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3.21

 5時ごろ起きる。まあまあの体調。ちょっと部屋の整理をして、朝飯を食べ、資料を読み、などして、9時過ぎくらいにCDを売りにゆく。5枚売って3400円くらいになった。ゆくゆく買い戻すかもなぁと思いつつ……。ついでに図書館に長島有里枝『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』を返却しに行く。ちょうどリクエストしていた『2010s』が届いていたのでいれかわりみたいにして借りた。はれてこれら2冊は天童市立図書館の蔵書となりましたことを報告いたします(たまに近隣の図書館から取り寄せのときがある)。スーパーでバゲットとスモークサーモンなどを買い込み、酒屋でバルサミコ酢とキレートレモンを買ってくる。
 お昼、淡々と仕事する。サンドイッチつくって食べ、ケーキも食べ、なんか食べすぎだな。

フェミニズムは「優しさ」じゃない。みんなの自問自答 – wezzy|ウェジー

 フェミニズムは学問である、というのは、雰囲気でなんか言える「お気持ち」ではなく学ぶべき対象である、という程度の意味だ思うけれども、それは同時にフェミニズムの運動としての側面を捨象してしまわないかとも思う。たとえて言うなら、英語はきちんと文法とか語彙を学ばないとわからないが、だからといって「英語は学問である」とは必ずしも言わない(英語を扱う学問はある!)のと同じことである。生きた実践であると同時に知の体系でもある。その二重性をこうした言明は損ねてしまうのではないか(そうだな、うーん、学問でないものはフェミニズムではない、というように。そんなはずはないでしょう)。
 「学問」という言葉には権威のニュアンスがある。学問とは言ってみればある制度によって信頼性が担保された知の体系のことであって、単に「学ぶこと」ではない。その制度から漏れ出てしまうものもまた等しく「学ぶ」べきものだ。たとえそれが学問と呼ばれなかったとしても。

Published in Japanese