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『ミュージカルの歴史: なぜ突然歌いだすのか』。インパクトのある副題だ。登場人物が物語の中で「突然歌いだす」ことはミュージカルに慣れない人が一番面食らうところ(自分もそうだ)で、その問いに答えてくれるのかと思って手にとって読んでみた。本書はコンパクトな新書だが、ヨーロッパにおける音楽劇史を抑えた上で、アメリカでそれがどのようにミュージカルとして成立していったかが丹念に追われる。案外ガチガチの歴史書なのだ。
期待は半分外れていて、半分当たっていた、というべきか。「なぜ突然歌いだすのか」というキャッチーな副題から、初心者向けにおもしろおかしくミュージカルを解説してくれる本かと思ってしまうのだが、そういうライトな読み味を想定すると面食らうかもしれない。一方で、そのように語られるミュージカルの歴史自体がとてもおもしろい。ある時期にはアメリカの音楽ビジネスの要として、流行歌を生み出す一種のメディア(ロックンロールにおけるラジオみたいなもんである)として存在感を放ち、そうした求心力を失って以降――それは同時にミュージカルの制度がエスタブリッシュされたことの証でもあるのだが――どのようにミュージカルが生き残っていったかが語られる。ミュージカルそのものに興味がなくても、20世紀の特にアメリカを主としたポピュラー音楽史を考えるにあたって知っておいたほうがいい知識がたくさん詰まっている。
個人的には、ロックンロール/ロックの登場以降にミュージカルがどのように変化したかを扱う第5章「音楽によるミュージカル革命」はとても興味深い。ロックが音楽にもたらした変革を電気的な音量の増幅、スタジオワークによる音響的洗練、ライヴPAの発達による音楽体験のスペクタクル化といったトピックでまとめたうえで、それがいかにミュージカルと食い合わせが悪かったか、どのようにしてミュージカルはロックと向き合っていったかを語ることで、ロック側からだけでは見えてこなかったポピュラー音楽史の一面が感じられてくる。
ただ、やはり初心者のための一冊としては、たとえば「初心者がチェックすべき定番・名作」みたいなものを知れるガイドとしては使いづらいし、「なぜ突然歌いだすのか」という問いにしても明快な答えをだして「おもしろいでしょう!」みたいに言ってくれるわけでもない。むしろ、この問いについては、ミュージカルがその歴史で常に抱えてきた難題として、つまり答えのない問いとして解説されていると言っていいだろう。それはそれですごく重要な視座なのだけれど答えが知りたい向きには肩透かしかもしれない。やっぱ断言してもらいたいもんね。
ミュージカルの魅力を知る入門としてはまた別のものにあたるとして、おもしろい本であることには変わりがない。おもしろさがちょいニッチということである。「ミュージカルを知る」というよりは「ミュージカルの歴史を知ることで音楽についての知見を深める」みたいな心持ちで読むとすごくおもしろいはず。
以下余談。当の第5章では1960年代後半から1970年代のミュージカルにおける「コンセプト・ミュージカル」なる語の登場が論じられ、それが同時代のロックにおける「コンセプト・アルバム」の確立とゆるやかにつながっていくのだが、このふたつが似ているようで違うのが面白かった。「コンセプト・ミュージカル」が統一的なストーリーを欠いた断片的なミュージカル――つまり統一されたひとかたまりの「作品」概念にそぐわないもの――を表すものである一方で、「コンセプト・アルバム」は交響曲的なスケールの「作品」をポピュラー音楽としてのロックに成立させるための言葉だ。つまり前者は「作品としてのミュージカルの断片化」であり、後者は「作品としてのロックの統合」である。しかしまさにこの「コンセプト」の両義性を通じてこそ、ミュージカルとロックの合流というのが理念的に可能になったとも言える。
そこからさらに連想すると、「コンセプト・ミュージカル」及び「コンセプト・アルバム」の時代とは、ほぼ「コンセプチュアル・アート」の時代でもある。演劇とポピュラー音楽とファインアートという異なる分野で同時期に「コンセプト」なる語が新奇な言葉として流通しだした(いやコンセプチュアル・アートはコンセプチュアル・アートでコンセプト・アートじゃないんだけど。この話はややこしすぎるので割愛)。1960年代にそんなことが英語圏で起こった前提ってなんかあったんすかね?