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【お知らせ】10月5日(土)『リズムから考えるJ-POP史』刊行記念イベント ~J-POPのリズムを分析する〜 @ CAVA BOOKS(出町座フリースペース)

関西でも『リズムから考えるJ-POP史』刊行記念イベントの開催が決まりました。その名も「『リズムから考えるJ-POP史』刊行記念イベント ~J-POPのリズムを分析する〜」10月5日(土)19:30~京都出町座フリースペースにて。関西ソーカル主宰の神野龍一(@shen1oong)さんのサポートをいただき、本書の内容について突っ込んだトークができればなーと思います。東京でのtofubeatsトークは本の内容に触れつつ放談という感じになりそうですが、京都でのトークはもうちょい理屈っぽい話になるかもしれません。開催日の時点ですでに発売はされていますが、いくらかこちらで持っていくつもりです。参加費は500円、要予約です(こちらのフォームから申し込みをお願いします。)。

『リズムから考えるJ-POP史』刊行記念イベント ~J-POPのリズムを分析する〜

10月5日(土)
出演:imdkm、神野龍一
会場:出町座フリースペース 京都市上京区三芳町133
開場:19:15/開演19:30(21:30終演予定)
参加費:500円
要予約、Googleフォームよりお申し込みください。

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【お知らせ】9月25日(水)『リズムから考えるJ-POP史』刊行記念トークイベント@渋谷ユーロライブ w/ tofubeats

私の単著『リズムから考えるJ-POP史』(blueprintより10月3日(木)刊、全国書店のほかAmazonで予約可の刊行記念イベントとして、本書に解説文を寄せてくれたtofubeatsとのトークを開催します。9月25日(水)19時~、ところは渋谷ユーロライブ前売1,500円/当日2,000円。と「がっつり金とるんかい!」という感じになってますが、本書の内容を踏まえたうえで、あるいは思いきって逸脱して、まあなんとかお代をいただくぶんは実のある話をできればと思っています。話が達者な(そして解説文もまっとうに書いてくれた)tofubeatsが相手ということで、ダダスベりという事態にだけは陥らないでしょうが……。現在考え中。

ちなみに、当日は書籍の先行販売もします。なんと一週間以上早く! ゲットできる! ちなみにチケット代とは別だぜ!(すまんな)

『リズムから考えるJ-POP史』刊行記念トークイベント

9月25日(水)
出演:tofubeats、imdkm
会場:ユーロライブ 渋谷区円山町1-5 KINOHAUS 2F
開場19:00/開演19:30(21:00終演予定)
チケット(前売)1,500円/チケット(当日)2,000円
前売チケットの購入はPeatix(要会員登録)、もしくはGoogleフォームから予約も可。

これは計画中ですが関西でもイベント打てたらな~と思ってます。割と告知急になる可能性あるので関西圏のかたよろしくです……。

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カーク・ウォーカー・ダグラス『カニエ・ウェスト論 《マイ・ビューティフル・ダーク・ツイステッド・ファンタジー》から読み解く奇才の肖像』池城美奈子訳、DU BOOKS、2019年

 このところJ Dilla Donuts を題材にしたジョーダン・ファーガソンの著作やAphex Twin Selected Ambient Works Vol.2 を題材にしたマーク・ウィーデンバウムの著作など、次々と翻訳紹介が進んでいる英Bloomsburyの人気音楽叢書、33 1/3。ラインナップはすでに膨大なものでなかなか玉石混交という話も聞くが、「一枚のアルバムをピックアップして、アルバムと同時にそのミュージシャンのキャリアまでを一冊かけて評する」というスタイルはキャッチーで興味をひく。

 次訳されるのはなんなんやろか、と思っていたらKanye West My Beautiful Dark Twisted Fantasy (以下、MBDTF)を切り口にカニエ・ウェストを語り尽くした一冊が、池城美奈子訳で出た。それがカーク・ウォーカー・ダグラス著、池城美奈子訳『カニエ・ウェスト論 《マイ・ビューティフル・ダーク・ツイステッド・ファンタジー》から読み解く奇才の肖像』(DU BOOKS、2019年)だ。ちなみにご厚意によりご恵投いただきました。ありがとうございます。

 カニエはいまなおクリエイティヴィティもお騒がせ度も延々と高め続けるアメリカを代表するラッパー/プロデューサーではあるが、その音楽性を微に入り細に入り論じた評論というのを日本語で読む機会は少ない。ともすればゴシップ的な消費をされかねないところに、この訳書が発売された。満を持して、というところだろうか。ちょうど次のアルバムらしき作品の情報がキム・カーダシアンのSNS経由で発表されたところだし。

 本文について率直に言うと、面白いのだが、単純に文章がむちゃくちゃ読みづらい。音楽のみならずアメリカのハイカルチャーからローカルチャー、あるいはヨーロッパの近現代美術の知識までを総動員しながら、もってまわったレトリカルな語り口でMBDTFの音楽性、メッセージ、ヴィジュアルまでを読解して評価していく。訳者があとがきで指摘する通り、「学者肌の音楽好きが、読みやすさを度外視して過剰な知識と語彙力、想像力を駆使した論文のような本」(p.198)である。

 カニエの、そしてアメリカの(SNS時代以前から)抱えるナルシシズム。あまりにも過剰で、それゆえに断絶や矛盾を抱え込んだ音楽性それ自体が持つ現代性。そしてカニエのアーティスティックな妄執が生み出す言葉やイメージの的確な読解。トピックの選び方も分析・解説の手際もおもしろい。読み手に優しく懇切丁寧にこのアルバムの魅力を伝えよう、などとは毛頭思ってなさそうだが、アルバムの面白さをしっかりと論じきっているのはたしかだと思う。Yeezusをめぐる評価は個人的には(池城さんも言ってるが)どーかなと思ってしまうが。

 訳語のチョイスというかニュアンスがわからないところもいくらかあったのでKindleで原書も買って(1000円くらいです)見たんだけれど、「原文だったらわかる(=訳が悪い)」というわけでもない、わかりづらい文章だった。これはしょうがないと思う。おひとりで訳しきったのは結構な仕事だったのではないだろうか。具体的にめんどくさいところはちょっとだけあとで書いておくがここはひとまず。

 やっかいな本ではあるのだが、読み切ったあとにあとがきで池城さんによる本書への評価を読みひといき。そしてゼロ年代を通じたカニエ・ウォッチャーとして彼の仕事を目の当たりにしてきた池城さんによる、当時の記事をひっぱりだしてきて再考することで浮かびあがらせようとする充実したあとがきの内容がよい。これがなかったら相当きつい本かもなあ。と思う。もちろん「本文よりあとがきのほうが~」などというつもりはない。単純に、ぐぇーっと思いながら読み切ったあとに登場する池城さんの文章の安心感。そしてあとがきに盛り込まれたたしかな情報量。両輪あってこそだろう。価格も手頃(2000円弱というところか)だし、おすすめです。

 ところで件の「めんどくさいところ」。だいたいめんどくさいんだけれど、個人的な関心に引き寄せて2点ほど挙げておく。むちゃくちゃ重箱のスミみたいな話なのでそういうの好きな人向けに。

 まず、アルバム各曲毎の議論に移る前、いわば総論に当たる部分で披露されるアートフォームとしてのコラージュが持つ今日性に関する議論は、内容に新規性があるというわけではない(むしろなんか古臭い)にせよ、サンプリングという技法を考察するうえで必要な論点を提示している。しかし重要であればあるほど凝った、もってまわった話し方をするくせがあるのか、訳がいきおい意訳を差し挟むことになるのは致し方ない。ので、仮にある程度厳密な理解を求める人であれば原文もあたったほうがいいと思う。一冊訳しきるような仕事は無理でも(そう思うとやはり池城さんのかけた労力は凄まじいし畏敬の念を抱く)、1パラグラフとか1文くらいの精読だったらシロウトでもあるていど歯がたつ。

From the heyday of Dadaism and Cubism onward, the most effective collagists, with materials as varied as industrial detritus, voicemail messages, and ATM surveillance footage, have used discontinuity to mirror indwelling ideas about art. Through collage, the artist insists on exemption from generic mandates and programmatic techniques, freeing himself to intuit undiscovered possibility.

Graves, Kirk Walker. Kanye West’s My Beautiful Dark Twisted Fantasy (33 1/3) (p.41). Bloomsbury Publishing. Kindle 版.

 いや、まあ、言ってはみたものの、上記のように原文でもいきなりピカソやらダダの話をしだすので大変である。書く方は自分の考えの赴くままに筆を走らせたのだろうが読む方というか訳者は…… いや、ちかぢか単著を出す身としてあまり偉そうなことは言えないのだが。 訳してみるならこうなる。

ダダイズムとキュビズム真っ盛りのころからこのかた、目立ったコラージストたちは、産業廃棄物、ボイスメールのメッセージ、そしてATMに設置された監視カメラの映像まで多様な素材を携え、不連続性を使って、芸術に関する内に秘められた理念を忠実に映し出そうとした。コラージュを通じて、芸術家は〔芸術家に託される〕ふつうの使命とか予め定められた技術から自由であることを求め、いまだ発見されていない可能性を直感するために自らを解放したのだ。

前掲箇所を拙訳

 池城さんの訳は基本的に文意を反映しているものの、ところどころ日本語としての通り方の問題もあってか目的語や補語、主述を入れ替えて意訳している部分が多いと思う。すると「 不連続性を使って、芸術に関する内に秘められた理念を忠実に映し出そうとした have used discontinuity to mirror indwelling ideas about art」が「芸術が内包するアイディアの不連続性を映し出した」(p.72)と各語の統語上の関係がやや崩れている箇所がある。これを日本語の読み物としての体裁と本文で展開される議論への細部まで漏らさぬ厳密さの天秤と思うとやはり難しい。翻訳は難しい……。

Only through the personal act of selective appropriation, the collagist asserts, can we find what we never knew we sought – the elusive pattern inscribed within chaos, the harmony encoded in noise. As a mode that celebrates fragmentation and obscurantism, is there a form of art more commensurate with life in the twenty-first century?

Graves, Kirk Walker. Kanye West’s My Beautiful Dark Twisted Fantasy (33 1/3) (pp.41-42). Bloomsbury Publishing. Kindle 版.

 2,3文飛ばして、ダダイストにシンパシー持つ者として深く共感したのがこのくだりで、まあ共感っていうかダダイズム(偶然性、あるいは後のシュルレアリスムにおける無意識概念とか)をめぐる議論の定番っていう感じの話だから、わざわざ「コラージュこそが21世紀の芸術だ!」みたいなことを言われても「んなもん20世紀から、あるいは19世紀からずっとそうなんですが」と思うのもたしか。しかし、それがカニエ・ウェストというこのうえなく21世紀的でアメリカ的なペルソナや作品と結び付けられるのは単純に面白い。一応訳するとこうなる。

コラージストたちの主張するところでは、選択的な盗用 appropriation という個人的な行為を通じてのみ、私たちは自ら探していたことすら気づいていなかったなにかを見つけることができる――カオスのなかに刻み込まれたつかみどころのないパターン、ノイズとしてエンコードされたハーモニーを。断片化と意図的な蒙昧を言祝ぐ様態として、これほど21世紀の生活にふさわしい芸術の形式というものがあるだろうか?

前掲箇所を拙訳

 池城さんの訳だと、「混沌のなかに刻まれたとらえどころのないパターンや、ノイズに埋められたハーモニーだけを通して、私たちは探していたことさえ気がついていなかったものを見つけるのだ」となっている。これが「誤訳」と断言できるほどの確信はないが、ダダイズムやシュルレアリスムなどの歴史的アヴァンギャルドの思想から考えて、”what we never knew we sought”とダッシュで繋がれた”the elusive pattern inscribed within chaos, the harmony encoded in noise”は同格ととったほうが良いと思う。そんなもの、探していたなんて思ってなかったけど、カオスやノイズのなかに思いがけない美ってあるんだねえ! みたいなのがダダイズムや同時代のアヴァンギャルドたちの発見のひとつだから(とても雑で不正確な説明ですが)。

 多分こういうことが言いたいんだろうなと思いつつも、もうちょっとわかりやすく書いてもいいのに。めんどくせぇな……と思いませんか。ワタシが怠惰なだけかも?

 もう1つ。「Runaway」を分析した章は、カニエのアーティストとしての方法論、とりわけサンプリングという技法に関するカニエの卓越を論じていておもしろく読んだ。特に次の一節は詩的な隠喩も効いてなかなかぐっときたものだが、どう理解して日本語に落とし込むべきかはかなりめんどくさい。ここについては池城さんの訳は順当ではあると思うけれど一応原文もみて、そのまだるっこしさに触れてみる。

Forget Walker’s drum lick. Time is the funky march, the syncopated breakbeat played back to you at odd tempos by your memory. Time samples your life, compresses and extends and loops whole chunks of it. Time can amplify the overtones of a long gone lover’s sigh, rewrite the lyrics to your marriage vows. Manipulating the shape of our experience, time heals our wounds by changing the way we remember them. The site of today’s demoralizing collapse is the groundbreaking for tomorrow’s greatest triumph.

Graves, Kirk Walker. Kanye West’s My Beautiful Dark Twisted Fantasy (33 1/3) (p.95). Bloomsbury Publishing. Kindle 版.

 比喩まみれ、関係詞も大胆に省略してカンマで言いたいことをつないでいく文章だ。しかし、そもそも時間と記憶の関係自体がサンプリングという技法と深く結びついていることを鮮やかに示している。めんどくさい書き方もこういう魅力がたまにある。強いていえば池城さんの訳で「シンコペートするブレイクビートは……再生される」(pp.145-146)となっている部分は、めちゃくちゃ細かいんですが、前後の部分と合わせて、「時の経過はシンコペートしたブレイクビーツであり……」などと主語を揃えてもよかったのではないかと思う(カンマを挟んで2つの句は同格だと思うので)。しかしもはやそれは個人的な好みだろう……。一応拙訳。

「ウォーカーのドラムフレーズはおいておこう。時間こそがファンキーな行進であり、時間こそが、あなたの記憶が奇妙なテンポで再生して聞かせる、シンコペートしたブレイクビーツなのだ。時間はあなたの人生をサンプリングし、そのかたまり全体を圧縮し、引き伸ばし、ループさせる。時間はずっと前に去った恋人のため息が湛える倍音を増幅させることもあれば、歌詞を自分の結婚式での宣誓の言葉に書き換えることもある。私たちの経験のかたちを操作し、私たちの記憶のあり方を変えてしまうことで、時間は私たちの傷を癒やす。こころを挫くような破滅の跡に今日見えるものは、明日の偉大なる勝利への地ならしでもある。」

前掲箇所を拙訳

 サンプリングという技法は過去のサウンドをそのまま引用したり、切り刻んだり、引き伸ばしたり、早回し/遅回しすることで独特のテクスチャをつくりだす。それは音響的な操作であると同時に、人間の築いてきた歴史や個人的な記憶に対する操作でもある。だとしたら、そもそも時間の経過のなかに生きるっていうのはサンプリングのプロセスのなかに生きるみたいなことだ、と。

Kanye understands this principle, experiments with it. His best samples play with the idea of time’s weirdness, its transformative irony, discovering the sonic vernacular of the future in the scattered potsherds of the past.

Graves, Kirk Walker. Kanye West’s My Beautiful Dark Twisted Fantasy (33 1/3) (p.95). Bloomsbury Publishing. Kindle 版.

「散乱する過去の陶片 the scattered potsherds of the past 」に「未来の音響言語 the sonic vernacular of the future」を見出そうとするカニエ、ちょっと違うけどベンヤミンの「歴史の概念について」に出てくる歴史の天使を思い起こさないでもない。過去の残骸を拾い集めながら未来の言葉を紡ぐ、というのは歴史の天使のあまりの無力さに対してややロマンティックではあるものの、歴史の連続性を退けてあえてアナクロニズムの方へ向かうサンプリングという技法を考える上で、著者が考えていてもおかしくはなさそう。

 とまあ部分部分を深入りしてみたが、こうした個々の議論がカニエ・ウェストという人、そしてMBDTFという作品の全体像を描いていく様子はやはり面白い。アルバム聴きながら、できればSpotifyやYouTubeで片っ端から参照しつつ、もっと欲を言えば原書も年のために揃えて、読むとベリーナイスかもしれません。

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初の単著『リズムから考えるJ-POP史』(blueprint刊)のお知らせ

 わたくしimdkm(イミヂクモ)の単著『リズムから考えるJ-POP史』が10月に発売になります。3日には書店に並ぶようです。

imdkm『リズムから考えるJ-POP史』
blueprintより2019年10月3日(木)発売
四六判・二百六十四頁、1,800円+税
全国書店、もしくはAmazonにて予約受付中

 この本はRealSoundで連載していた同名の企画「リズムから考えるJ-POP史」をもとにしたもので、1989年を起点とするJ-POPの歩みを「リズム」という観点から考察する内容になっています。

 重要なポイントで登場してくるミュージシャンをざっと挙げてみると、折坂悠太、cero、星野源、宇多田ヒカル、trf(小室哲哉)、MISIA、m-flo、capsule(中田ヤスタカ)、ASIAN KUNG-FU GENERATION、Base Ball Bear、DOPING PANDA、KOHH、BES、S.L.A.C.K.(現5lack)、DA PUMP、RADIOFISH、サカナクション、UNISON SQUARE GARDEN、宇多田ヒカル、三浦大知…… とまあ、他にもいろいろ出てくるんですが、いわゆる「J-POPの30年がまるわかり!」みたいな本ではぜんぜんないです。あくまで、「このリズムヤバいよね」とか「このリズムってなんだったんだろうね」みたいな発想ありきなので。とはいえ、内容を読むとある程度クロノロジカルにトピックが並んでいるのもわかっていただけると思います。

 どんな話してんの? って言われたらまあ連載をチェックしてみて欲しいところ、しかしよい動画を以前アップロードしていたのを思い出しました。

 まあこういう話を延々一冊やってるようなもんだと思ってください。そうとも限らないですがまあ……。

 とはいえ、一点注意しておきたいところに、リズムといってもいろんなリズムがある、ということ。ドラムやパーカッションが奏でるリズム(ここにベースも加えていわゆる「リズム隊」というのがいわゆる音楽におけるリズム像の定番でしょう)、メロディがつくりだすリズム、あるいは各パートのアンサンブルのなかに浮かび上がってくるリズム、ジャンルに固有のパターン(4つ打ちとか2stepとかね)、時代に固有のパターン……等々、リズムという概念が指すところはさまざまです。この本はある意味で音楽におけるリズムが持つこのあいまいさに思いっきりよっかかっています。でもそれでいいんだ、と思って書きました。なんですかね、時間の感覚を司るものは全部リズムです。極論。

 そのあたりの思いは「あとがき」にも書いたので、まあ、読んでくれッて感じです。

 いつか理論的に整理して…みたいな仕事もできたらいいんでしょうが、そんなん一生モンですよね。本書でも度々参照している佐藤利明『ニッポンのうたはどう変わったか 増補改訂 J-POP進化論』(平凡社ライブラリー、2019年)や、同書で理論的枠組として採用されているピーター・ファン=デル・マーヴェ著・中村とうよう訳 『ポピュラー音楽の基礎理論』(ミュージック・マガジン、1999年)みたいな偉大な仕事であったり、あるいは小泉文夫の歌謡曲論とか、膨大な蓄積を前にして呆然とするばかりですな……。

 そういえば、なんかtofubeatsに解説文を書いてもらってるんですが、これが結構よくて、あの人もっとこういうこと書きゃいいのにと思いました。頼んでみるもんですね。トーフファンの人も必読です。こないだ彼の事務所にお邪魔したときも面白い意見がけっこう飛び出してきました。9月25日に予定されているトークイベントではそんな話もできたらいいなーと思ってます。

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Examining gender (in)equality among four major music festivals in Japan

In February 2018, PRS Foundation launched a campaign named Keychange. By encouraging music festivals to achieve a 50:50 gender balance by 2022, it aims to make the music industry more inclusive and create a better future. Initially, their partners were 45 festivals around the world but now they include more than 130 festivals.

Nowadays, music festivals are the industry’s most important opportunity to reach a major audience. Moreover, as some big festivals started to stream their stages via YouTube, music festivals became not only a place for the live experience but also a crucial platform of the business. So Keychange’s activity is to the point. Festivals could epitomize the whole industry in many ways.

While Keychange aims to create the future, some media is examining the status quo statistically with vivid visualization. In May 2018, Pitchfork published the result of their own research for the festival’s gender equity in America. According to the report, in 2017, festivals’ lineup in the US festivals had 74% male acts, 14% female, and 12% mixed. The next year’s had 70% male, 19% female, and 11 % mixed. For a more detailed investigation, you can read this article.

Then, how’s it going here in Japan?

Since the first Fuji Rock Festival in 1997, music festivals in Japan saw rapid growth throughout the 00s. By the early 2010s, music festivals became one of the most popular leisure activity. This given situation even encouraged some rock bands to invent “Festival Rock,” which features uplifting four-on-the-floor drum beats and sing-along friendly melodies.

Thus, although music festivals have been playing a pivotal role in Japan’s music industry, there are few mentions on gender equality. I couldn’t find statistics on it so I decided to collect data by myself.

There are four major music festivals in Japan: Fuji Rock Festival, Summer Sonic, Rock In Japan Festival, and Rising Sun Rock Festival. The former two are known for their international lineup in contrast to the latter two focus on acts that are based in Japan. I limited the scope of this research to those four festivals’ lineup for the last five years. I scraped those festivals’ web site by Python and checked out each acts’ gender as far as I could find.

Below is what I found.

SUMMARY

  • In 2019, the lineup for major festivals in Japan was 65% male acts and 35% female or mixed acts.
    • Comparing those festivals, it seems there’s no big difference between them as far as concerning male : female (or mixed) ratio.
    • The festival that included the most female acts in 2019 was Summersonic (22%).
    • The festival that included the least female acts in 2019 was Fuji Rock Festival (12%).
  • From 2016 to 2018, the lineup for major festivals in Japan had been 69% male acts and 31% female or mixed acts.
    • Looking at annual changes, there is hardly a particular tendency on the male : female ratio.
    • However, some festivals’ transitions show possible intentions to reduce the male ratio.
      • In 2016, Fuji had 75% male acts and Rock In Japan did 68%. On the other hand, in 2019, the former was 64% (11 points lower) and the latter was 65% (3 points lower).
      • Given that, I’m planning further research for the transition throughout Fuji’s and Rock In Japan’s entire history.

Then, is Japan’s gender equality in music festivals better than the US?

As seen above, Japan’s gender equality in the festivals’ lineup seems a bit better than the US. There might be many explanations for this, but I don’t have any clear opinion now.

Having said that, I am not so optimistic. It’s because Japan’s society as a whole seems very sexist. I’ve been disappointed at our society’s indifference to any kind of gender gap. (One of the most shocking news was this… worth reading. Two more Japanese medical schools admit discriminating against women | World news | The Guardian)

I think the gender ratio I mentioned above is a baseless and arbitrary consequence of the society’s indifference. Even though the score looks better than other countries, it doesn’t mean there’s less gender inequality in Japan. If we don’t consciously deal with the problem, it can be worse in the future.

Anyway, this is merely a score just calculated numbers on spreadsheets. A more precise analysis is needed. I hope this would motivate someone (and help me tidying data…).

Tables

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2019年上半期ベストアルバム&トラックまとめ

2019年上半期ベストアルバム

1. Faye Webster – Atlanta Millionaire Club

 これはほんとうによく聴いた。フォークロックの皮を被ったトラップ、R&B。女性SSWの良作が目立つ昨今でもナイスなバランス。Fatherをフィーチャーした「Flowers」は傑作。Spotify

2. 柴田聡子 – がんばれ!メロディー

 日本では柴田聡子が素晴らしいアルバムをリリース。前作がフォーキーだったのに比べると今作はよりグルーヴが強調され、ファンキーに。「涙」の演奏、間の表現が素晴らしい。歌詞もなにもかも。Spotify

3. 100 gecs – 1000 gecs

 エモラップ? フューチャーベース? バブルガムポップ? PC Music勢を思わせる諧謔精神に、パンク&ジャンク&スカムな暴力性が加わった凄まじい一枚。全曲必聴。Spotify

4. 姫乃たま – パノラマ街道まっしぐら

 地下アイドル活動をやめた姫乃たまが盟友の町あかりとのコラボのほか頭角を現しつつあるSSWを起用しつつ紡いだタイムレスなポップアルバム。長谷川白紙による「いつくしい日々」で泣く。Spotify

5. Léonore Boulanger – Practice chanter

 前作『Feigen Feigen』で北アフリカ~アラブの民族音楽とチェンバーポップを融合させたような特異な楽曲を展開したつぎは、ミュジック・コンクレート的なアプローチを全開に。Spotify

6. Carly Rae Jepsen – Dedicated

 全曲よくできたエレポップで時代の空気感にぴったり、のみならず、サウンドのディテイルが異様に心地よい。ノスタルジーでは済まされない高解像度のスマートなポップス集。Spotify

7. 杏沙子 – フェルマータ

 上半期、ことあるごとに口ずさんでいた「恋の予防接種」。予防接種が効かな~い♪ 気の利いた比喩がぽんぽんと繰り出される洒脱な言葉選びはSSWのなかでも群を抜いている。Spotify

8. dodo – importance

 いびつであるゆえに切実、異形であるゆえに直球。「ナード」とかそんな話じゃないのだ。「swagin like that」以来コンスタントに続くリリースがうれしい。このEPも通過点だろうか。Spotify

9. あいみょん – 瞬間的シックスセンス

 四畳半的、生活感のある語彙にも関わらず、不思議と泥臭さや湿っぽさのない良い意味でのキザっぽさが個人的にはすごく好きなんです。アレンジ陣の仕事も見事。Spotify

10. Mom – Detox

 『PLAYGROUND』から一気にドープさを増して、さながらフォーク少年 meets Frank Ocean的な? 音数の少ないビートにほどよいJみが残るメロ、このバランス感覚は凄い。Spotify

11. けもの – 美しい傷

 けものについては出るものだいたい諸手を挙げて愛してしまうので、入れざるを得なかった、EP。都市をふわふわ散歩するかのような前作と比べてレイドバックした楽曲が並び、エンドレスに聴ける。Spotify

12. Flume – Hi This Is Flume

 カラフルな音色やメロディが生み出す華やかさと相反するかのようなインダストリアルなエッジが効いたビートの組み合わせが素晴らしい。SOPHIEなど客演陣も良い!Spotify

13. Shlohmo – The End

 なにげに今年の空気感がいちばん詰まってるのこれかも、と思う。EDM的なカタルシスともトラップの陶酔感とも違う、じわじわと知らぬ間に高揚させていく展開がユニーク。Spotify

14. never young beach – STORY

 Vulfpeckが細野晴臣を演ったら、という形容が思い浮かぶ。つまりサウンドやメロディに対するある種のフェティシズムがつまってるんだけれど、たとえばスーパーの有線でふと流れてきても耳を奪われる普遍性もある。Spotify

15. Inna – YO

 ルーマニアのシンガー、Innaのアルバムは全曲ややオリエンタル(東欧ですし。あるいはロマ文化か)なメロディが印象的で、かつスカスカなプロダクションが現代的。ROSALIAと並べてもよし!Spotify

2019年上半期ベストトラック(31曲)

 Spotifyにプレイリストつくったので、よかったらチェックしてみてください。上記のアルバムから選んだトラックのほか、シングルでしか出てない曲でもこれは必聴やろ、というのをまとめてます。altopalo、江沼郁弥、KEITA、ササノマリイ、浦上・ケビン・ファミリー(現浦上・想起)、折坂悠太、三浦大知等々、いろいろ。

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People In The Box, Kodomo Rengou (2018)

Honestly, I had very little knowledge about People In The Box until their latest Kodomo Rengou, which was released in February 2018. I was relatively new to today’s Japanese rock music ‘cuz I was crazy in dance music since the late ’00s. However, one of my friends strongly recommended the album, saying that it would be the album of the year. Then I tried listening and soon fell in love with it. I’ve listened to it over and over, even ignoring other new releases.

The album reminded me of some math-rock acts but it had a more physical and active groove. Rather than indulging in sweet and violent tones from the amplifiers, just as some bands do (oops, I don’t blame on them. just for comparison), they play riffs and rhythm patterns with strong clarity. From a note to note, I can hear their intention–how they want them to sound, how they want them to be. The interplay between melodies is dizzying yet compelling me to dance to it. I dare say that it’s like something fusing prog-rock, chamber music and afrobeat.

Their lyrics are also important. With quite simple vocabulary, they often depict the ordinary life around us, especially in Japan’s suburbs. Let me take “町A (Town A)” as an example. In its chorus, Hirofumi Hatano (Vo. & Guitar, who also writes all of their lyrics) sings like this: “huge mall, restaurant, public library, udon noodle stand, book store, bakery, housing, flower shop, ramen stand, shrine, temple, secondhand car shop, room with sunlight.” Most Japanese people may easily imagine such a tasteless landscape. It belongs nowhere, as the title suggests. It has no name. If anything, it can be everywhere. It might be my hometown, or else, someone’s hometown instead.

“This is not heaven, let alone a paradise. / However, this is not hell even. / One night after another / Say, a buffer zone or resting place between nights / This is not heaven; just my hometown” Hatano sings. Ok, this is certainly the mise-en-scene of our everyday life. But how strange, weird, and uncanny is this? It’s like the Brechtian theatre’s distancing effect. It’s pretty ambivalent that the album closes with a song named “僕は正気 (I AM sane)”. Are we still sober or losing our minds in this world?

Hatano deliberately manipulates words and depicts people’s inherent anxiety without any sentimental rhetorics. But it moves my mind so hard that I almost cry when I listen to “かみさま (God)” and “僕は正気”.

The tight groove of the ensemble, the complicated texture of the sound, and the lyrics’ peculiar poesy. This is obviously the best Japanese rock album of 2018.

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ぼくのりりっくのぼうよみ (Bokunoririkkunobouyomi), 没落 (Botsuraku) (2018)

I couldn’t post last Wednesday because I was too busy and tired. One of my distraction then was preparing my dj set at Gampeki Music Festival which would be held at the weekend. I’ve almost quit djing years ago and my skill is not great at all tho, I enjoyed playing. You can hear it on mixcloud.

Today I’d like to write about ぼくのりりっくのぼうよみ (boku no ririkku no bo’yomi, ぼくりり in short)’s 没落 (botsuraku). The title means “fall” or “decay” literally. It was his last album under the name ぼくのりりっくのぼうよみ. He was a young and talented singer and songwriter with a unique voice and thoughtful lyrics, whose music attracted the wide audience. His dance-oriented beat and eloquent vocalization were mellow and youthful at the same time, no other singers had a charismatic atmosphere as his one.

However, suddenly he announced that he would quit ぼくりり, saying that he was exhausted with being a genius. He was also known for somewhat challenging or controversial remarks about Japan’s music industry, media coverage, and music critics. He was like a trickster. So I was suspicious about the statement. It seemed like a staged performance rather than an honest feeling, just aiming a social buzz to promote his new album. Moreover, his tweets following the statement contained some misogynistic phrases like calling some of his fans ババア (“old bitches” or something like that), which was offensive against women. I was disappointed, although his true intention remained unclear.

没落 was released in somewhat uncomfortable buzz. Against my expectations, it was an instant masterpiece which obviously deserved to be his accomplishment as an artist. While his signature style which had jazz-influenced chord progressions and vibrant melodies wasn’t changed, the variety of beats were more diverse than before, from UK Garage/Speed Garage to NY House to Future Soul.

The most surprising thing was like, some songs were like suites telling us dramatic stories, reminiscing Queen’s “Bohemian Rhapsody”. The good example of these was “輪廻転生 (Rin’ne Tensho, Metempsychosis in English)”. Beginning with a simple electro hip-hop beat, the song underwent from Minimalistic chamber ensemble to gospel-like choir with the Prismizer effect which reminded me of Bon Iver or Francis and the Lights. I was very surprised because very few J-POP acts have made a good use of such vocal processing technology (Yasutaka Nakata’s use of Auto-tune is a rare example).

The album was great, but this fact made me wonder why he had to quit the activity like that. It should have been the beginning of the next phase rather than an ending of the career. After his final show, he changed the stage name from ぼくりり to たなか which was one of the most typical family names in Japan. As he appeared some artist’s releases under aliases, it seems that it’s not retirement per se. So I hope someday たなか (or ぼくりり again) would release some materials.

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江沼郁弥 (ENUMA Fumiya), #1 (2018)

Enuma Fumiya’s #1 is his first full-length as a solo singer-songwriter. After the break-up of plenty in 2017, the introspective frontman of the band took some synths and a daw into his hands instead of the guitar. While plenty’s music was characterized by the shoegaze-like guitar noise with catchy melodies–say, very “indie” in a sense–the album was completely rid of such catharsis. It was like something between psychedelic folk and alternative r&b which could be compared to James Blake’s or Frank Ocean’s seminal works. I would say that he was finding another way to express his thought with a great delicacy. And he actually did it.

In the endless reverberation and infinite echoes, his voice tells us how he’s sad and desperate. This sadness once used to be quite dramatic and ecstatic especially when he was with his band, but now it’s more nuanced as he elaborates the sound design. Every sound of the album is deliberately modulated to express feelings that couldn’t be said with words. M9 “take my hands” is the best example I think. The guitar loop is granulated and pitch-shifted voices are haunting the entire song. The song sounds like memories suspended in the air, slowly falling into oblivion.

From this March, Enuma has released three singles which would be featured in the new album. These three songs, “うるせえんだよ”, “偽善からはじめよう”, and “積み木くずし” are more friendly in sound but much more pessimistic in words. FYI “うるせえんだよ” and “偽善からはじめよう” can be respectively translated like “Shut the fuck up” and “Let’s begin with hypocrisy”, both are very shocking as song’s name. However, while he sings about his distrust of the people and the impossibility of mutual understanding, he is also breaking the walls of creativity.

Enuma recently plays his show with a young and mysterious band 木 (ki), one of the most anticipated new comer in Japan. Among music lovers, they’re known for an eccentric and minimalistic approach with a definite pop sense. Their avant-garde pop rendered in a smooth R&B flavor, which is 木’s signature style, certainly resonates with Enuma’s solo works (check out the band’s debut EP Vi below). This collaboration is pretty fascinating to me. I’d like to watch their show someday this year.

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Tempalay, なんて素晴らしき世界 (Nante Subarashiki Sekai), 2018

When I found that RM (from BTS) was listening to Tempalay’s “どうしよう (dooshiyou)” I was very excited since it was one of my most favorite songs then. The song starts with slightly out-of-scale riffs which have a dislocating feeling. After a sudden glitchy edit, the band’s vocalist Ryoto Obara begins to sing with the mesmerizing guitar and the bold beat, embraced by their multi-instrumentalist AAAMYYY’s backing chorus. I was not satisfied with the cheesy vid but I couldn’t help watching it over and over and over. I thought RM might feel the same way as me.

Tempalay is a Japanese psychedelic rock band, whose music apparently resonates with the Aussie star band Tame Impala (oh, their names resembles each other btw). Raw, lo-fi, and strangely chill. Listening to them is like a lucid dream or a psychedelic trip without losing minds. The band was formed in 2014 and officially debuted in 2015 by the EP Instant Hawaii. It took only two years to take ‘em Austin, Texas to play at SXSW 2016. They’ve been so prolific that they’ve released three EPs and two full-length from 2015 to 2018, even they’re gonna release their third full-length 21世紀より愛をこめて (can be translated like From 21st century with love) this June.

なんて素晴らしき世界 (Nante Subarashiki Sekai, which means What a wonderful world) is their third EP which includes “どうしよう” the single mentioned above. As the original bass player Yuya Takeuchi left the band in 2018, the former support player AAAMYYY, who’s also known for her solo career as a beatmaker officially joined in. Since she was not a proper bass player (she mostly play samplers and synths) welcoming her in the band led them a more eclectic sound, featuring a variety of instruments and electronics. For example, “テレパシー (Telepathy)” has 808 in its verse, popping electronic sound effects in the chorus, and AAAMYYY’s rap is also featured in the bridge.

Moreover, you may hear more elaborate and tricky songwriting in songs like “SONIC WAVE”, which has a lot of sudden scene changes, or “Last Dance”, which heavily features metric modulations. Yes. The ensemble is pretty tight. The songs are well-written and playful. I bet their upcoming 21世紀より愛をこめて is gonna be their true breakthrough. Fortunately, they just released a single called “のめりこめ、震えろ。(Nomerikome, furuero.)”, roughly translated like “Lose yourself and shiver”. I’ll listen to it and lose myself as they ask me to do.

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