2022年3月にリリースされた森山直太朗のニュー・アルバム『素晴らしい世界』。アーティストのデビュー20周年を飾る本作は、新型コロナ禍の影響で活動が停滞し、更には自身も新型コロナに感染するという苦境を乗り越えて完成した。その表題曲であり、新型コロナ禍の経験を刻み込んだ「素晴らしい世界」は、7分40秒にわたって繊細なサウンドが紡がれるアンビエント的なポップ。ノイズやリバーブの響きがメロディと言葉に深い陰影を加えていくこの曲は、筆者にとってこの春もっとも印象的な楽曲だった。
そんな「素晴らしい世界」のアレンジを手掛けたのが、Akiyoshi Yasudaだ。SiZK名義ではおよそ20年にわたってJ-POPの作編曲・ミックスなどを手掛け、★STAR GUiTARとしてダンスオリエンテッドなアーティスト活動も展開。Akiyoshi Yasudaとしては、劇伴提供のほか、パーソナルなアンビエント作品を発表してきた。実は、Yasudaが森山直太朗とタッグを組むのは「素晴らしい世界」が初めて。「素晴らしい世界」を手掛けるに至ったきっかけから、そのサウンド作り、そして多様な分野をまたいで活動することによるクリエイティビティへの刺激まで語ってもらった。
「素晴らしい世界」との出会い
**まず、どのような経緯で「素晴らしい世界」に携わることになったんでしょうか。
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直太朗さんのマネージャーさんが僕と以前仕事をしていて、そこからの紹介です。ある日突然、「SiZKさんここ来れますか? ナオタロウが会いたがってます」って場所を指定されたんです。「ナオタロウって……? ああ、森山直太朗さん!?」みたいな。仕事なのかどうかもわからなかった。
そこで直太朗さんが、「こんな曲があるんだよね。これをSiZKくんとできるかな」って「素晴らしい世界」のデモを聴かせてくれて。ピアノとパイプオルガン、歌だけのデモでした。合わせてこの曲が出来た経緯もお話してくださって。その上で聴いたら、僕自身もちょっとプライベートでいろいろあったことも重なって、いきなり初対面で泣いてしまって。
その場で、ですか?!
はい。それで、「めちゃくちゃいいですね、これ」「僕が関わるならこういうことができますよ、こういうこともできますよ」って、止まることなくばんばん喋っていました。僕のなかではそこからほとんど一本道で、最初の構想から完成までそんなにブレていません。
もともと、デモの段階で曲自体が完全に出来上がっていて。闇から光に向かっていくような曲なんですけど、その陰の部分、ダークさが欲しいんだろうなと思いました。そこが表現できれば、陽の部分が際立つ。そう意識しながらアレンジしていきました
その場でアイデアを伝えたときの直太朗さんの反応は?
それが、これでもかというぐらい褒めてもらえて(笑)。すごく嬉しかったのが、デモを上げたとき、直太朗さんは外でそれを聴いたそうなんですが、「嗚咽するぐらいよかった」って言ってもらえて。
Yasudaさんも直太朗さんもお互いのデモで泣いたと……。
そう言われるとそうですね(笑)。
この曲、7分40秒とけっこうな尺じゃないですか。
時流とは真逆を行っていますよね。デモのときからあの尺でした。
これだけの尺をサウンド面で構成していく上で、気を配ったことはありますか?
僕としては、この曲が長いとはあまり感じなくて。構造的にはほぼ繰り返しじゃないですか。もともと僕はテクノ上がりなので、ミニマルなものも聴いてきたんです。なので、テンポ感やジャンル感は違いますけど、自分なりのやり方はいろいろ持っていました。
なるほど。ループベースで、音響が微細に展開していくような構造には親しみがあったと。
そうですね。そこで今回は、ギミックをいっぱい作ることを考えました。聴いていてもすぐにはわからないような小さな仕掛けをどんどん積み重ねていくというか。その上で、自分でもやってきたアンビエントなサウンドでちゃんと色付けしていくという感じですね。
楽曲のメッセージを際立たせるギミック作り
ギミックというと、ボーカルのリバーブがぱっと消える瞬間(動画[04:13])が一番インパクトがありました。聴いているといきなり直太朗さんが近づいてくるみたいな(笑)。そういったアイデアはどのように作っていったんでしょうか。
リバーブが切れるところは、直太朗さんの作る歌詞とメロディがすごく強いなと思ったんです。そこまでのアンビエントなサウンドデザインでは、感じられる世界が広いものであるはず。それをいきなり狭くして、歌い手がまるで目の前にいるようにしたら、聴く人をハッとさせられるし、言葉が入ってくると思ったんです。
他にも、前半で「うるさいな」みたいなひとりごとがぽつっと入りますよね。
あれは直太朗さんのアイデアです。最初はなかったのに、何回かやり取りしたら「あれ、なんか知らない言葉が入ってる」みたいな感じで、いつの間にか入っていました(笑)。それで「ああ、これは心の声みたいにしたいのかな」と思って、聴き手の正面には歌っている直太朗さんが立っていつつ、「うるさいな」という声だけは逆相を使って、後ろから聴こえてくるような雰囲気にしました。
もうひとつ、この曲は基本的に直太朗さんのボーカル一本で続いていきますが、後半になるとクワイアっぽい厚い合唱のパートが出てきて、しかも、それがあっさり消えてしまう。
それも直太朗さんからのアイデアです。基本的にはネット上でのやり取りだったんですが、最後にボーカルが入ったときに「ちょっと合唱みたいなのをやってみたら面白かったから入れてみたよ」くらいの感じでいただいて。僕も「じゃあクワイアっぽくしましょう」と言って広がりをつけた感じでした。
デモのやり取りは綿密にされていたんですか。
回数としてはそんなに多くないんです。トータルでは3,4回かな。お互い、行きたい方向がはっきりしていたので迷わなかったというか。直太朗さんから来たものには「じゃあこれならこれでどうですか」と返せたし、直太朗さんも「SiZKくんもっとノイズ入れていいよ」ぐらいの感じで。途中で入れすぎて減らすことにもなったんですけど(笑)。
ご自身の中でもっとも手応えを感じた部分は。
やはりリバーブを切ったところですね。周りでも何人かに反応してもらえて。そこに気づいてもらえると「よし!」ってなります(笑)。
そこまでの展開でがっつり曲に引き込まれるので、あれぐらいダイナミックな変化があると掴まれてしまいます。
経験上、「やるなら極端にやれ」と思っているんです。変化をさせたいなら、100か0にしたほうがいい。今回はその考えが活きていると思います。
素材の特性を活かし、“増幅”するサウンドメイク
楽曲を構成するサウンドとしては、ピアノがあって、ドローンがあって、サブベースが鳴って……と、シンプルなようで、さまざまなサウンドが重なり合っていますよね。
トラック数は多いですね。トータルではちゃんと数えてないんですけど、覚えているのは、グリッチノイズが30トラック以上ある(笑)。しかも、グリッチだけで30あるので、他のノイズも足したら50くらいあります。
ピアノはもともと、すごく弱く弾いて録音したものなんです。だから、演奏のノイズや服が擦れているような音も入っているんですよね。それがすごくいいなと思ったんですけど、ノイズをもっと増幅したくなった。僕の家の換気扇の音をiPhoneで録って、その「サーッ」というノイズを混ぜています。iPhoneのボイスメモの音が結構好きで、そういうのを普段から作品にちょこちょこ使っているんです。最近『N号棟』という映画の劇伴もやったんですけど、その時はうちの洗濯機を回しながらマイクで録音しました。
家電は面白いですよ。たとえば、冷蔵庫の中にiPhoneを入れっぱなしにして一時間録っておくとか。めちゃくちゃ冷えますけどね、iPhoneが(笑)。
環境音以外のグリッチノイズはどのように作られているんでしょうか。
グリッチは素材ものが多いです。LoopmastersやSpliceで入手できるような。グリッチじゃない素材を加工して使うこともあります。
サウンドもさることながら、やはり直太朗さんの声が印象的な曲でもあります。実際に一緒にお仕事をしてみて、直太朗さんの声についてどう感じましたか。
音程と音程のあいだを感じさせないような、すごくなめらかな声ですよね。あと、僕が普段作っている歌モノだとコーラスをいっぱい重ねることが多いんですが、直太朗さんのは聴いていて「ああ、ほとんどいらないな」と思います。この一本だけで十分と思えるぐらい説得力があるんです。逆に、ハーモニーを入れると邪魔しちゃうんじゃないかな。「素晴らしい世界」では重ねてもユニゾンとかオクターブだけで、3度とか5度のハモりはやっていないです。
使用されているDAWは何でしょうか。
僕はずっとMark of the Unicorn Digital Performerですね。テンポチェンジが自由にできるので一時期少しだけAbleton Liveを使っていましたけど、アップデートで結局DPで同じことができるようになっちゃったので、戻ってきました。
プラグインで何か重宝しているものはありますか。
めっちゃくちゃ普通ですけど、Native Instruments KONTAKTとかですかね。ストリングスはSpitfireです。Spectrasonics Omnisphereはドローンを作るのによく使いますし、リバーブではValhalla Shimmerをよく使います。Shimmerはとりあえずかけてみて、それから考えます(笑)。「素晴らしい世界」でもいっぱい使っていて、直太朗さんの声にも、ドローンにもかけています。
また、今回サブベースはXfer Serumのプリセットを使いました。普段はFAW Sublabも使っています。そのプリセットとVIRHARMONIC Bohemian Celloを合わせて、すごく低いところで使っています。ふたつを一緒にコンプにぶち込むと、位相が合っているのか合っていないのかよくわからない、地獄のようなベースになるんです。あと、この曲ではあまり強く出てはいないですけど、リズムはNative Instruments MASCHINEです。
3つの名義から辿る作風の変化
「素晴らしい世界」はAkiyoshi Yasudaとしてクレジットされていますが、普段J-POPのソングライター、アレンジ、ミックスで携わるときはSiZK名義を使っていますよね。今回この名義を使ったのはなぜでしょうか。
今回は、直太朗さんが「アンビエントができて歌モノもやったことがある、そういうのに精通している人いない?」と思ったところから僕に話が来たんです。アンビエントはまさにここ数年Akiyoshi Yasuda名義で追求してきたことなので、この名前でやらせてもらいました。直太朗さんと会話しているときは「SiZKくん」って呼ばれていますけどね。僕は名前が3個あるので、みんな呼び方に困っちゃうんです(笑)。
Akiyoshi Yasuda名義とは違って、SiZK名義ではダンサブルなサウンドを多く手掛けていますよね。もともとどんな音楽に影響を受けてこられたんでしょうか。
音楽に興味を持ったきっかけは小室哲哉さんなんですけど、実際に作る上で影響を受けてきたアーティストとしては、★STAR GUiTARという名前の由来になったThe Chemical Brothersはもちろん、一番好きなのはUnderworld。当時、映画『トレインスポッティング』を観てハマりました。あとはThe Prodityとか、ちょっとロックを感じさせるようなダンスミュージックに影響を受けています。15, 16歳のときにはビッグビートが流行っていましたし、同時に、音響系というかIDMと呼ばれるような、いまやっているアンビエントに通じるような音楽も大好きでした。
その結果、ダンサブルなJ-POPというSiZKとしての作風が出来上がっていったんですね。
はい。最初のころはヒップホップの人たち――Heartsdalesさんとか、BENNIE Kとか――が僕のそういうテクノ感を面白がってくれて、一緒に作るようになりましたね。
★STAR GUiTAR名義では、バキバキのエレクトロハウスだった2000年代から、2010年代にさしかかると空間を感じさせるサウンドが増えてくるのが興味深いです。
★STAR GUiTARのセカンド・アルバムで初めてピアニストをフィーチャーしたんです。最初は歌の人をフィーチャーしようとしていたんですけど、なかなかメロディが作れなかった。そこでもしかしたらこれは歌じゃないのかも、と考えて、ピアニストをフィーチャーした「Live」ができました。そうしたら思いの外評判がよくて、自分もすごく楽しかったので、そのあたりから生楽器のほうにフォーカスしていって。その流れで空間的なサウンドに寄っていったんだと思います。
そういった関心の広がりが、最終的にアンビエントや劇伴仕事がメインのAkiyoshi Yasudaという名義に結実していった、と。新たな名義を使うことにしたきっかけは。
SiZKや★STAR GUiTAR名義で作品を発表する中で、意外と名前と音楽性の結びつきって強いんだなと実感したんですよね。どちらの場合にも、「こういう音楽をやる人」ってイメージがある。要はその2つの名前だと、今みたいにアンビエントを作れなかったんです(笑)。僕がそれまでやってきた音楽ってきらびやかなものが多かったので、内向的でダークな音楽は作りづらい。もしかしたらこれは名前を変えたほうがいいのかもしれないと思って、3つ目の名前として本名でやってみようと。
劇伴制作が拓いた新たなクリエイティヴィティ
3つの異なる性質の名義で活動する中で、ある名義での経験が別の名義に活きたことはありますか?
Akiyoshi Yasuda名義でやった音楽が、SiZKや★STAR GUiTAR名義でやる音楽に如実に影響を与えていますね。空間の使い方もそうですし、最近の★STAR GUiTARはもっとオーガニックで、少しシネマティックなダンスミュージックに寄ってきている。ポップスでもアンビエントなサウンドは最近流行っているので、SiZKとしてやっているポップスにもそういうテイストを入れたりしています。
Akiyoshi Yasudaで劇伴やアンビエントをやる、と決めたときに、ロールモデル的な人はいましたか?
もともと、「自分は劇伴をやっちゃだめだ」って勝手に思いこんでいたんです。ちゃんと音大に通って、クラシックを学んできたような人がやるべきものなんだと。そういう固定観念を破ってくれたのが、Nine Inch Nailsのトレント・レズナーや、ハンス・ジマーともよく仕事をしているJunkie XLでした。彼らはぜんぜん違う分野から劇伴の世界に入ってきているじゃないですか。そういうのを見ていたら、「ああ、入っていいんだこの世界」って思えたんです。
実際に劇伴を手掛けるようになって、制作のスタイルで大きく変化したことはありますか。
シーンの内容に合わせて曲を作ってみたときに、初めて周りのミュージシャンの気持ちがわかったというか……。勝手にメロディが頭の中で鳴り出す、そういう感覚は劇伴をやるまでわからなかったんです。それまで、まずは鍵盤に向かって、とりあえず弾いてみて考える、という作り方をしてきたので。脚本や映像を見て「この感じでこの感情だったら、このメロディだな」というのが勝手に浮かぶようになった。
思い浮かんでも、その通りに作らないほうがいい場合もあります。でも、「このままだとストレート過ぎるな、全然逆の音楽をあてたほうが面白そうだな」と考えられるようになったのは、すごく面白い変化でした。
そういう変化を経験したからこそ、今回の「素晴らしい世界」のようなアレンジ……たとえば歌詞を音の変化で際立たせるようなこともできるようになった、ということでしょうか。
はい。僕は「素晴らしい世界」を短編映画だと思って作っているので。すごくいい経験をさせてもらいました。歌モノやってきた自分と劇伴をやってきた自分がちゃんと融合できた機会だったというか。
最後に、それぞれの名義でどんなビジョンがあるか教えていただけますか。
★STAR GUiTARはリリースを3年ぶりに始めたところで、来年に向けてシングルを出しつつアルバムに向かっていきたいと思っています。いまはエレクトロニックだけじゃない、オーガニックで躍動感のあるダンス・ミュージックのモードになっていますね。SiZKはマイペースに続けていくだけですね。いろんな人と出会って、いろんなことができればいいと思っています。Akiyoshi Yasudaでは映画音楽などの仕事もやりつつ、そろそろひさしぶりにこの名義での自分の作品も出したいなと思っています。
取材・文:imdkm
Akiyoshi Yasuda プロフィール
美しさと儚さをエレクトロニックサウンド、ノイズの響きにのせ様々な感情を彩るインストゥルメンタル・アーティスト。
2020年、2年ぶりの新作となるアンビエント・ドローン・環境音楽の影響を感じさせるEP『memento -day1』を発表。自身のライフログとしてmemento (過去の体験・出来事などを思い出すために保管しておく小さな思い出の品)をテーマに記憶を記録していくプロジェクトを展開。
劇中音楽としては、広瀬すず主演『あんのリリック -桜木杏、俳句はじめてみました-』、NHK よるドラ『腐女子、うっかりゲイに告る。』世界で900万ダウンロード突破のスマートフォン向けゲームアプリを映画化した『劇場版 誰ガ為のアルケミスト』などの音楽を担当。
2021年には、人気TVアニメ『幼なじみが絶対に負けないラブコメ』、2022年公開の映画『N号棟』の劇中音楽も手がける。
また、劇中音楽に止まらず、その音像をアンビエントに昇華させた森山直太朗「素晴らしい世界」には編曲で参加し、独特の世界観は関係者からの高い評価を得ている。