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1.22

 6時新宿着。バスタ新宿ちかくのネカフェで寝る。といってもぐっすりではない……ずっとあいまいにまどろんでいた。5時間パックをほぼまるごと使って、シャワーも浴びて活動開始。11時前くらい。
 東京オペラシティアートギャラリーの白髪一雄展。ある程度クロノロジカルに画業を追っていく展示。やはり作品自体が良いので、見ごたえがある。とはいえ、二時間弱、いや一時間半くらい?で見た(最後の資料展示はかなり駆け足になってしまった)。足で描く、という特徴的な手法を一度度外視して画面に注目すると、白髪の絵画は画布、染みのような薄い絵の具(あるいはオイル)、もっぱら足の運動がつくりだすストローク、ストロークからはみでた余剰の絵の具、からなっている。そこにどうしても「ダイナミックな画家の身体の動き」を読み取ってしまいそうになるのをこらえると、むしろ画面の圧というか強度というかをつくりだしているのは、運動の痕跡としてのストロークよりも、むしろ運動の停止や余剰によってかたちづくられる絵の具溜まりやその表面の独特な乾燥の仕方であるように思える。むしろストロークはスキー板やスキージーでつくりだす広い面へと連続していくような面としての性格が強い場合が多いのではないか。などと思った。
 昼はTwitter経由の知り合いと会う。一度、渋谷でトーフとやった拙著の刊行記念イベントで挨拶したことがあるだけだが、まあまあ相互フォロー(旧アカでね)歴が長かったので、軽率にお昼ごはんをご一緒した。
 その後、いちど宿に荷物を預けてワタリウム美術館のフィリップ・パレーノ。オブジェが作品の垣根、空間の分節を超えて相互作用し、さらに会場外の気象条件などにも反応していく……が、それを「実感」するにはなにも起こらないかもしれない時間をぼんやり待つ必要もときには出てくる。光や音に気を配り、目の前にみえているものとは明らかに違うなにかとの連関を感じたときにようやく3つのフロア(とその外部)がつながってくる。別段「めちゃおもしれー」と思ったわけではないが、マジで「なにも起こらない」時間が発生する可能性に対する許容がないとこういうのできないのではと思う(でありつつ、「なにかが起こりうる」ようにするプログラミングの仕方もおそらく巧妙なのだろうが)。その点で巧みだなぁ…と。
 会場を出ようとしたら、大学院時代の指導教官に出くわす。大学院は修士課程と博士課程で所属した研究室が変わっていたり、そもそも自分が博士課程に入ってすぐ心身の調子を崩して最悪の状態でドロップアウトするなどのしっちゃかめっちゃかがあったので、結構ややこしい。いろいろと始末がついていないことが多い。未だにきちんと会えていないお世話になった先輩も多いし……。ちょっとだけ先生と近況について話す。なにかあったら連絡して、と名刺をいただいた。ありがとうございます…。
 宿のチェックインまで微妙に時間があったので、国立新美術館のDOMANI明日展へ。正直、うーん、あんまり感心する感じではないのだが、ただ佐藤雅晴と畠山直哉にぐっとくる。畠山直哉の震災後の作品についてはいつかきちんとまとめて見てなんか書きたいなとうっすら思っている。写真集評みたいになるか。ブログにはしないだろう。zineとか?
 いい時間なので宿へ向かう。初めて泊まるホステルだがきれいだし交通の便も良い。ラウンジで作業(っていうか主にこの日記)して、夜は人の家にお肉を食べにお邪魔する。

Published in Japanese