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1月9日

 6時くらいに起きる。暗い。バゲットにカット野菜とスモークサーモンを挟んでドレッシングをまぶして食べる。いっしょにのむヨーグルトも摂る。お腹の調子がよくなることを祈る(食物繊維と乳酸菌とタンパク質、いかがか)。

 グレイソン・ペリー『男らしさの終焉』が届いていたので読む。わりと没頭してしまう。いろいろ微妙な書き方のところがあるような気もする(ぽろっと出てくる男性的、女性的、という言葉づかいとか。でも、本文中でペリー自身がこうした性差が社会的に構築されたものだという立場をはっきり示しているので、不整合ってわけでもなかろう。原文ではどうなのだろう?)が、男性(グレイソン・ペリーはトランスヴェスタイトだが男性である)が男性性の有害さについてユーモラスにエッセイとして記述するさまはやはり面白く、勇気が出る。このまま読み進めていく。

 男性性を批判して、解体していこう、と思うのはそうなんだけど、しかしそれは自分が(シス・ヘテロの)男性として生きてきた来歴からすれば、たとえいかに「そんな社会居心地が悪かったのだ」「そんな自分は自分じゃなかったのだ」と思っていたとしても、自分のアイデンティティの一部を否定することでもある。どんなに自分の(有害な)男性性に嫌気が差していてもそれもまた紛れもなく自分なのだ。ということを考える。自分を否定するってそれがどんな意図や意義や効能を持っていたとしてもなにかしらの痛みは伴う。それをどう乗り越えるか? を考える必要がある。

 夕方少し前、図書館に本を返しに行き、帰りにいきなりステーキに行く。炭水化物食べたらだるくなるし、肉をしっかり食べたら気合入らないかなとわらをもすがる思いで…。郊外型のいきなりステーキは都会のそれのもつ忙しなさとは違うまったり感があった。悪くないけど、通うほどではやっぱりないな。

 ついでにブックオフに行ったらいい感じに探してる本が見つかってほくほく。あと、もひとつ寄ったスーパーで修二と彰の「青春アミーゴ」が流れていて、「地元じゃ負け知らず」というくだりに「このひとら、なんで戦ってるんだ?」と考える。不良みたいなのだっけ。ぜんぜん思い出せない。思い出す必要さえないが。

 夜、酒を飲む。ビールをトマトジュースで割る、レッドアイ。基本的に酒は飲まないようにしているのだけれど、ふとレッドアイが飲みたくなった。度数が低めのカクテルをかぱかぱ飲むのはきらいじゃない。ビールとトマトジュースは体積で言うと50/50だが質量で言えば4:6とか3:7くらいあると思う。すると度数は2%台くらいか。ちんたら飲むから、ビールひとかんぶん(とおなじくらいのトマトジュース)を飲み終えても酔っ払ってるのか酔っ払ってないのか微妙な感じでよい。

 ところで男性性について考えていて思い出した、どうでもいいパーソナルヒストリーをここに書いておこう。人前に出している日記なので一応読み手にも配慮しておくが、シモの話なので飛ばしたい人は飛ばすこと。具体的に言うとちんこの話です。

 自分は20代の前半までながらく、皮がかぶっている、つまり「包茎」であるのがコンプレックスだった。これがやっかいなのが、いわゆる「仮性包茎」ではなくて、いっさい皮が剥けずちょっとちんこのかたちもいびつな真性の「包茎」だったのだ。

 いや、真性の「包茎」でなにがやっかいかというと、ちんこそれ自体もさることながら、世の中に出回っている「包茎」に関する情報は多くは「仮性包茎」に関するもので、整形外科の過剰宣伝かそれに反対する「仮性包茎は問題ない」とかいう話のどちらかばかりだってことだ。「仮性でない包茎なら保険が効く」といいつつ、じゃあ真性包茎ならいくらで治療できるんだよ、という確かな情報はなかなか見つからなかった。

 また、お金はいいとして、果たしてどこのクリニックに行けば(あこぎな商売に巻き込まれずに)治療できるかもわからない。ダメ元でコンタクトをとった泌尿器科からは断られ(「包茎治療したいんですが」って言ってむげもなく「ああ、うちはやってないんで…」って言われる恥ずかしさたるや!)、馬鹿高い金を取られて治療するかずっと放置するかの二択か? みたいになっていた。運良く大阪の梅田にあるクリニックで「これは保険で治療できます」と診断を受け、前後の通院や薬代含め総額2万円くらいで治療できたと思う。もうちょっとしたかな?

 誰かと付き合ったことがほとんどなく(まあこれは自分の人間性の問題だが)、学生時分にできた恋人ともセックスしなかった原因は、もっぱらちんこが妙だからだった(それがわかれた原因ではない、一応)。かといって、じゃあ包茎を手術して治したからそういう自信ができたかというとそうでもない。ただかんたんに清潔にできてとても暮らしは楽になった。勃起時に皮に抑え込まれて不快感や痛みもあったので、それがないのも良い。変な生え方をして痛んでいた親知らずを抜いた、みたいな気分というか。

 そういうわけでいまだに(30をこえてなお)童貞なのだが、これを書くのは非常に迷うところである。人と話していると「ある」前提で話がすすんだりして気まずかったりするから言ったほうが楽な気もする。でも「バンジージャンプしたことない」とか「草津温泉に行ったことがない」のとさして変わらんくらいの気持ちでいるので、それを過剰になんか言われるのも嫌だ。そもそも本題は「包茎」なのでね。「本題が『包茎』」ってのもなんなんだって話だけど……。

Published in Japanese