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エレクトロ・ヴォイス 変声楽器ヴォコーダー/トークボックスの文化史 (P-Vine Books)

エレクトロ・ヴォイス 変声楽器ヴォコーダー/トークボックスの文化史 (P-Vine Books)

 デイヴ・トンプキンズの大著『エレクトロ・ヴォイス 変声楽器ヴォコーダートークボックスの文化史』を読んだ。通史的な書き方でも物語ちっくな書き方でもなく割と散漫な印象を拭えない(最後のRAMMELLZEEを扱った章なんかは端的にカオスだ)し、何年にヴォコーダーが生まれて~みたいなさっくりとした記述を求めると特にフラストレーションが貯まるだろうな。そういうわけでちょっと評価に困る本なのだが、面白いエピソードは満載だ。いちばん興味深かったのはじつはヴォコーダーと軍事技術の関係などではなくて、むしろデトロイト・テクノヴェトナム戦争の意外な関係だ。

 デトロイト・テクノの始祖といえばCybotronであり、テクノのゴッドファーザーはそのメンバー、ホアン・アトキンスであるというのは広く知られた事実だ。しかし、このClearという代表曲には、アトキンスの相棒であるリック・デイヴィスのヴェトナム戦争への従軍経験が影を落としているのだという。

「クリアー」はクラブから最も遠いところにある。同曲はあくまで、現実に対処しようと、混乱する頭をどうにかクリアーにしようとしている男の歌だ。ワシントンからサイゴンへ、ヴォコーダーを介して何が伝えられたにしろ、リック・デイヴィスはそれを遠い密林の中、自らの手で行った。キッシンジャーの言う「徹底的な」無数の爆撃によってできた空き地の中、文字通り死にもの狂いで。「“クリアー”は軍事用語だ」とデイヴィスは言う。軍事行動に必要とされる場の確保は、村人全員の虐殺も意味する。「我々の視界をクリアーに」し、やつらの動きを一掃[クリアー]しろ。*1

 曲のなかで執拗に反復される「Clear ××(~をクリアーせよ)」は、アトキンスによる来るべき未来へ備えた自己変革を促す啓示であると同時に、デイヴィスを襲うヴェトナム戦争のトラウマでもあるのだ。デイヴィスのトラウマは相当深刻なものだったようだ。

R-9”をレコーディング中のある晩、ホアン・アトキンスミシガン州イブシランティの[ティー・ティーズ・スピークイージー]の階上にあったサイボトロンのスタジオに向かった。中に入ると、パジャマ姿のデイヴィスがアサルトライフルを抱えて立っていた。「あいつはよく夜警をしていた。ライフルを構えて、ひとりで機動演習を。いや、頭がおかしいとか、そういうふうには思わなかったよ。親友だったし。まあ、ちょっとびっくりしたのは確かだけど」。アトキンスが大丈夫かたずねると、デイヴィスは言った。「ああ……たまにこういう夢を見るんだ」。*2

 Cybotronの不気味な黙示録的音像はヴェトナム戦争というトラウマから立ち直るためのセラプティックな効果を持っていたわけだ。アルバムの最後を飾るEl Salvadorのアウトロは、シンセサイザーで再現されたヘリコプターの飛行音と、乾いた銃声を模したパーカッシヴなSEに彩られている。 

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*1:『エレクトロ・ヴォイス』、168頁。強調は筆者が加えた

*2:同上、171-172頁

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