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そんなわけで金沢21世紀美術館に行っていたのだが、目当ては《100 Keyboards》に加えてコレクション展と池田亮司。ついでに特別展も見てきた。

DXP(デジタル・トランスフォーメーション・プラネット)―次のインターフェースへ

「DXP(デジタル・トランスフォーメーション・プラネット)―次のインターフェースへ」はデジタルテクノロジーの現在をアートで見る、みたいなメディアアート寄りの展示だったのだが、これは非常に退屈だった。

DXP展は、アーティスト、建築家、科学者、プログラマーなどが領域横断的にこの変容をとらえ、今おこっていることを理解し、それを感じられるものとして展開するインターフェースとなります。

金沢21世紀美術館 | D X P (デジタル・トランスフォーメーション・プラネット) ―次のインターフェースへ

というけれど、「インターフェース」としての展覧会の限界を感じてしまう側面のほうが多かった。結局、部屋の中にオブジェクトや映像や文字を配置するという展覧会のインターフェースは問われることがなく(ARで参加を促したり(GROUP、河野富広など)、ゲームをプレイできたり(Keiken)といったものはあったけれど)、かといってそのインターフェースがうまく活用されているという印象も抱けず、言葉は壮大だけど実際の体験としては中途半端、みたいなよくなさ。

シュルティ・ベリアッパ&キラン・クマールのインスタレーションには惹かれたのだけれどもっと空間的な余裕を持って展開されるのが見たかったし、AFROSCOPEのデジタル絵画が液晶ディスプレイのスライドショーで見せられるだけというのはもったいなかったのではないか(そのような展示の条件が提示されていたのかもしれないが)。

解説を読んでいても、なんかどうなんだと思うことが多かった。

レフィーク・アナドールの脳波の運動を可視化した映像とオブジェクト(《ニューラル・ペインティング》)について「視覚化されることで直観的に体験できる」みたいに書いてあったのだけれど、視覚化されたからといって体験できるわけじゃないだろ、というか、その体験は少なくとも「追体験」ではないし、ある状態の脳波に対する理解でもない。可視化することでなんとなく「直観的に体験」した気になれてしまうこと自体に対してちょっとどうなの? って言うべきなんじゃないか。これはビッグデータ可視化系の作品だいたいに言えることなんだけど。

メルべ・アクドガンの廃墟の写真を生成AIを使って復元する作品《ゴースト・ストーリーズ》についても、次のような解説(公式サイトより)はちょっと迂闊じゃないかと思う。

様々な社会的しがらみや先入観により行き詰まる建築の再生を、AIを介することで一足飛びに、新鮮なイメージをアウトプットします。建築という容易には変えがたい対象に対して、ビジュアルで訴えかけることの重要性だけでなく、先入観を超えた先に希望を見出そうとする、AIを介在させることで獲得できる新しい可能性を示しています。

同上

アクドガン本人がどう言っているのかはちょっと調べただけではわからないのだけれども、「AIを使えば先入観のない画像が生成できる」という素朴な楽観論をいまどきアーティストや研究者がとるだろうか……。

コレクション展 2:電気-音特別展示:池田亮司

どちらかというと目当てはこっちだった。

出ている作品は割とすきなものが多くてよかったのだけれど、ジョン・ケージや塩見允枝子、田中敦子のインターメディア的な表現であったり、カールステン・ニコライや毛利悠子、涌井智仁などをはじめとするサウンドや電気信号の物質性や現象にフォーカスした作品は、それだけじゃなくなにか見せ方や語り方を変えていかないと難しいのではないかと考え込んでしまった。

気を抜くと「それはフェティッシュじゃん」みたいになっちゃうというか。フェティシズムも大事だし、っていうかそれぞれの作品が単なるフェティシズムだともまったく思っていないのだけれど、そこに感じているワンダーを他の文脈により開かれたものにしていく回路がもっとはっきり必要だよなと。コレクション展ということもあって既存のフレームを打ち破る見せ方というのはハードルが高いのかもしれないけれど。

招聘作家のひとり、小松千倫のサウンドインスタレーションとオブジェ(素材がひかりのラウンジの天井の木材でキャプションを二度見した。あとずんだもんの声しなかった?)は、個人的に覚えたそういう閉塞感に対して別の視座を持ち込もうという意識が感じられておもしろそうだったけれど体力的にあまりじっくり見れなかった。もう一度見に行こうとしたけど断念。無念……。

あとシンプルに田中敦子のベルがクソうるさいのはめちゃくちゃよかったです。

さて池田亮司。案の定あまり好きではなかった。どんなビッグデータを扱おうとも池田亮司色になるやん。っていうのは作家としては長所でもあり、あれだけ明確なシグネチャーと美的なジャッジがあると見てられるんだよな。その強さはすごいと思う。

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