コンテンツへスキップ →

3.14-15

3.14

[この日付は欠番だ]

3.15

 体温が浅いLFOがかかっているみたいに36.5~37.5のあいだをいったりきたりしていて、おおよそ36度台だがよくわからんタイミングで体温が上がる。体感的にはそんなにしんどくはない。もしかしておれってずっとこういう体調で過ごしてきたのだろうか? しばらく時間を決めて体温の推移を観察しておくか……。
 そんな感じなのでこの週末はほんとになんもせんと、アニラジ聴いて寝ていた。ずっとそうじゃないかと思われそうだが。
 サンプリングや引用やオマージュを「リスペクト」をたてに擁護する向きにはものすごく懐疑的だ。もちろん先人を踏まえることはリスペクトの表明でありうるが、それ以上に不遜で不敵な「書き換え」や「憑依」でもある。たとえばEric B & RakimがI Know You Got SoulでBobby Byrdのシャウト(おまえ、ソウルあるんだろ!)をフックで直にサンプリングするとき、リリックの内容を考えると、この”You”とは”I (=Rakim)”のことだ、と「本当は言ってないこと」をBobby Byrdに言わせている。

最近だとRapsodyのアルバムがこうしたリスペクトと同時に「言ってないことを言わせる」サンプリングのユニークな効果を駆使していて、SerenaではUncle Luke (2 Live Crew)のドシモネタを黒人女性へのエンパワメントの文脈にしれっと置き換える荒業をやってのけている。

あるいはTo Pimp A Butterflyで2pacのインタヴュー音源と架空の対話を演じてみせるKendrick Lamarを想起してもよいだろう。またリリックのレベルでの引用は、誰かの声を乗っ取っとると同時に、自分の声に誰かを憑依させることで、ラッパーという主体のアンビギュアスな性格(作者でもなければ透明な媒体でもない)を発揮する。リスペクトと同じ分量だけの不遜さがサンプリングや引用には常につきまとう。しかし仮にあるテクストやある録音物の「作者」を特権視しなければリスペクトと不遜さの境目すらなくなる。このダイナミズムこそ注目スべき点である。

カテゴリー: Japanese