2023年4月から、大体月イチペースでSimon ReynoldsのRetromania: Pop Culture’s Addiction to its Own Pastの読書会をオンラインで開いていた。以前開いていた読書会の延長ということで、「ポプミ会アドバンス」とした。日本語のてごろな文献ではなく、未邦訳の文献を読むからちょっとモチベが高めのひとじゃないと大変そうだな、という思いもあり、「アドバンス」。
アブストラクトなサウンドコラージュやチルなローファイ・ヒップホップ、ときにはヴォーカリストとコラボレーションした歌モノまで多彩かつユニークなディスコグラフィを持つ音楽家/ビートメイカー、TOMC。その作品はもちろんのこと、意表をつくようなテーマで編まれた批評精神に富むプレイリストや文筆活動も注目を集めている。東京という都市を主題に、ユングの性格類型を骨格としたコンセプチュアルなアンビエント作品『Music for the Ninth Silence』をリリースしたばかりのタイミングで、多方面にわたる活動の原動力について話を聞いた。一部にはフリーの波形編集ソフト・Audacityを駆使した特異な制作スタイルでも知られるTOMCの音楽への姿勢は、想像以上にラディカルで、まっすぐなものだった。
コンピを聴き漁る少年がビートメイカーになるまで
音楽の原体験についてまずお聞きかせください。
幼少期に、親が買ったけどあまり聴かれていないままのコンピとかレコード会社単位のボックスセットが家にいっぱいあったんです。それを好奇心からいろいろつまみ聴きする中で、音楽が好きになっていきました。日本の音楽だと、例えば日本コロムビア10枚組とか、カシオペア辺りのフュージョン方面を海・夜などシチュエーション別にまとめた7枚組とか。いまメディアに寄稿していたり、プレイリストを作っているようなポップス全般への関心の原体験だったと思います。そのなかにはシティポップに通ずる70年代後半のクロスオーバーっぽいテイストを持ったものもたくさんありました。他にも、アメリカのオールディーズものや、10ccの「I’m Not In Love」が入っているようなUKポップスのヒット曲集であったり。「コンピっていろんな曲が知れて便利だな」と思って、「NOW」とか「MAX」みたいな、お小遣いの範囲内で安価に手に入るシリーズを中古CD屋で漁るようにもなりました。
大学の時にバンドマンをやっている友達がいて、「そんなに音楽に詳しいならつくってみれば?」と言われて。とりあえず、よくわからないままフリーソフトを調べて、そのなかに今でも使っているAudacityがあったんです。当時、World’s End GirlfriendさんのレーベルVirgin Babylonなどからリリースされているcanooooopyさんというビートメイカーの方がGaragebandだけで音楽をつくっていて、当時「フリーソフトだけで音楽をつくる人」とプッシュされていて。「こういう人もいるなら自分もAudacityでやっていけるかもな」と思ったんです。
前提として、『Reality』はヨシカワミノリさんの貢献が非常に大きな作品です。曲作りも歌もとても才能がある方で、世に出るチャンスをいっぱい持っていらっしゃるんですが、そのきっかけを掴みつつあるなかで、たまたま一緒につくる機会があったんです。2曲くらいつくって、最初のものは世に出ていないんですけど、次にできたのが『Reality』の最後に入っている「I See You」という曲です。
ニック・ドワイヤーのドキュメンタリーシリーズDiggin’ in the Cartsが公開されたのは2014年。だいたい2010年代なかばから、ビデオゲームのサウンドトラック=ゲーム音楽を「ゲーム」や「音楽」の下位概念というよりもそれ自体を豊かな文化として評価していく言説が増えていく。1日本でもゲーム音楽にフォーカスした書籍が増えていくのがこのくらいのタイミングだと思う。『「スーパーマリオブラザーズ」の音楽革命』が書かれたのは、そうした過渡期といえるだろう。
しかし、ハードウェア的な制限をふまえたうえで、オーソドックスな楽理分析によって近藤浩治の作家性を浮き彫りにしていくところが本書のおもしろいところのように思う。その点では、ゲーム作曲家のニール・ボールドウィンとの対談が印象的だ。そこでは、「西洋」の技術的トリックを駆使したスタイルと対比されるかたちで、近藤の、クラシカルな対位法やハーモニーの手法に裏付けられた洗練が評価される(pp.50-51)。この対談を通じて、シャルトマンは「スーパーマリオブラザーズ」の音楽に「転用可能性」――特定のハードウェアにとどまらず、さまざまなメディアに転用 transfer されていくポテンシャル――を見出す。
そのドラマーであり、アレンジやサウンド面のプロダクションの要を担ってきた高橋アフィが、Forever Lucky名義にて初ソロ作『UTAKATA NO HIBI』を2021年11月にリリースした。ビートテープ(ヒップホップなどのビートメイカーが自作のインストをまとめたもので、現在もしばしばカセットテープで流通する)にオマージュを捧げて編まれた本作は、ざらついたドラムのテクスチャが独特の雰囲気を漂わせる快作。軽やかで気取りないサウンドながら、浮遊するようなリズムとコード感に引き込まれる。
もともと高校時代吹奏楽部に入って、そこで打楽器に出会ってドラムを始めたのがきっかけですね。バンドをやりはじめたのも高校からで、はじめは普通のロックバンドが好きで、コピバンをやっていました。高校3年生ぐらいのときにはフリー・ジャズとかノイズにすごいハマって。自分もやってみようとするんですけど、そのライブっていうのが、盛り上がらない……(笑)。自分たちが下手だったこともあって、本当に「なんでやってるんだろう」っていう辛いライブが多かったです。一方その頃、ヒップホップとハードコアにもハマって、Struggle for PrideやTHINK TANKのライブによく行ってました。自分でもやりたいけれど、それならドラムじゃない方がよいかもと悩んでいました。
そんなある時、Struggle for Prideのライブの対バンで、Vermilion Sandsというダブバンドを観て、「あれ、ダブって、どの音楽よりも音量デカいかも」と衝撃を受けたんです。その流れでHeavy Mannersのライブも見に行ったら、信じられないくらいデカい音が鳴っていて、かつドラムやベースが中心の音楽で、お客さんも楽しそうに盛り上がっているしという踊っているライブを初めて観て。そこからレゲエとかダブをやるようになり、紆余曲折あって今、という感じですね。
(ジャズ系ライター・評論家の)柳樂光隆さんがハイエイタス・カイヨーテのドラマー、ペリン・モスにインタビューした記事があって(ハイエイタス・カイヨーテの魔法に迫る 音作りのキーパーソンが明かす「進化」の裏側 | Rolling Stone Japan)。そこで「ドラムを小さく叩いてマイクを思い切り近づけることでラウドな感じになる」と言っていたのを読んで、実験として自宅でドラムを叩いてみるようになりました。家に防音設備がないので、話し声ぐらいの音量で……いま話している音量(今回の取材はリモートで実施)と同じぐらいになるように叩いて、そこからマイクの距離とプラグインで音を上げていくんです。録音も、MacBook Proの内蔵マイクを使っています。大きな音を出すと割れちゃうので、ぎりぎり割れないくらいの、囁くような音量で叩いて録音しました。