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カテゴリー: Japanese

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健康と能率(22)

思うところあってわりと久しぶりにフットワークに向き合い、「こんなベースばっか出てる音楽でいいのか?」とはじめて聴いたときみたいな感想を抱いた。クラブで聴きたいよ~。去年から今年でTeklife勢が結構アルバムだしてるのだな。

和田彩花『私的礼賛』、素晴らしい。特徴的な声を活かしつつジャンルにこだわらずポップソングを紡いでいくのがちょっと声優アーティストの作品っぽくも感じる。時代感がシャッフルされている感じとか。釘宮理恵『せめて空を』をなんとなく思い出す。上田麗奈『Empathy』とかも?

フィールドレコーディングと声で構成されたポエトリーリーディング(スポークンワーズ)作品がインタールード的にではなく遊び心ある小品として聴けるというのも良い。そのあたりでくぎみーのほかにLéonore Boulanger『Practice chanter』を思い出したりも……。

ここ3,4日間めちゃくちゃ頭が冴えていて元気にやっていたのだが、昨晩急に不安が襲ってきてそこからオチてしまった。ほとんどなにもできずにぐったりして一日を過ごす。夜に起きててもほんとにいいことがない! どうにかしたい、と思っていたらなんでかブラックフライデーでAuto-tune Accessを買ってしまった。オートチューン実況への道が……。

Auto-Tune AccessのテストのためにStudio One 5を立ち上げて、ついでにちょいっとエフェクトをチェックしてみる。アナログディレイやルームリバーブのUIが変わっている、あとなんか音よくなってない? しばらくネイティヴのエフェクトでいいかぁ……となった。オートチューンなんか買っちゃったし。

最近、ダイソーの3Lか4Lくらい入るウォータージャグに水道水をつめて、電気ケトルでお湯沸かして紅茶なりコーヒーなり淹れて飲むようにしている。別に1Fのキッチンまでいけばいい話なのだが、安いインスタントコーヒーを飲むのにわざわざ階下に降りるのもなぁ……ともやもやしていたこともあり。たまにキッチンまで行ってチャイをいれるのもあり。ミントティーもたまに飲むんだけど濃いめに出ていい値段感のティーバッグしばらく見つからなかったんだけど、KALDI行ったらメスマーのペパーミントティーが手頃な価格で売っていてこれに決めた。Amazonとかで買うより安い。

uamiさんの新譜、歌詞もふくめてわりと一本の線が見える曲が多くてある意味「聴きやすい」かもしれない。でも声と歪みの使い方が絶妙。「灰の在処」とかでギターと一緒に少しブルージー(厳密にブルースかはわからん)な感じに寄るのもおもしろい。そしてなお寸断されるヴォーカル! 過去作も振り返りつつ聴きたい。同時リリースの「zoh」はもっと(おれの思う)uamiさんっぽさがある印象で、そちらもよい。

こないだ出たNNAMDÏのEPはMonobodyでのバンドメイトでもあるLynyn(Conor Mackey)との連名でがっつりエレクトロニックに寄った作品、こういうサウンドで聴くNNAMDÏも良い!

やめようやめようと思いつつTwitterに戻っちゃってたんだけどさすがになにかよくない感じが強くなってきて、閲覧用リストを削除。告知botに戻ります。新譜の話はブログかインスタのストーリーでやります。よろしく。

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健康と能率(21)

Windows標準のテキストエディタ(メモ帳)。Ctrl+マウスホイールで表示倍率をコントロールできるのをいま知った。「手書きしたいけど漢字がわからない」というとき用にクソデカ文字表示ツールがほしいなと思ってたんだけどメモ帳立ち上げてCtrl+ホイールグイッでいけるじゃん、など。

みの『戦いの音楽史 逆境を越え 世界を制した 20世紀ポップスの物語』(KADOKAWA、2021、アフィリンク注意)読んだ。「ポップス」と銘打つわりに8割ロックの話でどうなんだ、とか、どのへんが通史の「アップデート」なのかがあんまりわからない、とか思いつつ、教養本として価値がありそう。なんか新書っぽい(悪い意味ではない)。個人的には音楽の三大要素(メロディ、ハーモニー、リズム)に「音色」を加える、というテーゼの出どころがわかったら、と思って読んだところが大きいのだけどはっきりしなかった。いろんな人が言ってるからなー。リスナー/ミュージシャンとしての実感からきている感じなのかな(おれもどっちかというとそのタイプといえばそう)。「民謡」に代表される「日本らしさ」に無防備なのはやはり気にかかり、しかしそれが「戦後」を起点としがちな歴史認識に対してむしろ連続性を提示しようという意図に裏打ちされているようなのは、行き方としてわかる部分がある。慎重さが求められるトピックだが、たとえば増田聡さんが書いた寺内タケシ追悼みたいな感じの構想なんじゃないか。買っただけで未読のままなのだが細川周平「近代日本の音楽百年」シリーズ(アフィリンク注意。リンク先は第1巻。これだけ持ってる……)もそういう問題に触れるものか。あるいは、大谷能生さんの仕事にはそういう関心がよくみられる。昔から激推ししている『平成日本の音楽の教科書』(新曜社、2019年。アフィリンク注意)に出てくるし、ちょうど読み始めた栗原裕一郎さんとの共著『ニッポンの音楽批評150年◆150冊』(リットーミュージック、2021年。アフィリンク注意)ではこんなことも言っている。大谷さん執筆パートのはず。

先回りして言ってしまえば、洋楽導入以後も、明治・大正・昭和の三代にわたって脈々と流れてゆくこれら三味線音楽[引用者注:江戸時代に育まれた庶民の音楽文化の言い換え]の音感とその言説を、どのように拾い上げ、どのようにこれまでの「音楽批評」の中に位置づけてゆくかが、本書の裏テーマのひとつとなるはずである。

大谷能生・栗原裕一郎『ニッポンの音楽批評150年◆150冊』pp. 17-18.

抽象的な「日本らしさ」を掲げられると引くが、具体的な実践から読み取っていくならば話は別。そう考え出すと、ゆくゆくは「日本らしさ」というひとつの概念に収めるのではなく、むしろ「日本」として(ある種欺瞞的に)くくられるもののなかにある多様さに突き当たることになるのだと思うが。

寺内タケシ追悼――増田聡が綴る、エレキ・ギターを日本に土着化させた〈神様〉の情熱 | Mikiki

これですね。増田さんの寺内タケシ小論。

『戦いの音楽史』に書いてあることの正否については正直わからんというのが本音なのだが(よく聞く話だなーと思って読んでいた)、「えぇ!?」と思ったところはちょっとある。「サンプリングはアメリカだとフェアユースが適用されて著作権侵害にならない」( Kindle の位置No.2516-2522 )とか、Radiohead『OK Computer』について「ギターサウンドからサンプリングを多用した路線へ」(Kindle の位置No.2627)と評していたり、どうなんだろう……。前者は校閲とかの問題でもあるけれど、後者はシンプルにリスナーとしてどうなんだ? と思ってしまう。「あえて」とかそういう感じでもないので特に。。。

テクノっ子だった自分はロックに関心を持ち出したタイミングで「なんだかレディオヘッドというのがバンドなのにテクノとかエレクトロニカをやっとるらしい」と知って(なぜか『Kid A』や『Amnesiac』ではなく)『OK Computer』を聴き、「全然テクノじゃねぇ……」と思ってちんぷんかんぷんだった。まだマイブラとかのほうがわかりやすかった。かといって『Kid A』もテクノだエレクトロニカだと期待して聴いたところで「えぇ……?」みたいなアルバムだけど。かえってホワイト・ストライプスとかのほうが「かっけぇ~!」ってなってた。

寒すぎる。

白菜を1/4玉、豚肉と炒めて食べた。白菜からすごい水出るので片栗粉をまぶしてとろみをつけた。おいしかった。

前回書いた北村紗衣『批評の教室――チョウのように読み、ハチのように書く』(ちくま新書、2021。アフィリンク注意)で印象的だったところはいくつかあるけれど一番「ほんとそれだよな」と思ったのは書き出しについてあんまり凝ったことはしないほうがいいって言っているところで、「私がおすすめしているのは、とりあえず作品の情報を簡単に書くところから始める、というやり方です」(北村紗衣. 批評の教室 ──チョウのように読み、ハチのように書く (ちくま新書) (Kindle の位置No.1426-1430). 筑摩書房. Kindle 版.)とあっさり言う。昔、「書き出しにこだわってもしょうがないじゃん」みたいな話をしたらあんまり反応芳しくなかったことがあって、でも凝った書き出しって必ずしも効果的じゃないと思う。ある程度書いてから、文字数のなかに収めようと思って試行錯誤したり、論旨を明確にするために冒頭を工夫したりして、凝った書き出しみたいなものになることはあるけれど。

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健康と能率(20)

北村紗衣『批評の教室――チョウのように読み、ハチのように書く』(ちくま新書、2021。アフィリンク注意)を読んだ。面白くて一気読み(新書なので読みやすいというのもある)。具体的なノウハウと理念的な話(「べき」論、というか)のバランスがいいのと、「実例/実演であると同時に演習にもなっている」というような構成が随所に張り巡らされていて、そのやり方自体に学ぶところが多い(自分が真似して実践できるとは言っていない)。具体的なノウハウについては、何様だという感じだが「我が意を得たり」と思うポイントばかりだった(これも自分がじゅうぶんに実践できているとは言っていない)。

しかしふと思うのは、たとえば「チェーホフの銃」のくだり(Kindleで読んだのでページ番号を示せないが、「✟トイレには死が潜んでいるので、少しだけパラノイアになろう」の節)やモチーフに着目する手法を解説するくだり(✟モチーフ早見表をつくる)では「繰り返し登場する描写、もの」の例として『007スペクター』の「穿孔と浸透」(前者の節)、タランティーノ作品における「閉所監禁」(後者の節)が挙げられるのだけれど、後者はまだわかりやすいけど前者の抽象化の度合いって結構高いよな、繰り返し見たり触れる作品が多ければ直観的にそうした抽象化のこつはわかるのだろうけれど、そもそもこの感覚ってなんか不思議な感じがする。といって自分がそういうことをやらないわけではない。「すでに見えるものを集めている」だけではなく、そもそもこうした抽象化されたモチーフに気づくことが「ものの見方」の技能なんだよな、みたいな。そういうことを……。

あんまりみんなに信じてもらえないかもしれないけど、Microsoft Edge、意外と細かいところで気が利いていていいです。

朝起きたらStudio Oneのブラックフライデー割引が始まっていたので、いそいそと購入。Plugin Boutiqueで買おうと思ったら使いたいクレジットカードが使えなかったこともありPresonusのサイトから。5からの新機能がどうとかわからないのでなかば義務感から…だったのだけれど、付属EQのバンドが増えて超低域用のができてた。これは地味によい気がする。ほかにもエフェクトで加わったっぽいのがある。まあぼちぼち試していきます……。

海の幽霊 (hirihiri remix)、久しぶりに聴いてやっぱりめっちゃよかった。

おれなんだかマカロニえんぴつが絶妙に好きで、曲のひねりも、サウンドも流行りっぽい感じでは必ずしもないけどいつも面白いことをやっているのも、いいと思う。

「おげんさんといっしょ」見る。星野源についてはわりかしアンビバレントな評価(すごいし重要と思うが好きかというとそうでもない)でおげんさんも眉に唾つけて見るのだがなんだかんだで全部こころがもってかれてしまう。内容もツボだし、現代TVバラエティの作法とちょっとずれている(昭和の和製シットコム的なノリ)のも悪くないし、語り口として、教育的・啓蒙的なもののあり方としてとてもよい。しかし、家族の役割をめぐるジェンダー転倒のコンセプト、果たしてどこまでいけるんだろう? みたいな気持ちもある。なんかもっと、なんていうの、脱構築するようなしかけがあってもいい気がするし、そうじゃないならやめてもいいのではないか。

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健康と能率(19)

家族から近所の温泉の無料券をもらったものの、期限がもうすぐ切れてしまううえに月曜が休み。週末一応やることあるのだが……と迷ったあげく行ってみたら、泉質もいいし温度が低めなのがすごいキマってすばらしかった。露天風呂もある。別料金だが岩盤浴もある。やばいなー。いつも行ってる温泉と比べるとやや高いのだが、岩盤浴じゃなくて温泉だけならワンコインだからなぁ。

きつねはMASCHINEだけど他の芸人はSP-404SX。ポン出しマシーンとしても人気のSP-404だが、MkIIでベロシティセンシティヴになって、ポン出しにはややめんどくさくなってたりしないだろうか(ベロシティ無効にするスイッチはあるだろうけど)。

最近ハマっていたHASAMI Group「病気が治ったら」、カバーしたのをSoundCloudにあげた。ほんとは歌おうとして10テイクくらい録音したんだけど(マイクも買ったしね)全部なっとくがいかず、結局ガイドボーカル的につくってあった合成音声をつかった。途中までわりとあたりさわりない感じなんですが、最後だけ変です。でも原曲も終盤の盛り上がりすごいもんね。SerumのFMで変な音にするのにはまった結果でもある。

Twitterに入り浸り、適当な飯を食い、散らかった部屋をバーチャル背景でごまかしながら暮らしていた結果、洗濯物がたまりまくっていて、だるい。だるいよ……。

viceとか海外メディア見ているとAmazonなどの会社による労組潰しのリークやストライキの盛り上がりが感じられて、Redditのフォーラムがある種の拠点になっているという話もある。過重労働を引き起こす要因のひとつであるブラック・フライデーを真っ暗にする(Blackout Blackfriday)という運動も呼びかけられている。日本ではあまり、そういう話にはならない(ここで日本の左派のだめなところみたいな話する奴は嫌い)。しいていえば節分とかクリスマスみたいなイベントごとにケーキだの恵方巻だののノルマがどうこうみたいなのがSNSで話題になるとかか。店が書き入れ時なんだったら消費者がそれに乗ってがんがん金使うのもそれはそれで悪いとまでは思わないが、過重労働を従業員にしいたうえで成立しているならくそだよな。

寝起きでびっくりするほど頭痛いやつまたなって午前中ぐったりしてしまった(痛み自体は薬飲んで二度寝したら治った)。ちょっとしんどいのでもうちょっと寝て、きょうも2つくらい仕事を片付けないといけない。そして本も読まないと……。

お昼、といってももう3時のおやつみたいなタイミングだったが、鶏むね肉にほうれん草とチーズを挟んで焼いて食べるのをやった。おいしかった。鶏むね肉は焼きすぎないよう気をつけて温かいうちに食べればふわふわだ。ほうれん草は油脂と相性がいい。

お昼寝したときに見た夢。十人くらいの集団で夜の道を何台かの車や徒歩や自転車で移動していると、現実には見覚えないが夢の中では知り合いという関係性の人に「付き合ってください」と言われて、なんでかためらいなく了承する。あとはふたりでなにか行動していた記憶しかなく、昼に車の後部座席に並んで乗っていたり、歩いたりしていた。いわゆる恋愛関係なのかもさだかではなく、甘酸っぱくもないし幸せでもない、しかし居心地も悪くない変な夢だった。あまりに人恋しくて夢に出てきたのかもしれない。擬人化した人恋しさが。誰だあれ。

東京で文フリが開催される。ほんとは行く気まんまんだったが、先週からのお仕事の波が今週にまで流れ込んできたので断念。物書きの仕事をちゃんとやりだして3年くらいになるのだが、いまだに同業者で話したことがある人は限られている。ということもあり、いっぺんああいうひとが集まる場に行ってみたいなーと思う。まあねぇ、でも文フリ行ったところで、お金ないから冷やかしくらいしかできなかったりもして、心苦しくも……。

Interview by KUVIZM Vol.4 ハハノシキュウ(ラッパー、小説家)|KUVIZM|note

ビートメーカーのKUVIZMさんがやってるインタビューシリーズ、おもしろい。ライフヒストリーや音楽遍歴、活動を淡々と聞くオーソドックスな内容なんだけど、ちゃんと人の面白さがわかって、これが積み重なっていくだけで生まれる価値があるよなぁ、とか思った。スタッズ・ターケルの聞き書き本みたいな?

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健康と能率(18)

TALK LIKE BEATS最新回。パ音にリミックスなど外仕事について聞く回がめちゃくちゃよかった(話しながら「これはいい回だな~」と思っていた)。まあ毎度ゲストの方のお話はめちゃ面白いんですが。話の本筋とちょっとそれますが「僕たち[パ音のふたり]って、つくるときに誰かの顔をイメージしてつくってるんですよね」(注)ってくだりとか、パソコン音楽クラブが「ユニット」あるいは「デュオ」であることの特別さを感じましたねぇ……。

ツイートしていないことは言っていないことになるし、その話題だとわかりやすいタイトルをつけておかないとブログに書いても届かない。「健康と能率」にはいろいろと考えたことを書いていて、おそらくもう少し踏み込んで千文字~何千文字かの文章にすれば別の届き方をしそうなトピックがなんとなくメモしてある。しかしそれを「ちゃんと記事にしよう」みたいなことは微塵も思わないし、逆に短いテーゼに縮減してツイートし読まれようとも思わない。届かなかったら届かなかったでいい。

沈黙と雄弁のスペクトラムに交差するようにひろがる聴き手・読み手の関心という勾配を思い描きながらこの日記が(日記ですよ)どのような位置をしめるのか考えてみる。できるだけ変な場所にあってほしい。

ひとつ気がかりだった仕事が済んで今週のタスクはあらかた片付いた(まだ土日やることはあるのだが)。なんか調子のいいことがしたいと思って珍しくビールを買ってきて飲んだ。ついでにお菓子やお惣菜も買ってきたんだけど晩飯食べてからのビールでだいたい満足してしまった。おれは酔うとずんと頭が重くなって、あまり気持ちよく酔えない。しかしこの重く鈍い感じが嫌いでもない。鈍さは人を助ける。

ここ最近、なんだかんだでTwitterをよく見てしまっていたが、さすがに疲れてしまった。もう少し続けたらまた調子が戻るのかもしれないが、しかしTwitterの調子なんか戻ってもしょうがない。

Lil’ Leise But Goldの新曲がすげぇいい。たとえばPinkPanthressと並べても聴けそうな軽やかなドラムンだが、KM独特の硬質な、ちょっとIDMっぽくも感じられるときがあるビートの鳴りと、Lil’ Leise But Goldの脱力気味でメロディック、かつクールなフロウのバランスがすげぇいい(二度目)。

昨日酒を飲んだからかわからないが、翌日用事を済ませた昼にお風呂入ってあったまったら疲労がバチコンとでてきて午後ほとんどまるごと寝てしまった。まだ疲れている。健康が欲しい。

注:ざっくり書き起こし。西山さんいわく「僕らは相手がいる曲をつくるときに、ものすごく相手の顔を考えてつくるタイプだなって思ったんですね。人によっては自分の制作スタイルがばちっときまっていてどんな相手に対しても自分のアプローチを返すっていう人もいると思いますし。それは純度の高さがすごく魅力的なんですけど、ぼくたちって、つくるときに誰かの顔をイメージしてつくってるんですよね。たぶん、アルバムをつくるときは、僕が柴田くんの顔をイメージしてて、柴田くんが僕の顔をイメージしてるんだと思うんです。顔っていうのはつまり、相手が気に入ってくれるかなってことなんですけど。」(49分50秒頃~)

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健康と能率(17)

SHURE SM48を買った。名前のとおりSM58の廉価版で実売5000円程度と58の半値以下。前使っていた名前もよく覚えていないマイクはハイのいち部分が変に強調されていたのだけれど、少なくともそれがなくなったのはよかった。とはいえ他にマイクわからんしこれ「が」よかったのかどうかはもちろんわからない……。

ここ数日、書き仕事とインタビューが折り重なってしっちゃかめっちゃかになっている。「変にペース崩すとまずい」と思ってとりあえずいけるとこまでいく。量としてはそこまでではないのだが、作業がなかなかうまく進まないし、なにより寝不足で能率が悪い……。きょうも夕方に取材がある。昼が締切の原稿をなんとか送れたしそれまで昼寝する。

このあいだキャベツをひとたままるごとフードプロセッサーでみじん切りして冷凍しておいた。そのこころは、オートミールお好み焼きをすぐつくれるように……。オートミールお好み焼きはマジでオートミールだけでつくるとお好み焼きっていうかもんじゃみたいになる。それはそれでうまいが多少小麦粉足したほうがいい気もしてくる。

I CARE / imdkm / Ryohei ITO ( imdkm )のTシャツ通販 ∞ SUZURI(スズリ)

SUZURIで「I CARE」Tシャツ(ほか、ロンT、サコッシュ等)つくりました。ほんとうは「IKEA(一部英語圏でアイキアと発音される)」のロゴパロだったんだけど、あんまりシャレとしてうまくもないし精度も高くないから、単にロゴTということで黒一色でつくってしまった。意味は……特に意味はない。「誰も気にしないだろ(Who cares?)」とか「わたしは気にならない(I don’t care)」に対して「わたしが気になるんだよ(I care)」とはっきり言うほうがなんかおもしろい。とか、「気にしぃなんです」というアピールにどうぞ。とか、あるいは「ケア」概念に一家言ありパーソンとしての自己主張にどうぞ。とか…… あとI care because you doですよね、まあ……。

今回はトリブン(おれの儲けになるやつ)つけました。Tシャツを買ってimdkmを応援しよう。金銭的に。

ねこちゃん化するatatakaiyuでめちゃくちゃ笑った。ねこちゃんいいよね……。あと、

「ちゃんと自分の好きなものとか見たいものとか生きてるうちに向き合っておかないと、死んだらなんもできんからね。生きてる間は自分とめちゃくちゃ遊んでおきたい……。ほんとにそれだけなんだろうな」

atatakaiyu

名言かよ

仕事、とりあえず山をこえたので、今晩は珍しくビールを飲みます。限界だ。

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健康と能率(16)

WordPressがChromeからうまくいじれないという現象が発生し、拡張機能を切ったりなんだり試したのだがどうもうまくいかない。シークレットモードやゲストモードを試すと一応動くのでなにかが悪さをしている。ちなみに、Edgeだとなんの問題もない。なんじゃらほい、なんじゃらほい……とやっていたら、クッキーが悪さをしていたようだった。クッキーの削除したら平気になった。灯台下暗し。

「筆者」という(疑似)一人称をめぐる問題。別に問題ではないのだが。そんなもん勝手に使ったらええやんと思う。ただ、この由来を考えると、一人称の「私」を使えない、使うべきではない場所や書き方のなかで、便宜的に三人称としての「筆者」を一人称の代用とする慣習、というのが説明になるんだろう。この理解が正しいなら、〈「筆者」が頻繁に出てくる=一人称を使うべきではない場所や書き方で一人称を使っている〉ことになるから、どこかに歪みが生じているのではなかろうかと思う。一人称を使う書き方を通してもらうか、一人称を出さないか、どちらかに整えたほうがいいような。ささいなことだけど。

「サンプルパック」が生み出すクリエイティブとは?【サンプルパックとヒップホップ 第1回】 | Soundmain Blog

サンプルパックの話、連載ということで今後にも期待。読んでいて思ったが、Ultimate Breaks & Beatsのような定番ネタのコンパイル&リイシューであったり、ロイヤリティフリーのサンプリングCDやそれに類するライブラリ、あるいはちょっと変わったところではターンテーブリスト用のバトルブレイクスといったものも、サンプルパック前史として考えられそうだな、と思った。あるいは放送・ステージ向けの音効ライブラリも。ざっくりわければ「DJやビートメーカーのあいだで共有されてきた知識をより開かれたものにする(=作り手コミュニティからの目線)」「煩雑であったり高コストであったりする権利処理を避ける(=経済的な目線)」の両側面がサンプルパックにはあって、Ultimate~とかああいうコンピは完全に前者オンリー、サンプリングCDは前者の要素がやや薄くて後者に寄っている、みたいに言えそう。そうすると、上の記事で問題とされているサンプルパックはこうしたふたつの観点が入り混じっている(読むとわかるが)。GarageBandに実用性が高いループが入っているのは楽曲制作に必要な知識やスキルの障壁を下げるためだ。アーティストが自らの名前を関してサンプルパックを制作するのは自分の「音」を他人も気軽に利用できる共有物としてひらくことでもある。サンプルパックをリリースするプラットフォームはいわずもがな。サンプルパックは「使い勝手がいい」とか「サンプリングという手法を低コスト・リスクで実践できる」というだけではなくて、そのサウンドひとつひとつにもさまざまな知識やスキルが埋め込まれているものだ、と考えるとおもしろいように思う。

フリーのVUメーターソフトを導入して、各プラットフォームやプレイヤー間のレベル調整をちゃんとやることにした。

なんとなくTennysonのちょっと前のEP聴き返して、マジですばらしい。「You」の5連使いすごいよね。

「議論」や「対話」は過大評価されている。「内省」や「反省」もそうかもしれない。それ以前のルールや場のつくり方がないがしろにされている。

Everyone Is a Genius: Apple Will Offer Parts and Tools for DIY Repairs | iFixit News

AppleがDIY修理のためのパーツや器具、マニュアルの提供をはじめるとのこと。Appleがそこにのりだすのはいいしらせだ。一番そういうの嫌がる印象だったし。ただし、公式にパーツの供給をすることの問題も指摘されていて(任意のパーツの販売をあっさり終了して買い替えを促したり、みたいなこともできてしまう)、「修理する権利」をめぐるいち企業の方針をこえた働きかけって必要なんだなと。日本ではあんまり意識されている印象はないけれども。

特定の企業にかぎった話ではないと思うのだけれども、完結したプロダクトとして洗練させようとすると、ユーザーが手をいれられる領域ってどんどん減っていく(拡張性やメンテの利便性が削られていく)。しかし、そうした方向性の洗練は今後見直されて、メンテナンスの容易さや拡張性といった要素が改めて「良いプロダクトデザイン」の条件になっていくんだろうなと思う。”[W]e’re thrilled to see Apple admit what we’ve always known: Everyone’s enough of a genius to fix an iPhone.”という記事の締めくくりが素晴らしい。

New York Bill Seeks to Prohibit Rap Lyrics as Criminal Evidence (consequence.net)

ニューヨーク州でラップの歌詞を捜査過程で証拠に用いることを制限する法案が提出されているそうで、つまりラップのなかでああしたこうしたというのは表現であって証言ではない、ということだそう。「そんなことあるの?」って思われるかもしれないが、白人男性アーティストが曲のなかで殺人の描写をしたところで「それはあくまで表現でしょ」と受け止められる一方で、ラッパーはしばしばそのリリックの内容が裁判において不利な証拠として使われてしまう例が紹介されている(最近やとテカシとか)。という話からわかるように、これは表現の自由をめぐる問題であるのと同様に、レイシズムの問題でもある(”The use of rap and hip-hop lyrics in particular is emblematic of the systemic racism that permeates our criminal justice system.”と法律の制定に動く議員は語っている)。

2021年に再考する「R&Bの死」|ひらかわ|note

むちゃくちゃ長くて濃い記事で、本筋といえる流れの記述と同じくらいちらと挟まれる余談や見解も面白い。ジャンルというのはときに音楽的特徴の束(様式)として、ときにコミュニティにおける共通言語(あるいは歴史・系譜として受け継がれるもの、とも言える)として、あるいは商業的な要請によってはりつけられるラベルとして機能するものだけれども、そのせめぎあいが凝縮されている感もある。

「エモい」みたいな言葉を使うと、思考停止だ、もっときちんと言語化しろ、みたいな圧をおぼえるときがあるのだけれど、むしろ「エモい」で留める術をきちんと持っておくことのほうが大事なのではないか? もっと細かく言語化しよう、と思った結果、単にレトリックを弄んでいるだけになってるだけじゃないか、みたいなこともあるし、そもそも言語化というのは罠のようなもので、そう言ってしまえば自分がそもそもそのように考えていたかのように錯覚してしまう自縄自縛の装置であって、その装置をうまく使うことができれば「私」に対しても「他」に対しても重要な効果を生むことができる一方で、単に自己欺瞞を塗り重ねるだけに陥ってしまうこともある。

萌え絵がどうこう言われたときに「葛飾北斎が~」みたいなこと言うの安直な議論のすり替えと権威主義の発露という感じであまりのダサさにげんなりする(なにかみてしまった)。

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健康と能率(15)

自分のポッドキャストをやってみようかなと思って、ためしに録音してみる。が、自由に喋ろうとなると難しい。ジャッジもできないし。いくらでもとりなおしできるのもよろしくない。こんなにカットしてパンチインするのはありなのか? というか労力がかかりすぎでは? などと思って保留に。思いつきでパッと録ってアップするくらいのスピード感がないと泥沼だ。そもそもMusic + TalkをつかってSpotify専用にするか、それとも音楽はあえてかけずにYouTubeなんかにあげてしまうか……(atatakaiyuメソッドのパワポvlogで……)とか考えてたけど答えはでんね。

マイクが欲しい。つっても数万円~数十万円みたいなことではなくて、いまつかってるのが、もう12年くらい前に買った1000円くらいのマイクなの。だから5000円とか、そのくらいの価格帯のでいいんだ。じゃあ買ってしまえばいいのだけれども……。レビューみてるとSHURE SM48が手頃感あってよさそう。ちょっと欲出してコンデンサーマイクも気になるけど、おれの部屋は外からのノイズが多い(トラックとかばんばん走る国道沿いの家で、割と音が入ってくる)んであんまり音ひろいすぎても微妙かなーとか思ったりしている。

年末でリリースが重なるからか、取材の案件がいくつかたてこんで、ありがたいし、なにより作品が素晴らしいのでこちらのテンションも上がる。しかしリモートでのインタビューというのはなんだかんだ難しい。いや、そもそもインタビュー自体そこまで数多くないから、実は対面でやったインタビューってマジで2,3しかないか。おれはインタビューが上達していない可能性がある。TALK LIKE BEATSはあくまでトーク番組であってインタビューではないので……。

TLBはいまパソコン音楽クラブゲスト回が配信中。あんまりこういうこと言わないけど、めちゃくちゃいいよ。中編・後編とさらによくなっていくから覚悟しておいてほしい。ちなみにその次のゲストもいい。収録済です。

Inside Tokyo’s Genreless Rave Underground | Bandcamp Daily

Bandcamp Dailyに東京のアンダーグラウンドシーンについて記事がでてるんだけど、カトーマサカーとSPEEDが象徴的にとりあげられていた(seaketaさんも出てくるぞ)。カトーマサカーってまだ行ったことないんだけど配信みたり、あとZINEの手伝いをしたことはある。行ってみたいと思いつつ、東京に行くことすらままならず、ため息だな。イイ記事、こういうプロップスがやっぱりあるんだ、っていうのを、遠くから改めて確認できた感じが。PURE2000についてはMISTRUSTというZINEに空気感がめっちゃつめこまれた写真やレポが載っててすごいよかったんだけど、冊子版もPDF版ももうソールドアウトなんだね。

MISTRUST 20-21 | mistrustzine (base.shop)

Silk Sonicのアルバム、めちゃくちゃいい。30分強、とコンパクトだけど、ランニングタイムのコンパクトさ以上にすげぇさらっと終わる印象。クロージングトラックのBlast Offはきらびやかなバラードで締めに相応しいのだが、ふわ~っと高揚させたあとにぬっとBootsy Collinsが出てきてしゅんっ……って、「なんだこれ、夢だったのか?」みたいな終わり方するの。あと、柳楽さんがツイートしていたけど、サウンドがめちゃ独特で、粒のたった端正な音で、演奏もダイナミックだけど抑制がきいていて、エレガンスのきわみみたい。たぶんサブベースくらいの帯域がはっきり出てくるのは「Fly As Me」くらいで、しかもそれも一瞬「ぶーん……」って生々しいのが鳴る、みたいな出てきかたなんだよね。アナログにしたらそこだけ針が飛ぶのかもしれない(おおげさ)。踊れるんだけど音のレンジが狭くて演奏も抑制が効いて……というとKhruangbinもある意味そうで、ただあっちはややローファイでサイケな(オブスキュアな、ガレージっぽい)手触りなのだが、Silk Sonicはまさに名前のとおりシルクのようにスムースで、冗談のようにゴージャス、まるで方向性は違うんだよな。

そういや、卵白って冷凍できるらしいっすね。製菓系のチャンネル見てて知ったけど。卵黄だけ使うことってまあまああるじゃないですか(カルボナーラつくるとかそういう)。そこで卵白どうしたらいいんだって思ってたけど、冷凍しておいて溜まったらメレンゲとかにしてスイーツにしてしまえばいい。最高かよ。

有隣堂しか知らない世界、気づいたら登録者数10万人超えている! 昨年末の「コンテンツ地獄」で紹介したときは数千人とかだったんだよ。もう2021年の覇権コンテンツでしょ。そういやいま覇権とか言ってる奴いないよね。いるんかな。ブッコロ―ぬいぐるみ欲しい~!!!!

マイク買っちゃったよ。もうすぐ届く。

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健康と能率(14)

【解決】 Googleスプレッドシートで「サーバー エラーが発生しました。ブラウザの 再読み込み を押してください」 | MEMO-LOG (9999ch.com)

備忘録。なんか最近Google Spreadsheetの調子が悪いなと思っていたら拡張機能のせいだったらしい。AdBlock、なんだかんだで表示が狂ったりサイトが用意する機能が使えなかったり、あるいはAdBlockの解除をサイトから求められたりして気づけばホワイトリストが膨大な量になっており、もうこれ意味あんのかな? みたいになっている。

「クセがスゴいネタ」でよくやってたあべこうじの漫談をすげぇウケながら聞く高橋愛、日に日に染みてくる。

日記しばらく書いてなかったのなんでかというとWordpressの調子がなんか妙だったからなのだが、けっこうな量書いてた下書きが消えてしまったのでいっそうげんなりしてしまった。

NiziUの新曲、TikTokでバズる大ネタリミックス音源みたいなノリなのだが、そこで色気を出さずにマジでそのノリで突き抜ける潔さに感心する。実際には引用するフレーズの崩し方や変奏の仕方、音色の抜き差しなどでおおげさな展開をつくりすぎなくても飽きさず聴かせる工夫がたくさんある(展開のタイトさはあるときのTWICEとも通じるかも、それがJYPということなのかもしれんが)んだけれども、印象としては大ネタモノの軽さをまったく失っていないのがいいと思う。結果として、すげぇチャラくて軽いのになんかスケールがデカい、という一曲に。

なにわ男子のデビュー曲。甘い声や流れるメロディといったきらきらした王子様みたいな要素と、そんな流れのなか細かいところでちゃんと現代的なリズムの処理を聴かせる楽曲&パフォーマンスのバランスが良い。Cメロ(Dメロかもしれない)のダンサブルなサウンドを全体的にフィーチャーしてもよかったんではと思うけれども、この楽曲の表情のかわりかたもまたよい……。

ポリコレでもコンプラでもいいが、そうした呼称でくくられる諸問題というのは、ひとつの立場から導き出される明晰な基準ですぱすぱ切り取れるものではなくて、ケースごとに属している問題の体系もそれに対してとるべき態度のありかも違う。なのに、「きれい/汚い」「明確/あいまい」「良い/悪い」といったよくわからない二分法を持ち出して、「汚いものも大事なのにきれいなものばかりにされていく」「このままではあいまいなことが許容されなくなってしまう」「悪いことを覆い隠すのは欺瞞」みたいなつかみどころない、しかしそれっぽく響く問題提起をする人が少なくないように思う。もちろんまさしくそのような批判が必要な局面も多々あるのだが、「AはいいのにBはだめ」といった基準の恣意性が問題になっているときに、恣意性のほうにではなく、それっぽいだけで大した意味のない、しばしば単に反動的でしかない問いをたてだすのは、無意味というか、有害なのではないか? と思う。そうした素朴さは、恣意性の根源にある権力の問題を看過してしまうことで、むしろ権力に対して無防備に、あるいは迎合的になってしまいうる。

キャンセルカルチャーという言葉の問題は、それが「あるひとつの固有な現象」を扱っているかのような気分にさせてしまうことだと思う。「キャンセルカルチャー」という語は実際にはレイヤーも領域も違う問題をときほぐす努力を放棄させ、なにかを語っているかのような錯覚だけを残す。こういう語彙を適当に使う奴が「自分は思慮深く、SNSに流されない、自分の頭で考える人間だ」とでも思ってそうなことに、うんざりする。

↑正直うまく言えている気がしないが、書いとかないと気がすまない、というような感じであった。わけわかんねえよ、とかそれは違うよ、みたいなこと言ってくる奴がいても、なにを言うつもりもない。

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健康と能率(13)

命が大事なのは感情に訴えかけて伝えることじゃなくて、むしろ真顔で言わなきゃいけない。音楽でうやむやにせず、言うべきことはあるというか……音楽の出番はもっと他にあるという感じがする。

命の大事さは音楽で訴えることじゃない。いま折坂悠太が歌うこと | CINRA

1年半くらいかけて使っていた(たぶん)バルサミコ酢がそろそろなくなる。バルサミコならではのフレイバーとかはよくわからなくてむしろお酢の「お酢です!」という感じなくだばだば使えるのがいいみたいな感じでちまちま使っていた。いろんなお酢をきちんと試したい気持ちもあるが、正直お酢ってそんなに出番が多いわけじゃないからむずかしい。

鶏もも肉を皮目から重しをのせて両面焼き、焼き上がったらアルミホイルにつつんで余熱も利用し火を通す。皮から出た油に足りなさそうならバターなどを足してバルサミコ酢とはちみつ(などの甘味料)を加えてやや煮詰めソースにする。とてもおいしい。重しには鍋とかがあるとよい。

三日前、牛乳をゼライスで固めたら牛乳プリンじゃない? とおもって作ったらゼライスの量が多すぎてもちもちの牛乳ができあがってしまった。それがまずいわけじゃないのだがもとめてるものじゃなかったので、いっかい固めた牛乳をまた火にかけて溶かし、牛乳と砂糖を足し、だいたい倍量にして固めなおした。するとふるふるの牛乳プリンができてわたしは満足ですぞよ。あんな量でもいいんだな……。たぶん500mlで一袋くらいに相当すると思う。しかし都合5日間くらい冷蔵庫においといてることになるのだが大丈夫だろうか。おれの胃が。

そういえば以前、ひとから大前粟生『おもろい以外いらんねん』(河出書房新社、2021年。アフィリンク注意)をプレゼントしてもらって読んだのだが、面白かった。お笑いを題材にした青春小説であり、新型コロナ禍の記憶を刻み込んだ記録でもあり、大声をだして傑作だとひとにすすめる感じではないけど、これを読みたかったと思う人は少なくなさそうだ、という、絶妙な作品だった。一番おもしろいのは漫才の場面で、ネタがおもしろいとかじゃなくて、小説にでてくる言葉は果たして誰の言葉か――登場人物の語りなのか、神の視点なのか、それとも神に擬した作者の視点なのか――が融解するポイントとしてネタというのが機能しているように思えた。地の文と会話文、みたいな文の役割分担が小説をつくっているとすると(つまり戯曲のようにト書きがない)、ネタがどのような位置におかれているかに独特なところがあるというか。そもそもこの小説は語り手(主な視点)が何度か変わる。微妙な文彩の使い分けでその変化があらわされる。その微妙さがネタのグルーヴ感によって融解してひとつの勢いが生まれる。ときに加害的で自己破壊的でもある「おもろい」をめぐる葛藤や反省に対して、もっとも雄弁に「おもろい」の感覚をにじませているのは言葉が登場人物を離れてグルーヴしていくところであるのはなにか興味深い。知らんけど(読んだのがまあまあ前なので。半年くらい前?)。

こういう動画はなんとなく見ると楽しい。説明が明快な一方で変にがちゃがちゃしてないのもいい。

いいよねー。Jacob Collierはやっぱヤバいみたいな感想になってしまうが。

何者なんだかあんまりよくわかっていなかったHASAMI Groupにはまりそうになっている。

年末。確定申告の足音が聴こえてきます。まだぜんぜん早いだろって? おれの無能さを甘く見ないでほしい。といって別になにかやるわけじゃない。ただ戦々恐々とするだけなんだ。

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