Courtney Barnettがオフィシャルサイトでステムプレイヤーを公開したという話をみた(ステムプレイヤーはこちら)。すこしレトロなミキシングコンソールを模したインターフェイスで、各パートの音量調節とミュート&ソロ、さらに自由に範囲を設定してループさせる機能もついている。タイムラインには楽曲の構成も記されていて、なんというかかなり「教育的」な印象を受ける。これだけでもじっさいいろんなことができる。ミックスを変えるのも楽しいし、各パートだけをソロで聴いてみるというのもいい。
最近、ステムを配布したり公開しているアーティストって割といて、Kanye Westが『Donda』のステムプレイヤーを販売するとかしないとか、black midiが『Schlagenheim』のときにステムデータを配布してたりとか、100 gecsもステム配布やってたと思う。日本だとOfficial髭男dismがステムプレイヤーをウェブ上で公開(こちら)している。なんかほかにもあったかも。多いってほどでもないか。
そもそもステムというのは、納品されるステレオミックスと制作過程のマルチトラックの中間みたいな状態のことで、録りためた素材をミキシング作業のためにある程度整理してまとめたものだ。ステムにする前の状態はパラという(はず)。ポップ・ミュージックのみならず多くの音楽が録音芸術として鑑賞される現在、ミキシングそのものも作品を構成する要素のひとつと考えられるようになっているから、ステムを公開するということは、完成前の作品をいじらせるみたいなところがある。
まあそれ自体は一見興味深そうではあれ実はどうでもよくて、ステムプレイヤーみたいなことがなんで可能になっているのか? なんでちょくちょく見るのか? っていうのが気になる。
まずステムの配布についていえば、大容量のデータをやりとりすることが当たり前になってきたことが大前提にあるだろう。加えることがあるとすれば、DAWが普及して、ユーザーコミュニティとリスナー層がいいかたちで重なっているのが追い風になっているのでないか。さらに、分析的に聴きたいとか、パートごとに聴いてコピーしたいみたいなニーズも考えられる。リスナーであると同時に(プロ・アマ問わず)ちょっと作ったり弾いたりしますよ、という人にとってステムはクリエイティヴィティを刺激する素材であり教材みたいなものだ。ミュージシャン自身がそうした恩恵にあずかってきた世代になってきているのも大きそう。つまりプロモーションに限らず、そのようにサウンドに埋め込められた知識をシェアしたい、というモチベーションがありうるということだ。
一方、ステムプレイヤーの場合。Courtney Barnettやヒゲダンの例がそうだけれど、それなりの音質のオーディオファイルをブラウザ上で読み込んで同期再生し、リアルタイムで操作できる、それだけの技術が普及していることが大前提となる。一昔前ならAdobe Flashなんかでやってたんだろうけれど、外部プラグインなしにブラウザネイティブでそれができるようになったのって結構大きいのかな。これはデータ自体の配布よりもステムに触れるハードルを下げうるので、必ずしもプロダクションに通じていないリスナーにとっても興味深い体験を提供することができる。
いずれにせよ、ある種の「教育」的側面、あるいは言い方がよくないなら土壌をつくって耕すみたいな側面をもった試みであって、必ずしもそれがセールスに結びつくということはないかもしれないが、いろんな意義が考えられる。なかでもテクノロジーを通じた独習(AbletonのLearning Musicみたいな)は大きなひとつだと思う。
ついでにふと気になるのは、ステムとかマルチトラックの権利ってどういうふうになってんだろ? というところ。たとえばプロジェクトファイルに原盤権って及ぶの? ステムって権利関係どう処理してんだろうね。
どうでもいいメモでした。