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月別: 2020年2月

2.22-23

2.22

 猫の日。関係ないですが。一度早朝に目覚めたがすぐ寝て、8時位に起きる。朝から資料を読んだり聴いたりする。どばばばって依頼がきたのでちょっと忙しい。まあ焦るほどでもないが。なんか調べ物が脇道にそれてティモシー・モートンのハイパーオブジェクツ概念の導入的エッセイを読んでこれが結構おもしろく、モートンはちゃんと読みたいな~などとぼんやり思った。あとグレアム・ハーマン。
 昼、レンズ豆のサグカレーをつくる。バスマティライスで食べたいなぁ。地元では売ってるの見たことないので、Amazonで注文した。あと(あと?)JTNC6も注文した。
 えきねっとをチェックしたら、天童に戻る日にちにも1割引のきっぷがあって、ちょうどいい感じの時間帯だったので予約した。しかし、仕事先から交通費が出る案件でわざわざ1割引を待たんでもよかったのではないかという気はする。
 リリースに数人から購入通知が来る。これは嬉しい。値段つけちゃったからどうなるかなと思ったけど。
 原稿をとりあえずすすめる(アウトラインだけざっくり書く)。読書しようかと思ったが寝てしまおう。すみません。

2.23

 7時起きる。ちょっと飯食べて、8時から「題名のない音楽会」のリピートをBS朝日で見る。狭間美帆さんをフィーチャーした回。狭間さんは青森育ちなのね。どうでもいいですが。凱旋企画みたいな感じで、ゆったり祝福ムード(受賞はしてへんけど)なプログラムになっていた。『Dancer In Nowhere』はとてもいいアルバムでけっこう聴いたな。めちゃくちゃどうでもいいが、狭間さんを思い浮かべようとすると声優の原由実さんを思い浮かべてしまうのだが、別に全然似ていない。似てなくはない。似てないが……。
 『現代思想』掲載の千田有紀さんによる記事が大きな批判を受けている。この時点でまだ手にして読んでいないので内容については立ち入ることはしない。しかし、当該号の目次が出た時点で抱いた「このテーマについてこの人に書かせて大丈夫なのか?」という懸念がどストレートで大当たりだったらしい、ということにがっくりとくる。他に読みたい記事があるのでもう少ししたら購入するつもりではいる(単に金欠……)。編集部はどういうつもりなのだろう。買うことも若干ためらってしまうところがある。少なくとも、鈴木みのりさんの記事が読みたい。新潮のもだな。
 バスマティライスを湯取り法で準備してカレーで食べるというのをやり、バスマティライスは軽すぎて食った気がしないがそれ故に良い(腹にたまりすぎない)ことに気づいた。あとあじまん(山形ローカルの今川焼きチェーン)を食べた。おいちლ(´ڡ`ლ)おいち
 Jazz The New Chapter 6が届く。小室敬幸さん、高橋アフィさん、細田成嗣さんの記事がめちゃくちゃ気になっていて、そこから読んでみるとやはり素晴らしい。グレゴリオ聖歌以来の教会音楽から声楽(合唱)の歴史をたどってジェイコブ・コリアーに接続する小室さんのスケールのデカさ、高橋アフィさんのプレイヤー視点も多分に入りつつドラムキットの生み出す「音色」について掘り下げるコアさ、細田成嗣さんの聞き取りによるアントニー・ブラクストンの影響検討が感じさせる今後のモノグラフ的(同時にそれは彼に影響を受けたミュージシャンたちの群像でもある)展開への期待など。他の記事はすべて読んではいないもののグラウンド・アップ・フェスティヴァルのレポートとマイケル・リーグのインタビューは白眉。これらの記事だけではないが、「教育」にフォーカスするJTNCのカラーがヴィヴィッドに感じられる。かつ、JTNC自体が啓蒙的では決してなく、好奇心によって駆動しているであろうアティチュードがどの執筆者、どの記事からも漂ってくるのが面白い。学ぶこと、学んだことをシェアすることに対する開かれ。
 あといまは村井康司『現代ジャズのレッスン』(アルテスパブリッシング)や小出亜佐子『ミニコミ「英国音楽」とあのころの話』(DU BOOKS)も読んでます。って書き出していくとアルテス、DU BOOKS、ele-king booksばっか読んでるような気がしてくるな。

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2.21

 4時くらいに多分一度起きた。5時半くらいに改めて起きる。朝食にイングリッシュマフィンとパティで朝マック的な雰囲気のあれを。一度やったら気に入ってしまった。お水飲む。お水はたくさん飲むと良い。少し調べ物をしたあと、Bandcampをさらっとチェックする。UKG系の、いい感じのリリースないかなと思ったら、El-BがBandcampでリリースをしてるんですね(昨年末から?)。あとで買っとこう。
 Studio Oneでマスタリング作業。といっても、細かいことをする気力がなくなにもわからんので、Ozone 9 Elementsをかけて、なんか音のクセが嫌なところだけ手動補正。Studio Oneでラウドネス測定して、-12LUFS前後になるよう調整……みたいなことを、さらっとやる。ミックスに戻りたくなる音源もあったので、それはあとでミックスしなおす。「この音だけ目立ちすぎ」みたいなのがたまにある。目立たせたくて他の音削ったりして、そのときは満足でも、あとから聞き直すと「なんでこいつこんなでけぇの?」みたいになる。むずかしい。
 昼、温泉に行く。またサウナ。きょうは露天風呂で外気浴もしたのでフルコース感があった。毎回やろう。
 帰りにスーパー寄って、ちょっと食材を見ていたら、大葉のお徳用パックが「EM育ち」と謳っていてちょっとひいた。うーん、あのEMなのかな? あんまり産地とか農法にこだわったりはしないのだがEM菌はなんかやだ。まあそもそも量がいるわけじゃないのでバラ売りのを買ったが、こちらも単にパッケージが分けられてるだけで同じ銘柄かも。いいんすけど。ね。たらこも買いました。お昼ごはんはたらこスパにした。
 帰宅すると、なんだか急にどどどんと原稿依頼がやってきていた。「なんか仕事ないな最近……」と思っていたらこれだ(うれしい話です)。だいたい受けることになったが、同じ作品のレビュー依頼が2箇所から来たので、片方は断った(先着順)。
 25日の新幹線をとろうとしたら、昨日はなかった割安のきっぷがちょうど乗りたい便に出てて、うきうき購入。キャンセル枠とかなのかな? 帰りは27日の午前中の予定だが、そこももしかしてちょっとねばると出るのかな。 とらずに数日静観しておこう。
 夜、マスタリングがまあ、こんなもんちゃう? となったので、Bandcampでリリース。『The Decade of Depression』、読んで字の如し、2010年代はうつの時代であった。し、振り返ってみれば、少なくとも日本に関しては、恐慌の時代でもあった。と思う。迷ったけど、700円つけた。偉そうですみません。
 ANNi 田所あずさと天津向のどうせワレワレなんて・・・を延々と聴いている(一ヶ月分だけ期間購入したので)。そのせいでめっちゃころあず推しみたいな気分にたってきた(単純接触効果)。でもころあずが出てるアニメってあんま見たことない。あんまっていうかほぼ見たことない? アイカツ見たこともないしな… テレ東系だから。
 寝る前、フットマッサージャーでごりごりに足をほぐした。ついでに書かなければいけない原稿のノートをつくっておく(Evernoteに締め切り、掲載先、概要、文字数などをタイトルに明記してノートをつくり、「執筆中」タグをつけておいて、それでタスク管理している)。おやすみなさい。

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2.20

 5時ごろ、はやめに目が覚める。ふだんは二度寝を決めこむが、なんとなくスマホを開いたらPop Smoke逝去の報。正直、めちゃくちゃにショック。しかも、LAでAir BnBに滞在中、強盗に遭って銃殺されたそうだ。なんでこんなに、若いラッパーが命を落とさないといけないのか? と、ひとしきり、ヘヴィな思いにかられる。天野龍太郎さんが銃規制の問題を絡めながら「This Is America」をツイートしていた。こうした悲劇さえをも消費してはいないか、いるだろう、とChildish Gambinoが問うているような気持ちになる。
 午前中はRSSをチェックしたり記事を読んだり。The 1975の新曲、The Birthday Party、MVに乱舞する(もはや忌々しい)ネットミームたちのなかでデジタルデトックスに励むマッティ。歌詞はここではともかくとして(歌詞も興味深いのだが)、このビデオはなんだかとても泣けてしまった。正直、ミームに通じている人なら眉をひそめたくなるようなMVでもあるのだが、そうしたミームがおのれら自身、デトックスのプログラムに参加しているのだと思うと、ミーム自体に罪などないことにも気づく。また、MV全体のプロットは「マッティがナルシシズムを実現する」というものに思えるが、それはまさにこのMVが執拗に言及するインセル的な精神のなかで阻害されてきたものなのではないか、と思える。4chanにたむろする人々は常に匿名で顔を持たない。構造上「自分を肯定する、自分を愛する」ことができない。匿名掲示板に限らず、SNSでも、人はおのれ自身をおのれ自身の限りで肯定することを許されない(他人の目が数値化されてしまうから。その意味でセルフィはナルシシズムの発露ではない。自己完結しないから)。ナルシシズムは必ずしもいいイメージを持つものではないけれども、しかしあいまいにこちらをまなざす他者という地獄のなかでナルシシズムの契機を奪われてしまうことで、なにかが損なわれている気がする。
 昔の曲のミックス作業、「ヘッドルームは-6db」と目標を定めて、ピークだけ潰す作戦にしたら割とすんなりいくようになった。バランスが崩れない程度に各チャンネルのレベルを調整し、必要であればEQで削るか、ディストーションなどで倍音を足して目立たせた上でレベルをいじる。最終的にはOzone 9 ElementsなどをStudio Oneでかけるつもりでいる(買いました、1000円だったので)。
 Twitterで「音楽ライターがアニメやゲームの話についていけない」みたいな話題があったが、たとえばファミ通とかゲーム系メディアがThundercatやFlyLoに話聞きに行かないのかな? と思う。音楽の話なんかせんでもええんですよ(作品は聴いとかないと絶対だめだが)。とか、結局編集がどういう座組を設定するかの話ではないか。どうしても「書いている人、訊いている人」に焦点があたってしまうが、そもそも「この人にこれをインタビューしてもらおう」という采配が解決する問題って多いんじゃないかなあ。
 来週の東京行きのスケジュールがようやく確定した。コロナウィルスの件もあって、もし仕事がバラしになったら家にいるかと思っていたから安心した(安心なのか? むしろ不安か?)。新幹線で行くぞ~。

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2.18-19

2.18

 7時くらいかな。起きたのは。きのうの日記に書いていないが、MIDIキーボードが届いたんだけど使ってたら2時間位でUSB端子が破損。修理しようとしたらはんだごても死んでる。しょうがないので今朝はんだごて買いに行ったってわけ。でも、無事こて入手して戻ってきたのに、修理して通電まではいったんだけどうまくPCが認識してくれなくて、結局おじゃんになった。おれの3,500円が……。中古品なのに雑な扱いしたおれが悪い。出品者の方は悪くないのでなおのこと自己嫌悪……。
 納豆チャーハンをつくり、食べる。納豆を入れるタイミングを試行錯誤しているがよくわからない。最初に炒めたらいいのだろうか? 最終的に完成はするしおいしいけど、なんかまだスマートな方法があるのでは、と思い悩む。
 なんか調子がでなくて、漠然と仕事をしたふりをし、部屋の整理をし、ぼんやりしていた。なんて日だ。空虚すぎる。
 晩、執筆した記事がふたつ公開される。一方は大橋トリオの作家性についてのコラム、もう一方は最近聴いてる新譜のキュレーション記事的な。前者はメロディとかアレンジの傾向について書けるかみたいな依頼だったのだけれど、調べ物して作品聴いた結果、「いや、録り音の話にしよう」となって、それで書いた。後者はaltopaloを中心に、Takara Arakiさんとヒョゴを紹介。奇しくもこちらも「サウンド」にフォーカスがあたった。

2.19

 6時起き。きょうはイノタクさん仕事の「ミラーボール・ラブ」が収録されるCDの発売日、朝イチで買いにいくつもり。その前に部屋の整理をして、ペットボトルを回収に出す準備。といってもラベルはがして水洗いするだけだが。。。あと、請求書も投函しないといけないな。
 9時過ぎまで、昨日の晩買った音源をTraktorのライブラリに読み込んでビートグリッドを打つなどする。そのついでに、ライブラリの曲をざっくりジャンルごとにプレイリスト化した。今年はちょいちょいDJの予定がある。Juke / Footworkからだんだん関心がレフトフィールド系のベースに移っている。あとノイジーなハードテクノとか。でもあいかわらず面白いのは現代的なバイレファンキだなと思う。いまファンキ界隈でメインストリームな(Kondzillaとかで聴けるような)のとはちょっと違うのだと、kLapというプロデューサーがファンキのエグみといまっぽいダンスサウンドの折衷ぐあいが良い。Frank Oceanと最近一緒にやっているSangoも、前にファンキのエッセンスが入ったビート集を出していた。あのぐらいのバランスが良い。
 10時少し前に家を出て、道中でペットボトルを回収所に持っていったりちょっとほかの買い物したりし、書店の開店時間ちょうどくらいに堂々殴り込み、即購入、カーステでかけながら帰る。最強の一曲です。他の収録曲もダンスミュージック系の粒ぞろいのEPで素晴らしい。最近なんとなくミリシタがいいかなあと思い始めていたけれどやっぱり楽曲の傾向で言うとデレステのほうが好きなんだよな。
 「ミラーボール」というキーワードから「あなたがいるから私が輝く」というストーリーを導き出すの凄いなと思う。じっさいミラーボールは光源がなければ派手な玉だしね。イノタクさんは歌詞も良い。どうなってるんだろう。「サテライト・ラブ」で「もうすぐ銀河系さ 君の匂いがしてきた」というのも「そこで嗅覚なんだ」という、しかし謎の説得力がある。
 お昼はあるものを食べて、午後は寝てました。寝てたと思う。晩ごはん食べてから、過去曲のミックスしなおしをやる。もうどうしたらいいのかわからん感じになっているが、ミックスはRenoiseで済ませてマスタリングをStudio Oneでやるのがいいかしら。と思って、Renoiseでの作業をすすめる。ほぼ、内蔵のエフェクトしか使わない(ポリシー)。でもマスタリングはなんかちょっとしたほうがいいかな。Ozone 9 Elementsってまだセールやってたかな。確認しておこう。

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2.17

 6時半ごろ起きる。うっすら頭痛。寝違えかも。きょうはパラサイトを観に行くぞというかたい決心。ただ、何時の回にしよう? 朝イチにしてしまおうか。9時過ぎの回。
 朝ごはんはイングリッシュマフィンにかんたんにつくったパティと目玉焼きを挟んで朝マック風。近所のマクドが朝マックをやめてしまったのでなんだか悲しい。ので自分でそれっぽいものにチャレンジしてみる。まあまあ。わざとらしいくらい塩気を出しても良さそう。
 パラサイト観る。良い映画だった。たしかにどこに行くのかはらはらはするけど因果論的にきちんと物語ができているので迷子にはならない。以後ネタバレあり。
 アメリカの影がいたるところにチラつく映画であることが気になった。アメリカンインディアン、英語教師、英語混じりの韓国語、アメリカから通販で買ったテント……。ではそこに果たして日本はどのように関与するだろうか? と思うと、米韓の関係性のなかにひっそりと、しかししっかりと浸透しているように思う。最後の惨劇はどのような出来事を模してセッティングされたか? という。このへんを知ろうとしたらやっぱり韓国と日本とアメリカの近現代史をがっつり知らなければなるまい……。
 もうひとつ、これだけあからさまな隠喩をちりばめたポン・ジュノがあるインタビューで「隠喩から逃れたい」と発言していたのはアイロニカルで面白い。しかしそのアティチュードは映画にも埋め込まれているかも。ギウは序盤にいろんなタイミングで「これは象徴的だ」と言って身の回りのものや出来事をなんらかの予兆のように解釈しようとするが、物語が軌道にのりだすと彼もまた隠喩を構築する画面のなかのひとつの駒になる。もはや解釈する側でなく、される側になってしまう。
 また、ギジョンは付け焼き刃の絵画療法で奥さんに取り入るわけだが、そこで施される「解釈」というものがいかに眉唾か、が一時的な痛快さに繋がっている。地上、半地下、地下というこの上なく精神分析的、心理学的な読解に向いた舞台を用意しておきながら、そうした「深層心理」や「トラウマ」的な解釈を拒むような出来事の配置があるわけだ。
 しかしまずもって地上、半地下、地下の関係性はリテラルな社会階層であり、そのあいだの交通がどのように起こっている(いない)のか…?というのが勘所だろう。そのとき、いくらか指摘されている「パラサイト」における「家族」の描写、「家父長制」への態度の問題がクリティカルになってくる。
 端的に言えば、「パラサイト」の男たちは、モールス信号というギミックによって、「家族」の外部でつながることが可能になっている。しかもそれは階級を超える。地下の男とダソンはモールス信号によって通信できているではないか。またそれは同時に、「家族」を再び結びつける(ただし男性の成員だけだが)役割も果たす。ギウがギテクのメッセージを受け取ったように。モールス信号による通信を行わないのは劇中パク社長だけだ。パク社長はモールス信号を通じた男たちの通信から疎外されている――それはまた、「愛」に基礎づけられた家族的紐帯に対する彼の距離ともパラレルだろう。ギテクから妻への愛について問われると明らかにおかしな反応を示すパク社長はおそらく他の男達と別のレベルにいる(それは家父長制の外というよりはまた別の家父長制だろう)。
 それに対して女たちはこの映画のなかでおおよそ「家族」を介さずに通じ合うことはなかったと思う。あまりにも見事に「家族」のなかにおさまりきってしまっている。この対比は「家父長制」が「家族」のあり方というよりも男性中心的に構築された社会の制度であり、「家族」の外部にこそ基礎づけられていることを示唆する。男は「家族」の外側においてもなお「家父長制」によって結びつけられうる。たとえ「家族」の紐帯を欠いたとしてもおそらく「家父長制」の内側には居続けられる――よかれあしかれだが。
 ギウが結局モールス信号によって父親とのつながりを(かろうじて)回復しつつ、「金持ちになる」という発想によってしか父親との再会を想像できないのはかなりヘヴィな描写だ。つまり新自由主義的なイデオロギーの外部へアクセスできないように、男たちは「家族」の外側には行けても、「家父長制」の外側には行けない。むしろ、「家族」の外で男たちにもたらされるホモソーシャルな紐帯こそが、「家族」をしばりつける「家父長制」のもっとも厄介な背骨である。「家族」のなかに都合よく収められた女たちと、その外部を持つようでいて、結局は「家父長制」のなかに閉じ込められた男たち。

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2.14-16

2.14

 7時とか起きたっけか。原稿をひとつ送る。Sexy Zoneのアルバム。内容はまあいいけどマジでなんでつべにもサブスクにもねぇの? という話をしたが、載るかな。この日記が公開される頃にはその結果がわかっていますね。
 みんはや(みんなで早押しクイズ、のこと)にハマってしまう。どうしたらええんや。やめられない。気合でやめる。New Music Fridayをチェック。また大味なポップスばっかだなとなる。
 昼、はたと思い出して請求書を送る。いまどきはPDFでオッケーな場合が多いのでなんか変な気分になる。いっかいプリントアウトして捺印、保管用にスキャンして原本を郵送。

2.15

[なんとこの日付は欠番だ]

2.16

 昨晩、17時くらいになんとなくベッドに入って仮眠したら、翌2時半に目が覚めた。寝過ぎだろう。日記も書く前だった。よくないなー。夜が明ける前に原稿を仕上げて送る。ようやくウェブメディアでaltopaloの話をした。
 二度寝して目覚め、ヨーグルトにミューズリー入れて朝食。9時半くらい。戻ってきたゲラを印刷する。赤入れしないといけない。しかし、気分がのらないので、温泉に行く。
 やや汚い話ですが、サウナに入っていると、「ぬるぺちゃぺちゃぺちゃっ!」みたいな、なんかローションでも塗りたくってるのかという感じで、かいた汗を自分に擦り込むみたいにしている人がいて、衝撃だった。タオル持って入ってるんだから拭いたらいいのに。汗って塗り込むと肌にいいのか? まあいいとしてもものすごくうるさくて、回数が多い。身体の表面をこするだけであれだけの音量が出せるのかと思ったらなんか凄いなと思った。
 かえりがけスーパーにより、バゲットとイングリッシュマフィンを中心に買い物をする。マフィンに挟むパティ用に合挽肉を、サブマリンのためにスモークサーモンとカット野菜を買う。とはいえすぐ食べるのではなく、明日以降に食べるつもりである。じっさい帰って食べたお昼ごはんは冷凍してあったパキスタン風カレー。
 某所に書いた原稿のゲラが届いているので赤入れする。自分では書きたいアイデアをきちんと書いてかたちにできたなと思ってはいるのだけど、誌面のなかで、これ浮いちゃわないかな……と思ってしまう。変なことは書いてない(いや、変なことは書いてるんだけど)はずだから、うーむ、きちんと読まれてくれることを祈る……。
 この春、たぶんまた東北でトークイベント?やると思います。『リズムから考えるJ-POP史』、息長く売っていきたい……あわよくばまた重版したい。お金が入るから。
 コロナウィルスの流行で、月末の東京行きがちょっと不安になってきている。まあ22日のイベント(music is musicのレクチャー)は最悪潰れても致し方がないが、仕事はどうなるのか。大丈夫かなぁ。

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2.11-13

2.11

 たぶん7時ちょっと前くらいに起きた。昨晩送ったメールの返事を確認して、多少仕事を進めて、しかし午前中は寝潰す。お昼になってからちょっと外出して、エナドリを買う。スーパーに寄ったらほうれん草がやすかったので買った、近々サグカレーをつくろう。
 「チル」というワードがあまりに乱用/濫用されている。「チル」な音楽はウィードを吸ってそれ自体に没入するものであると同時に、勉強しながら、仕事しながら聞き流すBGMでもある(まあ、stonedな状態に対するBGMといえば同じかもしれないが)。すごくアンビギュアスな概念だと思う。個人的には、「チル」をサウンドとか音楽に内在的な要素から定義することは難しく、しいていえば前記のような両義的な聴取のモードを指すものと考えるべきなのではないかと思う。ヘヴィミュージックも適切な音量と距離で流せばおそらく「チル」である。
 ただ、もしある程度内在的なレベルで「チル」を定義するならば、「全体性の欠如」くらいは言えるだろう。「曲」や「アルバム」の有機的な統一を目指さない。「反復」とか「コラージュ」みたいなワードが(一部で)注目されるのもその延長線上にある(戦後のミニマル・ミュージックや戦間期~戦後のコラージュが芸術全体に対してどんな役割を担っていたか)。チルだなんだと言われる『When I Get Home』は? 『Blonde』は? と思われるかもしれないが、いやたとえば『To Pimp a Butterfly』とか『DAMN.』みたいなひとつの大きなナラティヴにつらぬかれたアルバムと対比すると、あれら2作があきらかに物語的なものとは異質な構造を持っていることが感取されるだろう。仮に「チル」を全体性の欠如と特徴づけるならおそらくその範疇にくくることはできるだろう。
 (おおざっぱなくくりでよくないのは承知で言えば)アジア人であるということとアジアンディアスポラであることは似て非なるもの、というのはたとえば88risingの躍進を眺めつつ結構考えたことだったが、「パラサイト」にもそういう側面はあるのだな。とTLに流れてきたツイートや記事を読んで思う。そのへんをわりあい安易にごっちゃにしてしまう人は多い。NYTのこの記事で言及されているルル・ワンの『フェアウェル』がまさにそのギャップ(アジアのルーツを持つことと、アジア人であること)を描いているそうなので、気になる。

2.12

 何時に起きたっけ。7時とか? うろ覚えだ。午前中に原稿をひとつ仕上げて送る。
 お昼にカレーをつくる。オイルとスパイスのほかは鶏むね肉とトマト缶だけのシンプルなパキスタン風カレー(サグカレーは後日鶏もも肉でつくることにした)。まあまあうまくできる。クミン、カイエンペッパー、カルダモン、クローヴ、コリアンダー、ガラムマサラ、オレガノ。さらにしょうがとにんにく。と書き出すとなんかたいそうなもんに思えるが、実際には目分量でざっと入れるだけだからそんなに手間と思ったことはない。あ、カルダモンとクローヴだけは乳鉢で擂る。めんどくさいけど趣味だからほっといてほしい。
 さて、オイルにコリアンダーとガラムマサラ以外のスパイスを放り込んで加熱し香りを移したあとで鶏肉を炒める。いい感じになってきたらコリアンダーとトマト缶を入れて煮込む。スパイスカレーはあまり煮込まないらしい。まあスパイスの香り飛ぶからね。でもこれは煮込む。鶏肉がほろほろになるまで……。いい具合になったら、マッシャーで肉をがしがし潰してほぐしてしまう。塩コショウで味を整えてガラムマサラで最後の風味づけをする。偉そうに書いてきたが我流である。でも結構いい感じにできます。
 原稿を書くのに必要なので、Sexy Zoneの新譜を買ってくる。PP加工のブックレットって光沢ついて見栄えはまあ多少いいのかもしれんけど保管のときに油断すると反っちゃうから好きじゃないんだよな。フィルムは湿気を吸わないのに紙は湿気を吸ってしまうから、紙側が若干膨張する。するとくせがついてしまう…… 学生時代に表紙をPP加工したZINEをつくって学んだ。
 セクゾのアルバム聴きつつ、メールチェック&返信、そして月末の上京の段取りを考える。仕事がある日だけ上京するか、22日に行きたいイベントがあるのでそのあたりも鑑みて数日滞在するか……。むずかしい。お金があったらなんも考えなくて済むんだけどね。はっはっは。

2.13

 8時くらい起きる。ちゃっと朝飯食べてやや仕事する。
 午前中のうちに、と思い温泉に行く。サウナをがんがんにキメた。ふわーっと。ふわーっとなる。帰りにスーパー行って、バゲットが安くなっていたので買う。帰宅してきのうつくったカレーにキャベツの千切りを和えて、バゲットに挟んで食べた。こういう食べ方も意外と良い。気に入っている。
 糸井重里が(もっぱらTwitterでの言動によるところが大きいが)批判的に言及されることの多い昨今だが、ある段階でその活動の総括があったとして、次はおそらく佐藤雅彦あたりについて考えるフェーズが来る気がする。糸井重里がコピーライティングにおいてイメージとか雰囲気、ライフスタイル的なものの雛形を提示したのに対して、佐藤雅彦はまったく違うパラダイムにいる。ほぼ日的なものの欺瞞を突くことはおそらく容易であるけれども、佐藤雅彦~ユーフラテス的なものの功罪は現状捉えがたいように思われる。佐藤の仕事は、人間の認知の特性、バイアスを突いてハックしていくようなアプローチに特徴づけられる(初期のコピーライティングからそうだろう)が、そこに実はなんかの穴があるんでなかろうかと思ってしまう。おそらくもうしばらく経ってから2000年代から2010年代を振り返ると「認知科学やその知見を援用した行動経済学」の時代だったということになるんじゃないかと思うのだけれど(実際にそこにコミットしてる人からすると「全然評価されてない、ポモがいまだに幅きかせてる」みたいな感じなのかもしれんが……)、総合的な視聴覚表現におけるその対応物が佐藤雅彦的なるものになるのだと思う。
 サウナでキマった揺り戻しか、体調を崩して寝込む。低気圧もあったかも。これ、どうやったらうまく対処できるんだろう?
 夜、「みんなで早押しクイズ」というアプリをためしにやってみたらなんかハマってしまい、1時間くらい潰してしまった。もう後悔しかない。原稿をちょっぱやで仕上げて寝るぞ……。

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2.9-10

2.9

 6時くらい起きる。雪が凄い。外真っ白。そして寒い。寒いよぅ寒いよぅと思いながらごはん食べる。
 東北芸工大で卒展やってるみたい。11日まで……スケジュール上、今日行かなければのがしてしまう。どうしようかと思ったが、思い立って芸工大に向かう。
 その前にお宝中古市場に行ってCDを売る。6枚くらい売って、6000円くらいになる。そもそも盤で買わないのと、にも関わらず買ってるくらいだから売るには惜しいCDしか手元にないのだが、なんらかの事情(人から貰ったとか、バージョン違いとか)でダブったものがいくつかあったので、売ることにした。へんに死蔵しているくらいなら中古屋にあったほうがいいのでは、と最近思ってるのも手伝って。
 さて芸工大。工芸にめちゃくちゃエモい作品がいくつかあって、よかった。工芸に宿るエモはヤバい。あと工芸コースの近藤七彩さんの家具が変な尖り方をしていてよかったし、卒展外でやっているオープンスタジオでのインスタレーションも、「ああ、こういう展開してく人なのか」って感じで面白かった。いろいろ見てってヤバい人がいるなと思ったら画廊跡地で昨年展示していた駒嶺ちひろさんだった。おもしろいなって思った作品はほかにも結構あったが割愛。企画構想やコミュニティデザイン、地域デザインあたりのやつ、さのかずやさんとかAmpsさんとかあたりに勝手に講評とかしてほしいなと無責任ながら思う。厳しい話にかなりなりそうな気もするが。ガチ感あるそこそこ若いプレイヤーが見たらどう思うんだろう。
 コミュニティデザインだったと思うが、性教育、とりわけ性的合意に関するワークショップをやって、その結果をグラフィカルにプレゼンテーションしている人がいて、これはいい意味で「使える」ものだなと思った。テーマもそうだけど、コミュニティやコミュニケーションの問題にデザインや建築からアプローチしていくと、なにかというとワークショップが大事みたいになってしまいがちだが、課題の設定と成果の可視化、さらにそこで得られた知見の普遍化(ほかの人がどう応用するか、いう話ですね)、までがきちんとまとまっていて、スマートだった。逸見はるかさん(渡邊享子ゼミ)というそうだ。
 15時ごろ家帰ってきて、遅い昼飯としてスーパーの弁当食べて、ちょっと寝る。次の原稿をまとめていかないと……。

2.10

 7時に起きる。きのうの夜は原稿を書き出して、うーん、この分量ならここまでいけるかどうかかな、みたいなあたりをつけて終わった。自分でももっと早くそういうことやっとけよと思う……。
 お昼はThe LASTTRAKSのTakachenCo.さんが天童通りかかるというので蕎麦を食べに行く。さっともりそばをすすって、ファミレスに移ってさらにいろいろ話す。カラオケバーシーン(などというものがある!)の話から近年のダンスミュージックやヒップホップのトレンド、それがアニクラ系の現場にどう影響しているのか……など、面白かった。近いうちにまた東北でなにかトークするかも。TakachenCo.さんはダンスミュージックにも通じているのはもちろんヒップホップもがっつり通っていて、そしてなによりポップスもがっつり追っている。LDHの話でも川谷絵音の話でも盛り上がった。さすがである。
 帰ってきたらタイミングよく雪が降り出した。窓の外の雪を眺めつつ、いや、低気圧なんで頭痛が……。ベッドに倒れ込む。でも仕事はしましたちょっと。がんばります……。

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2.7-8

2.7

 7時起き。寒い。
 夢で、トラセ+ぴょんさん(Twitterにはぴょんころもち+天さんとしたが、よく考えるところあずはいなかった、ナンスだった気がする)とスタッフを乗せた車を運転した。最初は天さんが運転していたがあまりにも運転が不安だったのでスタッフと協議して免許持ちとして運転を担当することになる。目的地は劇場かなにかで、時間がないからなる早で行かねばならないというのに、車はでかくて人はぱんぱんに乗ってるし、なぜか右側通行だから自分の運転もちょっと危なっかしい。めちゃくちゃなプレッシャーでとにかく劇場の駐車場までたどりつくことしか考えられない。ようやく駐車場にのりつけると、この車はいったん返さないといけない、このまますぐ返してから帰りの車を手配しないと……そんなことなんでおれが? と思って目が覚めた。
 SpotifyでNew Music なんたらを一応チェックして、北米やヨーロッパのポップスを聴いていると、こういうボーカルの録り方で空間の作り方はこうでシンセの音色はこういうので……と、質感(構成とかメロとかコードじゃなく)がかなり類型化されている感じがあって、やっぱつまらないなと思うことが多い。結局、サウンドでそこから逸脱してるものが耳につく。Billie Eilishが新鮮に思えたのも、ぱきっとした音で録ってリバーブかけつつ前にせり出させるメインストリーム的なボーカルのトリートメントとは逆行するような声の扱いが新鮮で、しかしYouTubeなどの現代的な聴覚文化全体から見ればきわめて馴染み深い、そのバランスがよかったのだと思う。
 お昼にチキンソテーを焼いて、バルサミコのソースをつくってかけて食べた。鶏むね肉をソテーにすると皮からすごい油が出るので、そこにチューブにんにくとバルサミコを適当に入れて塩コショウで味をととのえる。けっこうおいしい。

 ロンドンのデュオJockstrapのシングル。なんとWARPとサインしたそうな。コラージュ的なストレンジ・ポップをやっていて、2018年のEPとか面白くて好きだった。この曲も、ミュージカルナンバーのごときシアトリカルな構成のなか、延々と妙なギミックがサウンドに仕込まれるかんじ、とても好き。今後の活動が楽しみ!

 Takara Arakiさんのシングル、次々最高を更新している気がする。ヴォーカリゼーションもサウンドも凄い、イントロから引き込まれる。聞き取れないウィスパー、グリッチ的に配置されるスタッター、音のレイヤー、歌詞のダークさ。
 いまだに解禁前にプレス向けにまわってくる音源にどう向き合っていいかわからない。なんか、メーリングリストみたいなのに登録されているのか、定期的に届く。専用のプラットフォーム(流出防止の仕組みがある)でストリーミングするか、場合によっては320kbpsのmp3もしくはWAVがダウンロードできるようになっている。いや、聴きますが……。
 姫乃たまさんの日記にドミューににの日が(有料です)。aniotaさんがTwitterにあげてた、たまさんが妙なポーズをしている写真が使われていて笑う。あれよく見るとおれも変なポーズしている。
 夜、思い立って髪を刈る。刈ったのはいいが、体感温度がエグいくらい下がるので、明日はかぜひくかもしれない。あったかくして寝よう。

2.8

 6時くらい起きる。でも午前中はえんえん断続的に寝る。丸美屋の海苔わさびふりかけ、入手性高く味もよくいいなあと思う。お昼はまたチキンソテー。ソースを少し変えてはちみつを足した。こっちのほうがいいかもしれない。しばらく定番にしそう。
 いろんな思いが渦巻いて輪になって消えていった結果、温泉に行くことにした。けれど、こないだ温泉にもってく用のカミソリが壊れたのを思い出した。壊れたといっても、刃のカートリッジをとりつける本体側のツメの部分が折れただけで、それだけで数百円出すというのもしゃくだ。アロンアルファでかためて様子を見る。
 そんな作業をしていたら、こないだためしに加入してみたScribdの試用期間がおわって課金された旨通知があった。しくじった…… 結局使わなさそうだったんだ。
 温泉行く。温冷浴をしばしキメて、すっきりする。できれば毎日これやりたい。。。
 帰りに図書館に寄って、『2010s』と『「僕ら」の「女の子写真」からわたしたちのガーリーフォトへ』をリクエストしてくる。できれば所蔵してほしいが、他館からの取り寄せになるかもしれない。長いスパンで見れば地域の文化のリソースになるんだから図書館への所蔵リクエストはがんがんしておくべきだと思う。著者からしたら売れなくなるから困るのかもしれんけど……。借りて読んでも結局買うというのもままあるし。そうだ、そういえば拙著、寄贈しようかなあ。恥ずかしいけど。
 渡辺志保さんの番組「MUSIC GARAGE: ROOM 101」に辰巳JUNKさんが出演。映画「ハスラーズ」特集ということで語りまくる。めちゃくちゃ見たくなった! 「パラサイト」と「ハスラーズ」は観ようっと。

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2.6

 6時くらい起きる。でも二度寝。9時くらい起きてきて、鶏むね肉を焼きバゲットを割ってサブマリンにする。こういうのめんどうなのでだいたいカット野菜で済ます。最近ドレッシングとして適当にオイル(オリーヴでも米でもサラダ油でもなんでもあるもの、ただごまとかはキツいのではないか、どうかしら)とバルサミコと塩こしょうをふりかけて和えるようにしている。いろんな味のサラダを頻繁にとっかえひっかえ楽しむならできあいのドレッシングをいくつか用意するのがいいと思うけど、バルサミコひとつあればドレッシングにもソースにもできる、という汎用性をとってみる。でも使い切れるかなあ。まあまあするもんね値段。使いみちをいろいろ調べておくか……。
 昼、ばちばちに頭痛で寝込む。低気圧かなぁ? と思ったらそうでもないみたい(頭痛~る情報)。いや、逆に低気圧→高気圧への坂ができてたしそれもあるのかな。
 小手川正二郎 “「男性的」自己欺瞞とフェミニズム的「男らしさ」―男性性の現象学―”という論文を読む。とても平易に書かれていて、読みやすい。それでいて、男性がヘゲモニックな男性性をどのように内面化し行使しているのか、見て見ぬ振りしてしまっているのか、現象学の手法をとりながら「自己欺瞞」や「自己疎外」といったキーワードを交えて言語化されている。雑に言うと(本文ではかなり丁寧に言語化されている)、なんだかんだで既存の男性性がはかせてくれる下駄にていよくお世話になってしまっていたら、いくら意識だけ高くてもしょうがないのだ、みたいな、言ってみれば男性からすれば非常に居心地の悪い話をしたうえで、それでもなお「フェミニズム的」な「男らしさ」があるとしたらどうだろう? と話が進む。旧い男性性から降りるぞ、と決意するだけではなく、たとえばアファーマティブアクションに代表されるような、男性中心主義的な社会の変革へ向かう取り組みを支持していくべきだ、と。そうだ。

 beipanaさんがシェアしていた動画、ストリーミング時代におけるラウドネスの話。ピークノーマライゼーション(最大レベルを基準にノーマライズ)からラウドネスノーマライゼーション(ラウドネス=聴感上の音量感を基準にしたノーマライズ)の時代へ、というのはよく言われることだが、数値や図解、実演を交えてその変化を論じて、かつどのようにそこに対応しているかも話している。良い。
 天野龍太郎さんが解説するtiny pop。この概念は掴みどころがないようで、しかし批評的な意味はかなり明快である。「ローファイさや拙さ、未完成感、非商業性」と「商業主義的で工業的なポップソングの形式」の両立。アティチュードと形式の分離、というか。ただし、「ポップソングの形式」というのがなにを指すのかというのがやや問題だろう。
 tiny pop的なものの先駆として遡及的に初期ピチカートが挙げられるというのも納得できる話で、前も日記に書いたがピチカートはDX7のような安価な総合音源の登場によってアマチュアの個人でも宅録でポップス――アメリカの分業的体制によって量産されたような音楽――がつくれるようになった、そんな状況の申し子だからだ。もちろんピチカートはバンドであり、メジャーで制作するようになったわけだが……。
 SYNCHRONICITYに浦上想起出演! めでてー! 諭吉さんも出るんじゃん。いいな~。こうなったら岩壁におれが出てほしいアクト全員出てほしい、松木美定、浦上想起、諭吉佳作/men、MON/KU、長谷川白紙、Tohji、リョウコ2000、SNJO……。
 日付変わるくらいのタイミングに原稿を送付。徹夜かな~と思っていたので、よかった。分量の限界に逆に救われた……が、語り足りない気もする。いや、次の原稿の準備しないと。とりあえず、寝る。

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