ヒップホップを中心とする音楽業界では、表に立つラッパーやシンガーといったパフォーマー以上に、プロデューサー(=トラックメイカー)が重要なキーを握ることがしばしばある。しかし、彼らに必ずしも正当な評価が伴っているわけではない。たしかにアメリカで活躍する売れっ子プロデューサーともなればトラックひとつでうん百万ドルなんて話も聞こえてくるけれど、それも一握りの話。あのDiploですらRihannaへの曲のプレゼンにはさんざ神経を使った挙句に「空港レゲエ」呼ばわりされる憂き目にあっている(まあ冗談だろうけど)し、ラッパーに比べてプロデューサーの地位が不当に低い、という問題提起は近年くり返しなされている。
そこで興味深かったのはPigeons & Planesの以下の記事。プロデューサーが自分のシグネチャーサウンドをまとめたサンプルパックを重要な副収入源にしているという話だ。
Chance the RapperやSZAへのトラック提供で知られるCam O’Biは、Bandcamp上で自身のドラムキットを販売している。たとえばSZAの“Doves In The Wind”で使ったサウンドをまとめたキットとか、Nonameの《Telefone》で使ったサウンドをまとめたキットなど、気になるリリースがたくさんある。
Cam O’Biはプロデューサーとしてコンスタントに仕事をこなし、十分な収入も得ている。けれど、食事代やUberを呼ぶ代金くらいのお金をちょっとだけ稼いでみるつもりで、特にプロモーションもしないでリリースしたのだそうだ。すると、数回のフライトを賄える程度のお金が入ってきた。自身も驚くような売れ方だったという。
また、Cam O’BiのようにBandcampをプラットフォームに使うプロデューサーもいれば、自身のウェブサーヴィスBlap Kitsを立ち上げた!llmindのようなプロデューサーもいる。ビジネスの形態はさまざまながら、サンプルパックやドラムキットの販売はプロデューサーにとってあり得る収入源のひとつとして存在感を増しているみたい。そして案の定(というのもなんだが)、トラック提供以外の収入源を模索するプロデューサーたちもまた、今後の活動形態のひとつとして、Paetronのような購読型のクラウドファンディングサーヴィスに関心を寄せているようだ。
caughtacold.hatenablog.com Paetronについては以前上掲の記事でまとめました。
こうした流れを見て思うのは、「作り手がよりよい環境で制作し、発信できるようにするサーヴィス」が今後の音楽-テック業界の伸びしろなのかな、ということだ。SoundCloudが経営陣を一新し、元VimeoのCEOなどの人材を揃えたのも、資本力で劣るVimeoが、「高品質なストリーミングと多様なオプション」を作り手に提供することでYouTubeと差別化を図り、マネタイズしてきたことに着目してのことだろう。創業者のAlex Ljungが目指した、特定のレコード会社やストリーミングサーヴィスに依存しない、クリエイティヴなコミュニティを育むための環境を模索するための一手としては、納得がいくものだ。翻って、こうしたサンプルパックやドラムキットの販売もまた、同じ文脈で捉えられると思う。少なくともミクロな視点から言えば、コンテンツへの対価という意識は今後どんどんなくなっていき、属人的なパトロネージか、「作り手」に向けたビジネスが発展していくんじゃなかろうか。
ほか、記事にしようかと思いつつタイミングを逸していたけれど、SONYがリミックス曲のクリアランスを手がけるヴェンチャー企業のDubsetとの提携を発表したり、オンラインマスタリングサーヴィスのLANDRがディストリビューションまでワンストップで手がけるサーヴィスを展開し始めたりと、作り手により効率的な作品発表とマーケティングの手段を提供するサーヴィスがどんどん始まっている。SoundCloudもこの流れにうまくのって、持続的なサーヴィスになってくれるといいな。
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