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濱口竜介監督の映画『ドライブ・マイ・カー』でも注目を集めた俳優の三浦透子がリリースしたシングル、「私は貴方」。ピアノやサックスのアコースティックなサウンドを軸に、テクスチャ重視のビートレスな構成が生み出す浮遊感と、不思議な譜割りの反復が生み出す粘るようなグルーヴが印象的な一曲だ。アンビエントと歌モノとしてのポップが重なり合う、以前取り上げた森山直太朗「素晴らしい世界」と共振するような作品と言えよう。

心と身体にすっと染み込んでいくようなノスタルジアとスリリングな響きが同居するこの曲で作詞・作曲・編曲を担当したのは、Tondenhey名義でODD Foot Worksのギタリスト及びメインコンポーザーとしても活動する有元キイチだ。これまでサウンドプロデュースで他のアーティストとコラボレーションしたことはあったものの、表立った楽曲提供はこれが初めて。しかし、ODD Foot Worksのビートオリエンテッドなイメージとはまったく異なる「私は貴方」は、その音楽性の広がりを感じさせる力強い一曲たり得ている。

そんな「私は貴方」をめぐる本インタビューでは、そのユニークな制作プロセスや新しい感覚を持ったミュージシャンとの出会い、往年のヒット曲の再解釈など、率直で興味深いお話を聞くことができた。

三浦透子「私は貴方」

「縛り」が形づくるユニークなグルーヴとサウンド

「私は貴方」はODD Foot Worksでのヒップホップ的なビートオリエンテッドなサウンドとはかなり異なっていますよね。今回の楽曲はどのように着想していったんでしょうか。

https://open.spotify.com/intl-ja/album/4T4jnuxWOuD1MAiRi4edhQ?si=KLmHLTt3QRuS-Qem6ynTrw

ODD Foot Worksによる2020年リリースのEP「Qualification 4 Files」

元々、ソロをやりたいなと思ってデモを作り始めていて。テーマとしては、自分が普段頼りがちな部分であるビートとギターをあえて使わないことで、逆にこれまで作ってきたビートの感じや、自分のギターが聞こえてくるんじゃないかというのがありました。そんな思考で作っていたソロのデモを、うちのマネージャーが三浦さんが所属するレーベルであるEMI Recordsの担当ディレクターに送ったことがきっかけで、依頼をいただいて作ったのがこの曲です。

「三浦さんに提供するぞ」と思って作ったというより、元々ご自身の中で挑戦してみたかったことを実践した結果なんですね。

そうですね。三浦さんに最初にお会いした時から、音楽よりもテクスチャーが聴こえるようなものを作りたいという自分の考えはお伝えしていて。でも、実際にお話ししていくうちに固まってきた部分も多いです。

最初のデモは打ち込みですか?

はい、最初はピアノ1本でした。僕はピアノがあまり弾けないので、これも自分が慣れていない手段でやる、みたいな縛りのひとつです。そうして出来た土台に、サックスやギターを重ねていきました。

ちなみにサックスもギターもプレイヤーの方に来てもらって、八畳ぐらいのワンルームの自宅で録りました。近所から苦情が来ないかどうか、心配になりながら……でもそれも制約として良かった。全部がボソボソ鳴っている感じなんですけど、スタジオに入った時にも、「なんでこれが良く思えるのか」を考えて、意識的に再構築していきました。

この曲は展開の仕方が面白いなと思っていて。場面ごとにいったん舞台が暗転して次の場面に、みたいな感じで、パートごとに止まって、また動き出すみたいな動きが何回かあります。ある意味で演劇的とも言える印象を受けました。

はじめはひとつの縛りとして、ワンメロディ……つまりメロディを1つにしようと思っていたんです。よくある、イントロ~Aサビ~Bサビみたいな構造からは外れようと。ただ、やってみると変化がなさすぎて聞き応えがなかった。そこに展開をどうつけるかを模索して、結果的にそういう作りになりました。

基本的にビートらしいビートはほぼない曲で、各パートも、ピアノを除くとリズムを強調する要素が少ない。でも、ヴォーカルの譜割りはとてもユニークなグルーヴを感じさせるものになっています。

ワンメロディという縛りに加えて、最初は歌詞をすべて「五七五七七」で行けないかという考えがありました。でも、そのリズムに乗せるとなると、どうしてもポエトリーリーディングみたいな感じになってしまう。試行錯誤して最初の「五七五七七」を変形させていく中で、拍から逸脱した音が出てきたりするのを楽しみながら作っていきました。

偶然の出会いから生まれた印象的なアレンジ

「私は貴方」で耳を惹きつけるのは、数多くフィーチャーされたアコースティックな楽器の音色です。サックス、ピアノ、ギター、シンバルといった楽器の編成は、どのようにして選んでいったのでしょうか。

自分以外の人の手を借りたかったので、ぱっと目についた人に声をかけてみることにしたんです。それで、渋谷のTOKIO TOKYOというライブハウスでODD Foot Worksとしてライブをやったときに、バーカウンターにいた人に「最近Shazamした曲とかある?」って話しかけたんですね。そうしたら、いま面白いと思ってる音楽が自分とめちゃくちゃ似ていて。聞いたらサックスを吹いていると言うので、もう録らせてもらおうと。

それが今回サックスを吹いてもらった内田恵里花さんです。元々はサックスを入れる予定もなかったんですよ。サックスプレイヤーってフレーズ重視の人が多い気がするんですけど、内田さんはテクスチャーの部分で微細な変化を楽しませるような表現をしたいと言っていて。「あ、こういう人っているんだ」「神様ありがとう」って感じでしたね。

すごい出会いですね。サックスはこの曲の中でもとりわけ印象的で、重要な役割を果たしている楽器だと思うので、今の話はかなり意外でした。

ひさびさにすごく面白い出会いでした。内田さんは自分からアイデアも出してくれて、後半のアタックの遅い音は彼女の吹いたサックスの音を逆再生したものです。

そうなんですね! あのアタックの遅いサウンドが入ってくると、ボーカルのリズムの面白さが際立ちますよね。後半、ほぼその音とボーカルの絡みだけになるパートがあって、すごく好きなんです。

わかります。自分の中でもあれが一番予測できなかった構成でした。あのおかげでサビで拍の取り違えが起きるというか。ちゃんと構造を言語化することはできないんですけど、ちょっと変拍子チックに、大きな3拍子に感じられるんですよね。

その他のプレイヤーの方はどういった経緯で参加されたのでしょう。

ギターの馬場貴博さんは、大学のジャズ研時代の先輩です。彼の弾くギターがもともと好きだったんですけど、内田さんとサックスを録り終わったくらいのときに、「ちょっと馬場さん呼んでみよう」という話になり、また家に呼んで録らせてもらいました。

有元さん自身もギターを弾かれますけど、今回は他の方にお願いしたんですね。

自分で弾くのはODD Foot Worksがありますし、ギターすらも別の人に頼めるという楽しさがソロにはあると思っていて。最近はまた弾きたいとも思ってきているんですけど、今回は他のギタリストを呼びたかったんです。

ピアノの坂本龍司君……というのは、実は偽名なんですけど(笑)。すごく気心が知れている、一番わかりあっている人です。大学時代のジャズ研の同期で、当時からよく一緒にセッションをしていて。ODD Foot Worksの初期の作品でも、めちゃくちゃ弾いてもらっています。

ODD Foot Works「夜の学校 Feat. もののあわい」(2017年)

あとは、小林隆大君がシンバルで参加してくれています。もともと小林君を誘うつもりはなかったんですけど、デモを聴いてもらったところ、「ここにスモークを足したい」と言ってきて。抽象的すぎて、うまく理解できない部分もあったんですけど……任せてみようと出来上がったものを聴いてみると確かに、小林君の音が全体にスモークをかけたり、晴らしたりしてくれていると思います。

そんな感じで、今回参加してくれた人たちはみんな楽器のプレイヤーなんだけど、テクニックを見せたいわけじゃなくて、楽器の音を聴かせたい人たちなんです。

そうしたプレイヤーの皆さんの様々なアイデアから成り立っている楽曲でもあるんですね。

そうですね。ただ、こちらからお願いしているところもあって、例えばイントロの直後に入っている、サックスを吸い込む音なんかがそうです。サックスという楽器は普通、楽器の中に息が吹き込まれて音が出るものですけど、逆に吸い込んだ音を使ってみたいなと。逆再生にも通じる「反転させる」みたいなテーマは、自分の中にあったのかもしれないと思いますね。

ソロ活動を通じて変化するDAWへの向き合い方

録音とミックスを担当されているのは、佐藤慎太郎さんですね。

「こういう音像を作りたい」というイメージは最初からあったので、慎太郎君にリファレンスの曲を何個も送りました。そこから僕の知識では理解できない部分もだいぶ慎太郎君が汲み取って、仕上げてくれましたね。

具体的には、実音よりも楽器に触れている音が出る音楽にしたくて。僕はライブで演奏する機会も多いんですが、外に出る音と自分の中で感じる音では全然違うという感覚があります。ギターのピッキングをする音や、ピアノのタッチノイズやペダルを踏む音、そういう接触音みたいなものをいっぱい入れたい、と慎太郎君に伝えました。録音する時にもマイキングの位置を一緒に探りました。 サックスのベルの中にタオルを突っ込んだり、ピアノの弦の上に毛布を敷いたり、できるだけプレイヤーが体感している音を大きめに録るということを意識しました。

そういったプレイヤーとして感じているサウンドに注目するアプローチは、打ち込みの比重が高いODD Foot Worksとはかなり異なりますよね。それは意識的な差別化の結果なのでしょうか。

ソロを始めた時にはあまり意識していなかったですね。最近になって、「バンドとは別に自分が表現したいことがある」と気づいてきました。

普段デモやビートを作るときの環境は?

Logic Pro Xを使っています。ただ、今はDAWを「録音データをまとめる場所」に変えたくなってきていて。昔はDAWは「打ち込みをする場所」だったんですけど、特にソロ活動では「録った音を並べる場所」に変わっていっています。いろんなアプローチのビートを作ってきて、 やり切っちゃった部分も自分の中にあって。

そうした変化にともなって、ソフトウェアの使い方で何か変わったことはありますか。

DAWから発想することに飽きちゃっていて、「こういう音にしたいから、こういうデジタルの処理が必要だな」と考えるようになっています。たとえば「私は貴方」では、「過去」とか「連想」を表現するために、奥行きや立体感を作りたくて、それで声を最初からステレオにするみたいな発想が出てきたんです。

オフコース、ブレイク・ミルズ、広瀬香美――変わっていく聴き方

三浦透子さんのYouTubeラジオにご出演された際には、Apple Musicのプレイリストを併せて公開されていましたよね。吉田美奈子やジョニ・ミッチェル、ジェイムス・テイラーなどを選曲されていましたが、こうした70年代のシンガーソングライターの楽曲がリファレンスとしては多かったのでしょうか。

三浦透子 YouTube Radio -試運転- vol.1 (Guest / 有元キイチ from ODD Foot Works)

あそこで紹介した楽曲は、リファレンスで共有したものとは違いますね。そういえば、言われて思い出しましたが、オフコースの「老人のつぶやき」(1975年)という曲を「なんでこんな音がいいんだろう」と思って慎太郎君に共有しましたね。「みんなのうた」からの依頼を受けて作られた曲らしいんですけど、タイトル通り老人が死ぬ話なので、不採用になったという逸話があって。番組とは完全に真逆のことをしようというアイデアも好きです。

https://open.spotify.com/intl-ja/track/6IPowBkoJG8W4C9NKWuQ2L?si=92e216f6088f4f7d

オフコース「老人のつぶやき」(1975年のアルバム『ワインの匂い』より)

他に「これは!」と思ってリファレンスにした楽曲はありますか。

ジョン・レジェンドをブレイク・ミルズがプロデュースした曲を送りましたね。いまは曲を聴くときもつくるときも、サウンドに奥行きをどう作っているかを一番チェックしていて、ブレイク・ミルズにはそういう意味ですごく影響されています。

https://open.spotify.com/intl-ja/album/7xMjYDrgPLp1ReFGAOyS1O?si=LHmfU7HoQOqcxWFINUY-lQ

ジョン・レジェンド『DARKNESS AND LIGHT』(2016年)。全曲をブレイク・ミルズがプロデュースしている(共同プロデュースも含む)。

あと、それとは全然違う観点なんですけど、広瀬香美の「ロマンスの神様」をよく聞いています。すごく近未来的な音像で、マイケル・ジャクソンが歌っているみたいに聞こえるんですよね。かつ「土曜日遊園地 一年経ったらハネムーン」とか、歌詞の言葉も節回しと一体となった立ち方をしていて。バブル時代の能天気さもあると思うんですけど、 今聞くと、また別の解釈ができる。時間が経ったからこそやっと全体像で聞けるという感じはありますよね。「こんな変なギター入れてるんだ」とか、「サビ前でこんなに訛るのか」とか。

広瀬香美「ロマンスの神様」

最近ストリーミングのレコメンドで知った尾崎友直『Slow motion』というアルバムが面白かったんですが、全部30秒とかで曲が終わるんですよね。結構似たり寄ったりの曲やアルバムが多い中で、コンセプトから自由に作っている人は面白いと思います。

https://open.spotify.com/intl-ja/album/2khsIlNKpWelBxzddU4BEO?si=-FxrMsGaQ9W8EvCDerKm4A

尾崎友直『Slow motion』

確かに。ちなみに、広瀬香美を再発見したきっかけは?

King Gnu「白日」やOfficial髭男dism「Pretender」のカバー動画です。めちゃくちゃハードにスイングして歌う節回しが面白いし、トラップとかの文化にもちょっと近いように感じて。「曲自体もそういう節回しで書いてるのかな」と聴いてみると、確かに通じるところがあるんですよね。

広瀬香美によるKing Gnu「白日」のカバー演奏動画

「私は貴方」を経た、ソロ活動の現状

現在はODD Foot Worksとしても活動されているところですが、ソロ名義でのリリースの予定はありますか。

アルバムを作りたいとは思うんですけど、ライフワークみたいな部分もあるので、〆切を決めていついつまでに……という感じでは今のところないですね。これまで聞いてこなかったような音楽を色々聴いて、インプットを増やしていきたいと思っているところです。ずっと制作してはいるので、スタジオワークの前に地図を作っている状態ですね。

「私は貴方」は初めての楽曲提供でしたが、かなり反響もあったんじゃないですか。

《VIVA LA ROCK》というフェスに出たときに、飲食ブースで結構な数のアーティストに曲のことについて言われましたね。今まで経験したことのない感じのリアクションを聞けて、すごく嬉しかったです。

特に印象深かったリアクションは?

「私は貴方」っていう言葉自体の発明を褒めてくれたのが一番嬉しかったです。「これ言った人いないよね」みたいな。言葉が聞こえるということは、すなわちサウンド面とも不可分に作れているということなんだと思えましたし。

今後もこうした提供のお仕事はやっていきたいと思われますか。

はい。たとえば、超明るい曲をこの感じで表現できたら面白いと思っていて。音像的にもすごく完成度が高く、かつ、もっとアップテンポな曲というか。なので、仕事を待っている状態です(笑)。

楽しみです。今回はさまざまなお話を伺えてとても嬉しかったです。ありがとうございました。

こちらこそ、ありがとうございました。

取材・文:imdkm

有元キイチ プロフィール

1995年生まれ、東京都多摩市出身の音楽家。

多様なジャンルを横断するヒップホップグループ、ODD Foot Worksのギター/サウンドプロデューサーとして2017年にデビュー。

以降、グループでは独創的かつ大衆性にも富んだ音楽像を担うキーパーソンとなり、個人としては佐藤千亜妃(きのこ帝国)のサウンドプロデュースを手がけ、池田エライザの楽曲制作などにも参加。

2021年12月には有元キイチ名義で初のソロライブを開催。深淵なメロウネスをたたえた未発表の新曲群を体現しソロアーティストとしての新たな可能性を提示した。 2022年3月、三浦透子「私は貴方」の作詞、作曲、編曲及びサウンドプロデュースを手がけた。

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