果的には手応えのあるブツになりました。CD自体、シンプルなコンピレーションながら、大きな転換期を迎えた冨田さんの姿がありありと浮かび上がる面白い作品になっているので、おすすめです。っていうか、冨田さんに限らず、「ああ、2010年代ってこういう空気感あったよな」ってかなり振り返れたんすよね。一方には柳樂光隆さんがJazz the New Chapterが積極的に紹介してきたようなネオソウルも含めた新しいジャズの流れがあり、それと同時にメインストリームのポップスがサウンドの新たなスタンダードをどんどん打ち立て……という。「シミュレーショニズム」の冨田さんがアクチュアルなサウンドに傾倒していったうえで、ふたたび独自のアプローチを確立していく10年間。これは実はKIRINJIも似たような経路を辿っている感じがあって。すごく刺激的です。

ジュリアス・イーストマンというブラッククィアの作曲家。歴史に消えかけたその音楽、キャリアを紐解く | CINRA

ミニマリズム~ポストミニマリズムの重要な作曲家のひとりとして再評価の声が高まっているジュリアス・イーストマンの仕事を振り返る記事をCINRAにて執筆。たしかにイーストマンの作品はかなり好きで聴いていたものの、自分が書いていいのかな~と迷っていたんですが、背中を推されて書いてみたら、それなりに思い入れの強いテクストに仕上がりました。ジュリアス・イーストマンはいいぞ! とりあえずFemenineとStay On Itがおすすめです。

菊地成孔×tofubeats×荘子it 司会=imdkm 「2020年代に音楽はいかに応答するか」

これはもう、菊地さんとお仕事する日が来るとは……というのに尽きます。完全にミーハー心です。トークの内容も後半の衝撃的な展開ふくめ、なんかすごかったです。おれはタジタジになっていた。

EYESCREAM 2024年1月号 長谷川白紙インタビュー

ユリイカ長谷川白紙特集と迷ったんですが、こちらのインタビューが個人的にいろいろ面白いことをじっくり聞けて、面白かったなと。論考を書くのは基本孤独な作業なので……。

先日の本屋B&Bでのトークも楽しかったです。青本さんの「ある時期から長谷川白紙の言ってることのバトラー度が上がってる」という指摘にウケてしまい、実際それは2020年から2021年くらいらしいんですが、それがちゃんとEYESCREAMのインタビューで長谷川白紙がバトラーに本格的に触れた時期と符合してるっぽいんですよね。すげーなと思います。アーカイヴ見れますんでそちらもどうぞ。

【アーカイブ動画視聴】青本柚紀×imdkm×海野林太郎×和田信一郎(s.h.i)「長谷川白紙を語ろう!」『ユリイカ2023年12月号 特集=長谷川白紙』(青土社)刊行記念 | Peatix

来年の抱負

来年の抱負は、

  • 元気にやっていく
  • 「音テク」増補版の刊行
  • 地元のクラブに遊びに行く
  • 山響のコンサートに通う

です。ほかにも具体的にいろいろあるけどいまはまだ言えないことのが多いのでまたおいおい。

新年最初の更新は2023年ベストトラックにする予定。できなかったらごめーんね。ではまた。

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書評:松本直美『ミュージック・ヒストリオグラフィー どうしてこうなった?音楽の歴史』(ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス、2023)

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西洋音楽史の本は硬軟さまざま出版されているけれども、本書『ミュージック・ヒストリオグラフィー どうしてこうなった?音楽の歴史』は「そもそも音楽の歴史はどのように編まれ、書かれてきたのか?」にフォーカスすることで、音楽史という分野のおもしろさと奇妙さを紹介するちょっと捻った一冊。なにを取り上げ、なにを割愛するか? といった出来事や人物、作品の取捨選択にとどまらず、音楽史においてさまざまな方法論が試みられ、乗り越えられ、更新され、いまなおダイナミックに変化をしつづけていることが伝わってくる。

扱われるトピックは多彩で、第一部では「肖像画」「伝記」「年表」というキーワードを軸に「どのような動機で、いかにして音楽史は書かれはじめたか」を解説。第二部では音楽史そのものが迎えた変遷や、いわゆる「名曲」群がどのように形成されてきたかを批判的に検証。第三部では音楽史が現代にはいってどのように変化してきたか、そしてどのような変化を目指しているかが語られる。

それぞれ興味深い話が多いけれど、第11・12章でのこれまでの音楽史の批判的乗り越え(音楽史が抱える西洋/東洋、ジェンダー、人種問題に関する課題にどのように向き合っていくか、グローバリゼーション以降の音楽史とは、等々)をめぐる話はやはり興味深いし、クラシックに興味ありません~みたいな人でも示唆を受ける記述は多いだろう。

とりわけ音楽について書く人にとって、「なんのために、どのように」歴史を書くのか、つまり音楽を語る方法をめぐる西洋音楽史の蓄積を知ることは非常に重要だろう。結局、ロック以降の音楽ジャーナリズムと根本的な課題はそこまで変わらんやん。と思ったり。「肖像」や「伝記的逸話」を専門的な記述の代替として音楽を勝ち付ける道具とするとか、まあポップ・ミュージックのジャーナリズムとさほど変わらんな、とか。

一方で、ポップ・ミュージックにおいてしばしば影響関係を示す「ファミリーツリー」が描かれるのを踏まえると、「はじめに」ほかで指摘される、西洋音楽史は「「鎖」として繋がっているかどうかもわからない事例を取り上げつつ、そこから「一貫した一つの物語」を編み出さなければならないという二律背反」を抱えているという点は、地味に重要な気がする。1

そうした共通点と差異を踏まえながら読むのが一番おもしろくて身になるんでなかろうか。と思うけれど、単純に読み物としても面白い。ただ、「親しみやすさ」をつくるためのささいなレトリックがちょっとノイズに感じられたりもして、内容の面白さで押し切ってもぜんぜんいいのに……と少し残念な気持ちにも。

  1. こうした「アーティストや作品を誰々の系譜に位置づける」という発想は、歴史意識を内面化した近代以降の芸術によくあるところがあり、ポップ・ミュージックに固有というよりは、そうした近代的な芸術観の転用みたいな側面が強いのではないかと思っている。ポップはいまだ生き延びる「モダン」なのではないか。 ↩︎
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ポプミ会アドバンス(Simon ReynoldsのRetromania読書会)、一区切り

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2023年4月から、大体月イチペースでSimon ReynoldsのRetromania: Pop Culture’s Addiction to its Own Pastの読書会をオンラインで開いていた。以前開いていた読書会の延長ということで、「ポプミ会アドバンス」とした。日本語のてごろな文献ではなく、未邦訳の文献を読むからちょっとモチベが高めのひとじゃないと大変そうだな、という思いもあり、「アドバンス」。

原書を翻訳して訳文を読み上げコメントする、シンプルなスタイルでこつこつやっていった結果、イントロダクション、プロローグ、第二章(TOTAL RECALL)を読むことができた。なんだかんだ、みんなDeepLとかGoogle翻訳とかを駆使して読んでいたので、バキバキの英語力がなくても翻訳ツールを使えばまあここまでは読めます。みたいな感じの実感が得られた。

年内はとりあえず一区切り。年が開けて2024年からはもう一章ぶん追加で読むつもり。半分仕切り直しみたいなかたちになるので、新たに参加するならこのタイミングかも。参加希望の方はDiscordのポプミ会サーバーまでどうぞ。

本書は、以前書評も書いた柴崎祐二『ポップミュージックはリバイバルをくりかえす 「再文脈化」の音楽受容史』(イースト・プレス、2023年)の執筆のきっかけになった一冊であり、イギリスの音楽評論家であるSimon Reynoldsが、2000年代に顕在化したというポップ・ミュージックの近過去への執着について、それを享受しながらもどうしても抱いてしまうもやもやを吐き出すように書いている本だ。

レトロ志向に対してReynoldsが抱く不安と不満じたいは、2023年に日本に住む人が読んでもある程度共有できるものだろう。過去の名盤を何度も蘇らせるn周年記念のデラックス盤、過去のサウンドを参照してノスタルジーとたわむれる「新しい」バンドたち、コンピレーションやリイシューを通じて行われる過去の再評価等々。むしろ、ぱっと読むと2010年代の動向をある程度予見しているかのようにも見える。

とはいえ、繰り広げられるインターネット観はさすがに時代がかって見えるし、議事堂襲撃事件への参加ですっかり引いた目で見られるようになってしまったAriel Pinkがキーパーソンとして出てくるし、ここまで読んだ範囲でもさすがに10年のギャップというのを感じざるをえない。本書で根本的になされている問題提起にはいまだ検討に値するものがけっこうあると思うけれど、2010年代にいかにインターネットが、音楽が変わってしまったか? ということを注意深く思い起こしつつ読むべきだろう。その意味で読書会というかたちで、みんなでコメントしながら読むのにちょうどよかったかもしれない。

もうしばらくはRetromaniaに付き合っていくけれども、Reynoldsは来年その名もFuturomaniaなる書籍を出版する予定だ。こちらも横目に見ていきたいと思う。

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[Soundmain Archive] TOMCインタビュー プレイリスト制作や文筆活動へも越境する、哲学としてのビートメイキング(2022.02.16)

初出:2022.02.16 Soundmain blogにて。
可能な限りリンクや埋め込みは保持していますが、オリジナルの記事に挿入されていた画像は割愛しています。
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アブストラクトなサウンドコラージュやチルなローファイ・ヒップホップ、ときにはヴォーカリストとコラボレーションした歌モノまで多彩かつユニークなディスコグラフィを持つ音楽家/ビートメイカー、TOMC。その作品はもちろんのこと、意表をつくようなテーマで編まれた批評精神に富むプレイリストや文筆活動も注目を集めている。東京という都市を主題に、ユングの性格類型を骨格としたコンセプチュアルなアンビエント作品『Music for the Ninth Silence』をリリースしたばかりのタイミングで、多方面にわたる活動の原動力について話を聞いた。一部にはフリーの波形編集ソフト・Audacityを駆使した特異な制作スタイルでも知られるTOMCの音楽への姿勢は、想像以上にラディカルで、まっすぐなものだった。

TOMC – Music for the Ninth Silence

コンピを聴き漁る少年がビートメイカーになるまで

音楽の原体験についてまずお聞きかせください。

幼少期に、親が買ったけどあまり聴かれていないままのコンピとかレコード会社単位のボックスセットが家にいっぱいあったんです。それを好奇心からいろいろつまみ聴きする中で、音楽が好きになっていきました。日本の音楽だと、例えば日本コロムビア10枚組とか、カシオペア辺りのフュージョン方面を海・夜などシチュエーション別にまとめた7枚組とか。いまメディアに寄稿していたり、プレイリストを作っているようなポップス全般への関心の原体験だったと思います。そのなかにはシティポップに通ずる70年代後半のクロスオーバーっぽいテイストを持ったものもたくさんありました。他にも、アメリカのオールディーズものや、10ccの「I’m Not In Love」が入っているようなUKポップスのヒット曲集であったり。「コンピっていろんな曲が知れて便利だな」と思って、「NOW」とか「MAX」みたいな、お小遣いの範囲内で安価に手に入るシリーズを中古CD屋で漁るようにもなりました。

10cc – I’m Not In Love

中学生の頃は同時代のメインストリームなJ-POPも格好いいとは思いつつ、そこまで興味を持てなかったんです。当時人気だったバンドよりも先に、コンピに入っていた古いソウルとか、中古屋で100円で売ってたアシッドジャズやシャーデーにハマってしまって、そこで嗜好が形作られてしまったんですね。

自分で音楽を始めようと思ったのはいつごろでしたか。

大学の時にバンドマンをやっている友達がいて、「そんなに音楽に詳しいならつくってみれば?」と言われて。とりあえず、よくわからないままフリーソフトを調べて、そのなかに今でも使っているAudacityがあったんです。当時、World’s End GirlfriendさんのレーベルVirgin Babylonなどからリリースされているcanooooopyさんというビートメイカーの方がGaragebandだけで音楽をつくっていて、当時「フリーソフトだけで音楽をつくる人」とプッシュされていて。「こういう人もいるなら自分もAudacityでやっていけるかもな」と思ったんです。

canooooopy – 混合物のオラトリオ [mono montaged oratorio]

私がTOMCとして最初に作品を出したのは2015年なんですが、canooooopyさんもリリースしていたメキシコのPIR▲.MD Recordsからたまたま出せて。その後、青山・蜂にcanooooopyさんが出演されたときに遊びにいって直接お会いできるということもあったりして、ビートメイカーの道を進んでいこうという気持ちが固まりました。

TOMCさんは、特に最近、作品のリリースペースが早いですよね。Twitterでも次々作まで完成しているとおっしゃっていて。制作のペースは最初からずっと早かったんでしょうか。

最近になって、Spliceを使い出したのが大きいと思いますね。「ああ、サンプルパックを使うとこんなに曲って簡単に作れるんだな」と実感しています(笑)。これまでサンプルの扱いに試行錯誤してきた経験も手伝って、爆発的にスピードが早くなりました。もちろん、そのままサンプルを使っているところはあまりないんですけど、最初の「このパーツを使うぞ!」と見つけるまでのフェーズが短縮されたんです。

Abletonを音源に、Audacityで編む音の世界

一方、今年のはじめにリリースされた『Music for the Ninth Silence』(以下、『Ninth Silence』)は、そうしたサンプル主体のビートものではなく、アンビエントな作品になっていますよね。こちらはどのようなきっかけで制作されたんでしょうか。

「アンビエントをやりたい」というのが先にあったんです。そのときに、一緒にアルバムをつくったこともあるヨシカワミノリさんにキーボードを借りる機会があって。当時行き詰まりを感じていたこともあって、作品の幅を広げるためにも導入して弾いてみようと。

実はAbleton Liveも一応持ってはいて。すごく素朴な話で恐縮なんですけど、Abletonのなかで音色を選ぶと音色がそのキーボードに入って、その音色が出る。「これはいいな」といろいろ試していくうちに、ひとつ琴線に触れる音色があって、それを弾いていったんです。とはいえ、演奏ができるわけではないので、「ここを押さえるとこんな音が出る」というのをウェブで調べては見よう見まねで、おそるおそる指を動かして。録りためたその演奏をつかって、曲を作ろうと。

Abletonで曲をつくろうと思ったことは一度あったんです。でも、MIDIで録ったピアノロールがあって、音がぽつぽつと表示されているのを、どういじっていいかわからなかった。きっとコツをつかめばすぐにできるはずなんですけど(笑)。だから全部WAVで書き出して、Audacityに入れて。慣れているから早いし、こっちがいいや、と。

はあ……!

ミスタッチを切ったり同じコード感の部分をテイクの中からまとめたり、Audacityでこれまで使ってきた手法を自分で録りためた音源に適用してつくりました。

じゃあ、Abletonは完全に音源として使った、ということですね。

はい。

僕もAudacityはよく使うんですが、ループの処理やサウンドのバランスをつきつめようとするとなかなか難しく感じます。AbletonなどのいわゆるDAWだと、ループベースで、再生しながらいろいろ試しに積み重ねていく、みたいな作り方もできますけど、Audacityは素材ありき。テープの切り貼りに近いですよね。

そうですね。そう思います。流しながらいじれないですから。

Audacityを使いこもう、と思った原動力ってなんだったんでしょう。

音楽制作を始めたのが人より遅かったこともあり、人となるべく違うことをやりたい欲求が強かったんです。加えて、それまでの人生でレフトフィールドな美術や文学の作品に惹かれてきたこともあってか、はじめから、よくあるタイプの音楽をつくろうという発想自体なかった。途中でBPMがいくら変わってもいいし、拍子の概念すらもどうでもいいというか。Audacityにはリズムのグリッドもないし、BPMの概念もない。サブスクにあげていないような昔の音源はもっとフリーキーで、一曲のなかで曲が5回くらい変わったりしていました。あと実は、即興演奏のバンドをやっていたこともあって。

ああ、そうなんですか!

スカムっぽいものなんですけど。私を含め素人に近い人、演奏が普通にできる人、めっちゃうまい人がそれぞれ1,2人いて、メンバーは日ごと流動的……みたいな。スタジオでのセッションを全部録音して、それを切り出して作品にしていました。そのときの体験がベースにあるのかな。

Audacityを使い始めた頃はめちゃくちゃでした。コード感とかも、いまだによくわかっていない部分があります。当時は素材のキーもわからない。重ねていって形になったらOK! みたいなことをずっとやっていて。

そこからAudacityにどうやって習熟していったんでしょうか。

習熟できているかといわれると、いまだにできていない気がするんですよね(笑)。つくったものの質はあがっているけれど、操作に習熟しているかというと怪しい。むしろ昔のほうが高度な作業をやっていた気もします。最大限の自由さを目指して、拍子の概念も越えていくような……ただ、いずれにせよずっと基本的にやっていることは同じで、素材の切り貼りです。リバーブも最近ようやく外部プラグインを使い始めたんですが、パラメーターもよくわかっていません。あとは、ピッチや速度を変える、タイムストレッチくらいですね。

「地に足のついた」音楽としてのビート/アンビエント

今作のリリース時に、「『サンプリング』という手法に特別な愛着があるのですが、今作は全て手弾きで制作しています」とツイートされていましたよね。その動機も気になります。

今回を機に変えていこうというわけではなくて、私のなかでは自然な動きなんです。人と音楽の関係みたいなものを考えたときに、アンビエントとビートって、実は近いと前から思っていて。たとえば、『ニューエイジ・ミュージック・ディスクガイド』(門脇綱生 編・著、DU BOOKS、2020年)への寄稿では、ローファイ・ヒップホップとアンビエントの近しさについて書いています。生活空間と自分自身のあいだに入ってくる音楽というか……簡潔には言いづらいんですけど。私のなかでは陸続きなものではあると思っていますし、これまでのサンプリングミュージック的な姿勢を捨てたとも思っていないですね。事実上、自分の演奏をサンプリングしてつくっているようなものなので。

確かに、そうですね。

いかにも編集でつくったような、たとえば短いループをロールさせて「ガーッ」と鳴らすエレクトロニカみたいなパートを入れていないので、クラシカル方面に近い印象を受ける方もいると思います。でも全然、「これからは作風を変えて手弾きをメインにやっていく」という気持ちはないんです。

私はあんまり、自分のキャリアを踏まえて聴いてもらうということへの意識がなかったんですよ。かわりに、自分のその時々のダイレクトな心情を作品にのせて、ウェブ上に放つつもりでいつもつくってきた。たとえば、私はInstagramだと比較的日常生活に近い情報を発信しているんですけど、そこで出会う人たちって、私のことはおそらく好いてくれていても、私の音楽や作品のことはあまり知らなかったりするんです。前はそれを寂しいと思っていましたけど、今となっては良くも悪くも気にしなくなりました。むしろ、そういう人たちとふつうに生活している自分の感じを、そのまま素直に作品に出すようになった。前は自分がつくる作品というものと実生活、つまり自分自身との距離が遠かったのが、地に足ついてきた感じです。

そうした変化は、アンビエントやローファイ・ヒップホップへの関心とリンクしているんでしょうか。

はい。自分の生活を見つめ直す機会がここ最近自分のなかで増えていて。食べ物に気を使うようになったな、陽のよくあたる家に引っ越したな、とか。そういう、自分の人生と音楽がはじめてリンクしはじめているかもしれないですね。2019年にジャジーなビートものの連作EPを出していたんですけど、あのときは服でいうところの”着せられている”感があった。『Liberty』(2021)から地に足がついてきたというか、なんとなくわかってきたと思います。

TOMC – Liberty

『Ninth Silence』は、ユングの性格類型を参照した曲名に東京の地名が添えられている、具体的な生活の空間、都市としての東京を主題としたコンセプチュアルな側面もあります。そうしたコンセプトはどのように発想したんでしょうか。

大学進学を期に上京して以来ずっと東京に住んでいて、この作品の素材を録りためていた当時は中央区に住んでいました。福島の片田舎で育ったので、都市や都会というものに無邪気なあこがれがあって、日本橋エリアのあたりに住んでみて、「これが田舎のころ夢見ていた生活か」と。ただ、自分はやはりストレンジャーなのかなと感じることも多くて。自分は家で焦燥感を抱えながらこつこつ制作しているタイプなので、楽しい都市生活を味わいきれない。制作が終わりかけの頃に少し郊外に引っ越したんですが、そのタイミングで、私が送ってきた都心での暮らしと、そのなかで感じたアンビバレントな気持ちを見つめ直したくなったんです。

都市論では、都市が持つ人と人のランダムな出会いの可能性は完全にウェブにのみこまれていて、現実の都市の機能が変わってきていると少しずつ言われ始めていて。コロナ禍になってウェブ上での絡みが増えているのもそれに拍車をかけていて。「私が惹かれていた”都市”とはなんだったのか」と考えるうちに、好きだった場所、私がよく行っていた街のことをタイトルに冠したくなったんです。

音楽としての手触り自体は匿名的で、アンビエントなものである一方、ある種の人間臭さというか、生活が埋め込まれているような印象があります。制作するなかで、そうした要素を意識したことはありますか。

たとえば「Extraverted Thinking (Shinjuku)」の、BPMもなにもないフレーズを不協和にならないぎりぎりまでひたすら重ねていくあの感じは、いま改めて考えてみると、入り組んだ駅の構内とか、混み合った東南口で人とよく待ち合わせた記憶、日曜のホコ天などのイメージが無意識に自分のなかにあったのかなと思います。

「Extraverted Sensing (Akasaka)」は、赤坂のいろんな側面を取り入れようと考えてつくったものです。赤坂って、猥雑な区画もありますが、弁慶橋をこえると一気に閑静になるんですよ。

「Introverted Intuition (Tsukiji)」も、川に面した築地市場の跡地は、夜になるとよくわからない空洞みたいになっていて。築地大橋のうえから眺めると、川と空洞の境界がなくなった、だだっぴろい真っ暗ななにかがあるだけ。そこから振り返ると勝どきの高層マンションが建っている……そんな雰囲気を込めました。こんなふうに、設定したテーマに、自分が街で歩いた感覚を入れ込んでいるんです。

ツールよりも「つくりたいもの」を――Audacityの可能性を広げるもの

Audacityについてもうちょっと突っ込んだお話をお聞きしたいと思います。個人的に、TOMCさんの作品のなかではヨシカワミノリさんとの『Reality』(2020)が印象的なんですが、あれも基本的にはAudacityで制作されているんですよね。ボーカルの入ったポップ・アルバムとして素晴らしい作品で、Audacityでつくったというのがにわかに信じがたいくらいです。

前提として、『Reality』はヨシカワミノリさんの貢献が非常に大きな作品です。曲作りも歌もとても才能がある方で、世に出るチャンスをいっぱい持っていらっしゃるんですが、そのきっかけを掴みつつあるなかで、たまたま一緒につくる機会があったんです。2曲くらいつくって、最初のものは世に出ていないんですけど、次にできたのが『Reality』の最後に入っている「I See You」という曲です。

ヨシカワミノリ & TOMC – I See You (Official Video)

それが私たちにとって手応えがあったので、もっとやっていこう、と。ちょうどそのタイミングで「夢の話をしよう」という曲が、ネットレーベルLocal Visionsを主宰する捨てアカウントさん(@sute_aca_)に取り上げていただいて話題になりました。そうした流れを受けて、せっかくだしアルバムをつくろう、と。

ヨシカワミノリさんとの作業は、具体的にどのように進められたのでしょうか。

基本的には、ミノリさんのデモを私がAudacityに取り込んで編集していく形ですね。ほとんどの曲でドラムは差し替えたりしましたが、「夢の話をしよう」については私がいじる前の時点で現在の完成形に近い状態でした(ネット上にはこちらのバージョンも上がっています)。そういう具合に、音楽的な根幹はミノリさんが担っていて、エディットやミックス、全体的なディレクションが私、という分担です。当時は外部プラグインもゼロで、マスタリングだけ、iZotope Ozoneを使っていました。Audacityで開くと落ちてしまうので、スタンドアロンで使っていたんですが。

シャケボッサ – 夢の話をしよう
ヨシカワミノリ&TOMC – 夢の話をしよう(TOMC Edit)

ヨシカワさんだけではなく、『Liberty』でのバイオリニストのarcomoonさんなど、シンガーや演奏者の方とのコラボレーションも何度かされていますよね。どういったプロセスで進められているんでしょうか。

基本的には、WAVでやり取りしています。曲をつくるときも、マルチトラックをWAVで一本ずつ出して送ってもらい、こちらからもWAVで書き出して送ります。ミノリさんのデモも、トラックをばらしたものをいただいてそれを組み直したり、arcomoonさんの場合は録音したバイオリンの演奏を送ってもらったり。

これまで、コラボレーションは自分の足りない部分を補ってもらうみたいな面が強いものでした。ほんとうにキーとかコードもわからずにつくっていて、『Liberty』のあたりからようやくつかめてきたんですけど、そこでも、私が加工して正確なピッチから外れた上モノへ、arcomoonさんにバイオリンをあわせてもらったりしていて。

でも、最近はそれが変わってきました。カクバリズム所属の「片想い」というバンドで活動されているMC.sirafu(a.k.a mantaschool)さんと、「れいふんれいびょう」というアンビエントのユニットを始めたんですが、そこではお互いにデモをやり取りしていて、私が送ったものに向こうからさらにパスをもらう、という作り方をしています。Local VisionsからリリースしているGimgigamさんともいま一緒に曲をつくっていて、私がパラでデモを渡し、それをいじってもらっています。

自分はミュージシャンシップがあるわけではないんですけど、やっと人とキャッチボールをするような音楽制作ができるようになってきた。これも生活の変化とか、自分の人生の変化とつながっている部分を感じます。

現在、他になにか挑戦してみようと思うツールや楽器はありますか?

ツールや楽器への意欲は基本的にないですね(笑)。つくりたいものはいっぱいあるんです。目的ははっきりしているので、手段はなんでもいいかなと。

Audacityという自分なりに使い込んできたツールを通じて、他の人とコラボレーションして、力を借りるなり、キャッチボールするなりしてできることっていうのはまだまだあると感じられているんですね。

はい。最近、『サウンド・アンド・レコーディングマガジン』さんから新製品のプラグインのレビューを依頼されて、使ってみたんです。そうしたら、「ああ、Audacityでできることがこんなに増えちゃった!」って。まだまだ、Audacityという環境に伸びしろを感じるというか。コラボレーションの過程で、プロジェクトファイルのやり取りとかで相手に不便な思いをさせてしまうかもしれませんが、それ以外の観点ではあまりマイナスはないです。

最初に話題にあがったSpliceのサンプルパックも、伸びしろのひとつですね。

正直、「音楽家って、つくりたいものが先にあるんじゃないのか?」、と昔から思っていて。「こういうものをつくりたい」、もしくは極端な話、「こういう人間に自分はなっていきたい」とか、そういう話をあまりみんなしない。それが少し嫌なんです。機材やプラグインの話も楽しいけど、みんなもっと、つくりたいものの話をすればいいのに、と。

もちろん、オリジナルをつくらないコピーバンドであったり、作品にまとめなくても鳴らしている時間が好き、とか、それぞれの価値観は尊重しています。でも、少なくとも私は、最終的に録音芸術としての作品を残し、その作品を好いてくれる人のもとにちゃんと届けるにはどうすればよいかをずっと考えてきました。そのための手段は今のところAudacityで充分で、Audacityでその目的が満たせるなら、他のものは過度に求める必要はない。そういう考え方なんです。

プレイリスター/文筆家としての思い

録音芸術をリスナー、オーディエンスにしっかり届ける、という姿勢が一貫されているのが印象的で。オーディエンスを視野に入れたそうした姿勢は、音楽制作以外の活動ともすごくつながっている感じがしたんです。TOMCさんといえば、サブスク解禁とほぼ同時にそのアーティストのユニークなプレイリストを公開する……というのがおなじみになってきていますよね。

なんでああいったことを熱心にやっているかというと、自分が好きな音楽が過小評価されている、それを覆したいとずっと思っていたからなんです。特にB’zが最たるものですね。他にも、テディ・ライリー、ボビー・ブラウン、ガイみたいなニュー・ジャック・スウィングであったり、いま使うのが適切な言葉ではないかもしれませんが、ブラック・コンテンポラリーと言われる音楽。AORもそうです。いずれも、少なくとも2010年代前半までは冷遇されてきた印象を持っています。さらに言えば、(前述の)日本コロムビアのボックスセットに収められていたようなちょっとスムースな歌謡曲も。それこそ、近年のシティポップリバイバルブームの中心的な1曲である松原みき「真夜中のドア」も、そんなコンピに入っていたんです。自分の中の積もり積もったなにかが、あのプレイリストの活動を通じて爆発しているところがあります。

「Rare Groove~」という言葉をつけてシリーズ化されていますが、プレイリストに入っている曲はすべてストリーミング解禁前に聴かれていたのでしょうか?

いや、そんなことはないです。たとえば郷ひろみにしたって、和モノ的な文脈を通じて人気の盤を知ってはいても、そうした評価が定まっていないアルバムは聴いていなかったりするので。ただもちろんプレイリストをつくるからには、知らないものは解禁されると同時に片っ端から聴いています。

プレイリスト「Rare Groove Hiromi Go (郷ひろみ)」

私は正直、レア・グルーヴという言葉を軽々しく使ってはダメだと思っているんですよ。そういう言葉が成立した経緯――ストリーミングサービスというものが登場する以前の、フィジカルのレコードをひたすらディグする行為――にリスペクトを払うのだったら、安直に使うべきではないんですけど。あくまで「さだまさしも寺内タケシもレアグルーヴ的に楽しめるんですよ!」と人に分かりやすく伝えるために、キャッチーさを考慮してあえて使っています。

とはいえストリーミングサービスを使ってピックアップするというのも、リスナー・ディガーとしての蓄積があってこそだと思います。そういった意味でご自身に影響を与えた経験ってありますか?

即興をやっていたのと同時期、縁あって箱付きのディスコDJをしていたんです。金・土の固定の数時間、お客さんのリクエストを受けながら有名な曲をひたすら1分半とかでつなぎ続けるタイプのDJですね。当時はクラブ文脈とは異なる“ダンス・クラシックス”をまだまだ知らなかったので、いっぱい勉強したんです。そこで、次々とチェックしていくような聴き方が、いろいろな「音楽の聴き方」のうちのひとつとして自然と身につきました。実はこの聴き方は作品への敬意を欠く感じがして、あまり良くないとも思っているんですが……リスニング経験の蓄積と、そうした聴き方のスキルが合わさって、「これはこういう文脈に結びつけてもよかろう、これはそうじゃない」という判断軸が培われたんだと思います。

文筆活動では、作品を聴き込んでその魅力を分析するディープなリスニングも実践されています。サウンドのプロダクションやミュージシャンのプレイの形容が簡潔かつ的確なのが印象的です。

日刊サイゾーでの連載「ALT View」はB’z、DEEN、ZARD、Mr. Children……といったアーティストに新たな光を当てる好企画。
https://www.cyzo.com/tag/tomc

私が行っていた大学に近い高田馬場のTSUTAYAが、レア・グルーヴなどの特集を多く展開していて、その周辺をいろいろ聴きまくっていた時期があるんですね。特にAORは演奏家カルチャーでもあって、「こういう人がこういう演奏をしている」みたいなことがライナーに書いてあったりするんです。「なるほど、こういうプレイのことは世の中ではこう表現されているのだな」というのを、それで知りました。あと、バンドをやっているときに、うまいメンバーの拍のとり方を学んで。「モタる」とか、「あえてジャストよりも先に鳴らす」とか、「重い」とか……リスニング体験やライナーから学んだことはこういうことなのか、というのを自分のなかで血肉化できたんです。

いままでのお話を聴いていたら、制作や文筆などにまたがるTOMCさんの少し謎めいた活動が腑に落ちました……! 最後に、今後の作品のプランや直近でリリースされるものがあれば。

昨年以降カナダのInner Oceanというローファイ・ヒップホップの文脈で知られるレーベルからビートアルバム(『Liberty』)とアンビエント(『Ninth Silence』)を1作ずつリリースしたんですが、そのふたつの要素をあわせもった作品を今年の後半に出そうと思っていて、もうマスタリングまで済ませてあります。いったんここまでの集大成のようなものにしたいと思って、一部の曲では、かつて「アヴァランチーズ・ミーツ・ブレインフィーダー」と評された2018年頃のテイストも入っています。MC.sirafuさんとの「れいふんれいびょう」も、もう少し世の中の状況が変わってきたらライブを多数行いつつ、音源も随時リリースしていきたいと思います。

そしてアンビエントやニューエイジのアルバムが3枚分、それぞれのコンセプトも人に話せるくらいにまとまっているものがあります。ただ、作風がだんだんシリアスになってきたこともあって、明るいレーベルカラーのInner Oceanにそうした作品をリリースしてもらうのも申し訳なくて。どんなレーベルから出せるか検討しているところです。

最近は地に足がついてきた部分もある一方で、まだもっともっといろんな新しい地平を切り開いていきたいとも思っています。そういう望みは捨てないでいきたい。どんどん上へ、上へと向かっていくチャンスは掴んでいきたいです。

取材・文:imdkm

TOMC(トムシー) プロフィール

ビート&アンビエント・プロデューサー / キュレーター。
カナダ〈Inner Ocean Records〉、日本の〈Local Visions〉等から作品をリリース。「アヴァランチーズ meets ブレインフィーダー」と評される先鋭的なサウンドデザインが持ち味で、近年はローファイ・ヒップホップやアンビエントに接近した制作活動を行なっている。
レアグルーヴやポップミュージックへの造詣に根ざしたプレイリスターとしての顔も持ち、『シティ・ソウル ディスクガイド 2』『ニューエイジ・ミュージック ディスクガイド』(DU BOOKS)などの書籍やウェブメディアへの寄稿も行なっている。現在はサイゾーにてビーイングやMr.Childrenなど日本のポップスを多角的に掘り下げる「ALT View」を連載中。

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書評:アンドリュー・シャルトマン著/樋口武志訳『「スーパーマリオブラザーズ」の音楽革命 近藤浩治の音楽的冒険の技法と背景』(DU BOOKS、2023年)

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アンドリュー・シャルトマン著/樋口武志訳『「スーパーマリオブラザーズ」の音楽革命 近藤浩治の音楽的冒険の技法と背景』(DU BOOKS、2023年)

原著はBloomsburyの名物シリーズ《33 1/3》から2015年に刊行されたKoji Kondo’s Super Mario Bros. Soundtrackで、その全訳となる。

数々の「名盤」を一枚ずつ取り上げる《33 1/3》はちょくちょく(その適度な短さとフォーマットのキャッチーさゆえに)翻訳され紹介されてきた。日本への紹介がもっとも成功した例のひとつが、ジム・フジーリによる『ペット・サウンズ』だろう。村上春樹が訳し、新潮文庫入りもしている。ほかにも、近年ではフェイス・A・ペニック著/押野素子訳『ディアンジェロ《ヴードゥー》がかけたグルーヴの呪文』が2021年に出ているし、カニエ・ウェストのMBDTFとかJディラのDonutsの本が出ていたりする。

《33 1/3》のラインナップを眺めると、「こ、ここにスーパーマリオブラザーズが!?」という気持ちになってくる。じっさい、この本は、このシリーズに8bitのゲーム音楽が含まれることに対する疑念への応答から始まっている。シャルトマンいわく、「私の主張はただひとつ。近藤の「スーパーマリオブラザーズ」の楽曲は、名作アルバムの数々と同じように、知的な分析対象として充分に値するということだ」(p.vi)。それを示すためにこの小さな本は書かれているわけだ。

ニック・ドワイヤーのドキュメンタリーシリーズDiggin’ in the Cartsが公開されたのは2014年。だいたい2010年代なかばから、ビデオゲームのサウンドトラック=ゲーム音楽を「ゲーム」や「音楽」の下位概念というよりもそれ自体を豊かな文化として評価していく言説が増えていく。1日本でもゲーム音楽にフォーカスした書籍が増えていくのがこのくらいのタイミングだと思う。『「スーパーマリオブラザーズ」の音楽革命』が書かれたのは、そうした過渡期といえるだろう。

この本が面白いのは、執筆しているのがクラシックを専門とする音楽学者で、ゲームとかエレクトロニクスの専門家というわけではないということだ。

もちろんテクニカルな解説もしっかり抑えてあり、ゲームのサウンドトラックという表現の特性がどのようなユニークさにつながっているかも詳しく解説されている。レコードや楽譜に刻み込まれた静的な「作品」ではなく、プレイヤーとの相互作用によって体験されるサウンドの面白さに着目するゆえに、作中でマリオの動きに添えられる効果音にも分析は及ぶ。そこでジョージ・レイコフの認知言語学の知見を援用していることも、ゲーム音楽の身体性を論じるための道具立ての工夫として興味深い。

しかし、ハードウェア的な制限をふまえたうえで、オーソドックスな楽理分析によって近藤浩治の作家性を浮き彫りにしていくところが本書のおもしろいところのように思う。その点では、ゲーム作曲家のニール・ボールドウィンとの対談が印象的だ。そこでは、「西洋」の技術的トリックを駆使したスタイルと対比されるかたちで、近藤の、クラシカルな対位法やハーモニーの手法に裏付けられた洗練が評価される(pp.50-51)。この対談を通じて、シャルトマンは「スーパーマリオブラザーズ」の音楽に「転用可能性」――特定のハードウェアにとどまらず、さまざまなメディアに転用 transfer されていくポテンシャル――を見出す。

この「転用可能性」は、マリオのBGMがメディアや時代を超えて、視覚的な要素と同じくらいアイコニックに受け入れられていることを考えればかなり重要な指摘に思える。まあ、構造やメロディがしっかりしていると編曲や翻案に対して強いよねっていうくらいの話ではあるのだけれど。

ゲーム音楽は、特に初期のコンピューターゲームやコンシューマーゲームにおいては、使えるチャンネル数や音源の種類が少ない故に「制限の美学」と結び付けられやすいし、またハードウェアの進化がそのまま音楽的な変化と結び付けられやすい。しかし、ゲーム音楽に耳を傾け、それがうまれる現場や、受容される現場をしっかりと検討していくと、そうした「制限」は単にいまの観点から遡及的に押し付けられている限界にすぎないのではないか? という気がしてくる。それは言い過ぎか?

  1. もちろん、それ以前からオーディエンスや作り手はたくさんいたわけだけれど。特に日本のゲーム音楽文化/市場については、OTOTOYで書評を書いた鴫原盛之『ナムコはいかにして世界を変えたのか──ゲーム音楽の誕生』(Pヴァイン、2023年)に詳しいし、田中”hally”治久『チップチューンのすべて All About Chiptune: ゲーム機から生まれた新しい音楽』(誠文堂新光社、2017年)も、ゲーム音楽に密接に関わり、コミュニティ主導で育まれてきた豊かな音楽文化としての「チップチューン」を広い歴史的スコープで語る素晴らしい本。 ↩︎
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