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月: 2021年10月

健康と能率(3)

一時期、自嘲的に自分の文章を「怪文書」って言ってたことがあったけど、あれももうサムいなと思ってもう言わなくなった。人の文章も「怪文書」とかあんまり言いたくないなという気もする。

大根おろしって冷凍できるらしくて、大根買ってきておろしては30gくらいずつで小分けにして冷凍保存している。いろんなものとあわせてがんがん食ってるんだけど解凍して一味とまぜたらもみじおろしになるなどの発見を日々あじわっている。一番はまってるのは油揚げを焼いてもみじおろし&ポン酢をかけるやつで毎朝のようにそれ食ってる。もちろんお肉とあわせてもおいしいのだが油揚げはやばいです。油揚げ最高です。

食ってるものシリーズ。オートミール米化をよく食べていて、でも一番自分の口に合うのがどんなレシピなのかあんまりしっくりこなかったんだけど、原点にかえっておにぎりにするのが一番間違いないことがわかった。納豆かけたり丼ものにしたりいろいろやってたんだけど。あげ玉と刻み紅生姜とめんつゆで和えるやつ。なんかのウェブサイトで見たのだったか。でもあげ玉とめんつゆのおにぎりは好きでよくつくってたんだよな。

食ってるものシリーズ。バナナもよく食べている。バナナを食べているというよりバナナスタンドを使っているというほうが近いかもしれない。昔、バナナスタンドがヘッドホンスタンドに最適という話があってためしにダイソーで買ってあったのを素直にバナナスタンドとして使いだしたら、なるほどこれはいい、バナナが長持ちする。なにかに接触している部分から熟し過ぎちゃうから吊り下げておくとそういうのがなくなるのね。そしてバナナはうまい。木に実るカロリーメイトみたいで便利だし。便利な植物ってすごくなんか人間のエゴっぽいけど。植物への倫理。

食ってるものシリーズ。チョコレート効果カカオ72%(アフィリンク注意)を1kg箱買いした。前も買ってあったんだけど、このくらいのやつがたまに食うときに罪悪感がなく、甘すぎてくらっとすることもない。

フォーラム山形で「サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)」を見たんだけど、パフォーマンスを重点的に見せるのかと思ったら、パフォーマンスのフッテージを素材にカットアップ&モンタージュしてるみたいなすごい大胆な編集があったりしてびっくりした。え、コールドカット? みたいに思っちゃうレベルというか。言い過ぎか? 冒頭のスティーヴィー・ワンダーのドラムソロの使い方とか、そんなブレイクをサンプリングするみたいなやり方やっていいんだ、って思っちゃったよ。よかった。コメントを寄せている人のなかにファッションの専門家(仕立て屋さん)がいて映像におさめられた当時のファッションについて解説していたり、パーカッショニストの演奏にシーラ・Eがピンポイントで的確な解説をしていたり、いろいろ絶妙だと思えた。そしてなにより、これほど熱気あふれる重要なイヴェントの記録が半世紀ものあいだ忘れられてきたことを訴える終盤の編集をはじめとして、出来事を素材にひとつのステートメントを発する力強さにあふれていたのがよかった。

なにか人や団体を「信頼できる」っていう言い回し、あれなんなんだろうな、「怪文書」と同じでなんか気持ち悪くなって使いたくなくなってしまった。なにも信頼するなというのでもないのだけれど、「この人は信頼できる」とか、どういうことなんか、そこで言っている「信頼」ってなんなのか、わからないのだ。

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最近気になったCMソングの選曲

テレビ見てたらとくにCMで「いまそんな曲かかんの?」みたいなときがいくつかあった。2000年代初頭のビッグビートとか。いま90’s~Y2K文化がリバイバルしてるって話ちょい前からあるけど、そこはなんか、どうなんすかね? みたいな。

キリン スプスプリングバレー豊潤<496>
Elvis vs. JXL – A Little Less Conversation (2002)

サントリー THE STRONG 天然水スパークリング
Fatboy Slim – Ya Mama (2000)

DIESEL FALL/WINTER 21
Vitalic – La Rock 01 (2001)

こう書くと反応する曲がおじさんっぽい。あというほどたくさんもない。3例って。

ついでに書くがクラフトボスの「ド名曲をなんのひねりもなく使う」シリーズはぱっと見しゅっとしているだけにダサさを感じてしまう。そりゃいい曲使ったらつかまれるでしょ。替え歌と同じくらいいやだ。それに対してElvis vs. JXLとかはマジなのかウケ狙ってんのか判断しづらくて気になる。そういえばAppleがCMにDelta 5使ってるのが使い方ダサくて嫌だった。好きな曲が「ちょっと気の利いた洒落た宣伝」の部品にされてるのはいい気がしない。Delta 5のシンガーでギタリストだったJulz Saleはつい先月(9月)がんで亡くなった。追悼。

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健康と能率(2)

フィジェットトイ(手元がさみしくてなにかをいじいじしてしまうときに手頃なおもちゃ)が欲しいがネットで何度か買ったのがどれもサイズやクオリティに不満が多くて同じ値段かけるなら自作したほうがいいんじゃないかと思っていた。それでいろいろ調べてたら、とあるツイートで100均で売ってるスマホゲー用のボタンがいいみたいなことを見かけて実際にそれに近いものを探してみた。入手できたものはスマホ本体をクリップではさむようにしていわゆるL・Rボタンを実装するような仕組みになっているのだけれど、おなじく100均で売ってる6mm厚のMDF材をいいサイズに切ってはめこんでみると、たしかに悪くない。面取りしてにぎりやすくして、いつでもサワれるようにデスクの上にぽいっと放ってある。

ある日、昼過ぎから打ち合わせがあり、ほぼ雑談の愉快な内容でこころは晴れ晴れしたのだが、なんでかその日はたまたま、最近気をつけていた食いしばりの癖がぶり返してきていたようで、Zoomの画面を閉じて一息ついた途端に奥歯の違和感と頭痛が襲ってきた。ロキソニンを飲んだらすっと痛みはひいたが、いや多分話をしているときはアドレナリンでも出てたんだろうな。っていうか、もしかしてポッドキャスト収録後やリモートのインタビュー収録後に疲労困憊になるのって喋って頭使ったからじゃなくて噛み締め癖のせいなのかも? 今度から人と話すときは気をつけよう……

もうかれこれ8年くらい履いていたKEENのサンダルが、ソールがまるごと剥がれるというショッキングな壊れ方をしてしまって、どうしたものかと思ったんだけど、まあこの機会にいろいろボロボロになってたのを接着したり縫い直したりして、もうしばらく頑張ってもらうことにした。「裁ほう上手」という手芸用接着剤(アフィリンク注意)で破れていた布地をなおして、ソールはスポーツグー(同前)でがっつりつける。まだソールの接着はかたまりきっていないのでどうなるのかわからないけど、ちょっとはもってくれたらうれしい。見た感じいけそう。まあスポーツグーまだあまってるから剥がれちゃってもまたトライしよう。

最近TVerでTVバラエティをよく見ていて、「キョコロヒー」とか「あちこちオードリー」が結構好きなんだけど、こないだ「あちこち」にアンミカがホストになって四千頭身後藤・森三中黒沢・神田愛花をゲストに人生相談やるみたいな回がすごかった。一番すごいなって思ったのは神田愛花がした相談をアンミカがいったん受け止めて噛み砕いてその場全体で「問い」として共有したうえで、具体的なアドバイスそのものを若林にふったところだった。若林もウケを狙いつつも自分に嘘をつかなくてもいい一言をちゃんと出していて、パス回しがそんなうまくハマることあんの? ってびっくりした。回全体を考えると、やり取りの内容そのものや出されるアドバイスにねじ伏せ感はやっぱあって嫌な人もいんだろうなと思うけど(別におれも好きではない)、パス回しのあたりは「なんでもアンミカフィルターでものの見方を変えれば解決」みたいな話じゃぜんぜんなくて、メインの喋りをしつつもファシリテーションが成立しているという感じだった。自分の手に負える範囲じゃないなと思ったら若林に振るって判断も、そもそもそれまでの会話を通じて、アンミカ自身だけじゃなくて、相談に対して適切な答えを考えるための材料がその場にいる人たちに的確にシェアされていることも、まあ鮮やかだなーとなった。その分危うさもあるんだけど。でも「宗教みたい」とか雰囲気で済ませて敬遠するよりは、その場の(少なくとも表面上受け取れる)納得感がどのようにうまれているかをほぐしたほうが、まあ応用も、悪用に対する対策もできるじゃんね。なんでこんな話してんだ。

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健康と能率(1)

9月の頭からさんざんな体調で、もともとしんどくなっていた読書や音楽鑑賞がいっそうしんどくなってかなりまいっていた。腰痛、頭痛といった自分の健康の問題もさることながら、2度にわたるワクチン接種では発熱こそそこまでではなかった(高くても38度をすこし超えるくらい)ものの、猛烈なだるさと頭痛が3日ほど続いてじわじわと体力が削られたのがきつかった。しかしもっとばきばきに熱出た話とかも耳にするのでまだマシだったのだろうとは思う。

ひとつずつ症状が落ち着いて、メンタルはともかくからだはひとまず不調を脱したくらいのタイミングで、ステッパーで有酸素運動をはじめた。いちにち15分~20分は続けるようにしている(ほんとうは20分以上やらないとだめなんだけど、それはそれとして……)。汗をかくのはよい。そもそも起き上がってなにかできるというのにちょっと回復を感じて安心する。自分のからだが動く、その再確認みたいな。ほんとうは泳ぎに行きたい。でも水着なんか、どこやったっけな。探したらあるはずなんだけど。

Instagramで手書き日記? 手書きのなにものか? をやっていて、いつまで続くかな~とか思ってたらまあまあ続いている。それが証拠に、手元にあった使い所のない大量の無地のルーズリーフがどんどん消費されていく。もしかしたら手書き日記用にあたらしく買ってくる必要があるかもしれない。なんてことだ。書き損じたら次のページに、というのを繰り返しているし、書いたけどこれはあんまりだな、というのは撮影すらしていなかったりするので、Instagramのアカウントで見れる分量とはけっこう差があると思うけど。

さいきんよくチャイをいれている。もともとカレーをつくるためにチューブのしょうが、ホールのクローヴとカルダモン、黒胡椒あたりが揃っていたから、あとは茶葉とミルクとシナモンスティックがあればいつでもチャイをいれられる状態にはあったのだけれど、いかんせん、めんどくさかった。しかし最近カレーもめったにつくらなくなったし、スパイスの消費期限もあるから使わないと無駄になる。しょうがねーなと思って久しぶりに材料を揃えてつくってみたら、はまってしまった。小さめの鍋に湯をわかしてスパイスと茶葉を目分量で入れ、いい具合に煮出せたらミルクをいれてひと煮立ちさせる。味付けは砂糖たっぷりにするのがよいのだろうけどここはパルスイートで。最近、納豆ご飯みたいなのばっか食べていて、たまに思い立って常備菜をまとめてつくるとき以外は自炊らしい自炊はぜんぜんしなくなってしまったので、このくらいのめんどくささならまあ、日に一度あってもいいかな……みたいな感じ。

不調からだろう、おそらくひどく認知能力が落ちていて、日本語の文章を読むのも難儀で、英語の文章なんかもってのほかみたいな状態になっており、DeepLの助けを借りてなんとかやっている。DeepLをめぐる評価についてはいろいろ思うところがあって、もちろんDeepLは人びとが思っているほどは翻訳が適切ではないという前提があったうえで、原文と訳文の対照だけをもって「ここがおかしい、使い物にならない」みたいな評価はちょっと不可解だと思う。DeepLがいいのは、カーソルをおいた文について、訳文が原文のどこに対応しているかをハイライトでちゃんと表示してくれるところで、これはGoogle翻訳とかだとやってくれないと思う(方法はあるのかもしれない……)。よく指摘されるごっそり原文がなかったことにされる問題もこうした機能を援用しつつ並べて見ればわかるだろう。DeepLでもGoogle翻訳でもPapagoでもなんでもいいが、入力に対する出力の精度だけじゃなくて、機能やインターフェースを含めたサービス全体を考えないと「機械翻訳の使い方、機械翻訳との付き合い方」をめぐるノウハウが置き去りにされてしまうのではないか。それってすごく不健全だと思う。

もとより集中力が低く認知能力がまだらなたちなところに調子悪くて頭が働かなくなってきて、Kindleなどのありがたみを感じている。Kindleさまさま、PDFさまさま、ウェブページさまさまという感じ。元気なときは紙の本をごりごり読めていたし、そっちのほうが読みやすいじゃんと思っていたのだけれども、調子のわるい最近はKindle(PCも、Paperwhiteも)のほうが、文字の大きさや「読みかけ」状態の維持とかで軍配があがる。あるページまで読んで一瞬だけ調べ物したいみたいなときに「しおりはどこだ~」とかやらんでいいし。これは多動あるあるだろうか。ウェブサイトも読みやすさがデザインでかなり変わるので、ブックマークレットや拡張機能、あるいはリーダーモードを使ってなんとかやっている。文字を読むのがすっかりむずかしくなった。しかし見え方を自分向けにカスタマイズできれば人並みにはもっていける。ちなみにこのブログはまあまあ自分が読みやすいようなテンプレを使っている。ワンカラムでサイドバーがないのは、そこに情報があると気が散って集中できないから。とかね。文字の大きさとかフォントも、もっとこだわりたいものだけども。

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ミニキーボードスタンドをスタンディングデスクがわりにしている

絶不調である。9月の頭からいきなり腰痛を発症し、腰痛がひいたと思ったらワクチンの第一回接種で地味に長引く副反応に悩まされ、並行して頭痛もひどくなり、もんどりうっていたら9月終わっていた、みたいな記憶がある。なにやってたっけ。部屋の掃除や整頓をえんえんやっていた記憶がある。あと資料を淡々とスキャンして整理したり……。ろくに本も読んでなければ音楽も聴いてないじゃないか。気づいたら10月。もう5日だよ。はかなむよねぇ、自分の生活と人生を。穀潰しじゃん。でも死なない限りマイペースでやっていこうと思う。だめな人はだめな人なりにずるずると……。まあ「死なない限り」がくせものなんだけど。死ぬときは死ぬから。

で、腰痛が怖くなったのでいろいろと作業の環境を調整していて、特にデスクまわりをどうするか試行錯誤していた。デスクにラップトップスタンド(ちなみにHARCULESの折りたたみスタンド(Amazonアフィリンク注意)です。折りたたみだけど丈夫でよい。値段は張るけど……)を置き、そこに小さな天板を置いてスタンディングデスクもどきを一度つくってみたら思いの外調子がよかったのだけれど、四六時中立ってるのもさすがに嫌だし、使うときにいちいち机上を片付けて準備して……ってめっちゃだるい。

いろいろ考えた結果、ミニキーボードスタンドを使うのが準備も後片付けも楽だということになった。Amazonで3,000円しないくらいで買える(アフィリンク注意)し、サウンドハウスで他のちょっとしたお買い物と一緒に買ったらもっと安い。ちなみになぜか自分は2台持っている。

最初はキーボードスタンドにキーボード(文字入力のほう)とトラックボールをのせて「これじゃん」って思ってたんだけど、作業自体はサブマシン(6年くらい使ってるLenovo Thinkpad X250)でも別に十分できるな~と思ってサブマシンをスタンドにのっけるミニマムなセッティングに落ち着いた。デスクに向かっているときはいろんな誘惑があるので集中する作業のときはいっそ背を向けたほうがいいくらいだ。それにThinkpadのキーボードは打鍵感も慣れているしトラックポイントが最強なのでなにも問題ない。むしろ強いまである。

↑これが……

↑こうじゃ。

ミニキーボードスタンドのいいところは奥に向かって傾斜がつけられるところで、これで手首がかなり楽になる。たまにキーボードを手前に向かって傾斜をつけるのが手首にいいと言っているところを見るけど、当然ながら手首を変に反らせるよりは脱力できたほうがいい(なんとこないだ広告で見かけた。負担かかる使い方を推奨して商品を売りつけるのやめて~)。ただディスプレイの位置が嫌というほど下がるので首の負担になる可能性はある。

問題はそれなりに設置場所をとることで、三脚式になっているから天板の見かけ以上に足元のスペースがいる。でもいいっすよ。クラフトワークみたいで。

しばらくリハビリ的に身辺雑記を書きます。あと最近Instagramで手書き日記やってます

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最近ステムの公開みたいなのが多い気がする

Courtney Barnettがオフィシャルサイトでステムプレイヤーを公開したという話をみた(ステムプレイヤーはこちら)。すこしレトロなミキシングコンソールを模したインターフェイスで、各パートの音量調節とミュート&ソロ、さらに自由に範囲を設定してループさせる機能もついている。タイムラインには楽曲の構成も記されていて、なんというかかなり「教育的」な印象を受ける。これだけでもじっさいいろんなことができる。ミックスを変えるのも楽しいし、各パートだけをソロで聴いてみるというのもいい。

最近、ステムを配布したり公開しているアーティストって割といて、Kanye Westが『Donda』のステムプレイヤーを販売するとかしないとか、black midiが『Schlagenheim』のときにステムデータを配布してたりとか、100 gecsもステム配布やってたと思う。日本だとOfficial髭男dismがステムプレイヤーをウェブ上で公開(こちら)している。なんかほかにもあったかも。多いってほどでもないか。

そもそもステムというのは、納品されるステレオミックスと制作過程のマルチトラックの中間みたいな状態のことで、録りためた素材をミキシング作業のためにある程度整理してまとめたものだ。ステムにする前の状態はパラという(はず)。ポップ・ミュージックのみならず多くの音楽が録音芸術として鑑賞される現在、ミキシングそのものも作品を構成する要素のひとつと考えられるようになっているから、ステムを公開するということは、完成前の作品をいじらせるみたいなところがある。

まあそれ自体は一見興味深そうではあれ実はどうでもよくて、ステムプレイヤーみたいなことがなんで可能になっているのか? なんでちょくちょく見るのか? っていうのが気になる。

まずステムの配布についていえば、大容量のデータをやりとりすることが当たり前になってきたことが大前提にあるだろう。加えることがあるとすれば、DAWが普及して、ユーザーコミュニティとリスナー層がいいかたちで重なっているのが追い風になっているのでないか。さらに、分析的に聴きたいとか、パートごとに聴いてコピーしたいみたいなニーズも考えられる。リスナーであると同時に(プロ・アマ問わず)ちょっと作ったり弾いたりしますよ、という人にとってステムはクリエイティヴィティを刺激する素材であり教材みたいなものだ。ミュージシャン自身がそうした恩恵にあずかってきた世代になってきているのも大きそう。つまりプロモーションに限らず、そのようにサウンドに埋め込められた知識をシェアしたい、というモチベーションがありうるということだ。

一方、ステムプレイヤーの場合。Courtney Barnettやヒゲダンの例がそうだけれど、それなりの音質のオーディオファイルをブラウザ上で読み込んで同期再生し、リアルタイムで操作できる、それだけの技術が普及していることが大前提となる。一昔前ならAdobe Flashなんかでやってたんだろうけれど、外部プラグインなしにブラウザネイティブでそれができるようになったのって結構大きいのかな。これはデータ自体の配布よりもステムに触れるハードルを下げうるので、必ずしもプロダクションに通じていないリスナーにとっても興味深い体験を提供することができる。

いずれにせよ、ある種の「教育」的側面、あるいは言い方がよくないなら土壌をつくって耕すみたいな側面をもった試みであって、必ずしもそれがセールスに結びつくということはないかもしれないが、いろんな意義が考えられる。なかでもテクノロジーを通じた独習(AbletonのLearning Musicみたいな)は大きなひとつだと思う。

ついでにふと気になるのは、ステムとかマルチトラックの権利ってどういうふうになってんだろ? というところ。たとえばプロジェクトファイルに原盤権って及ぶの? ステムって権利関係どう処理してんだろうね。

どうでもいいメモでした。

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