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カーク・ウォーカー・ダグラス『カニエ・ウェスト論 《マイ・ビューティフル・ダーク・ツイステッド・ファンタジー》から読み解く奇才の肖像』池城美奈子訳、DU BOOKS、2019年

 このところJ Dilla Donuts を題材にしたジョーダン・ファーガソンの著作やAphex Twin Selected Ambient Works Vol.2 を題材にしたマーク・ウィーデンバウムの著作など、次々と翻訳紹介が進んでいる英Bloomsburyの人気音楽叢書、33 1/3。ラインナップはすでに膨大なものでなかなか玉石混交という話も聞くが、「一枚のアルバムをピックアップして、アルバムと同時にそのミュージシャンのキャリアまでを一冊かけて評する」というスタイルはキャッチーで興味をひく。

 次訳されるのはなんなんやろか、と思っていたらKanye West My Beautiful Dark Twisted Fantasy (以下、MBDTF)を切り口にカニエ・ウェストを語り尽くした一冊が、池城美奈子訳で出た。それがカーク・ウォーカー・ダグラス著、池城美奈子訳『カニエ・ウェスト論 《マイ・ビューティフル・ダーク・ツイステッド・ファンタジー》から読み解く奇才の肖像』(DU BOOKS、2019年)だ。ちなみにご厚意によりご恵投いただきました。ありがとうございます。

 カニエはいまなおクリエイティヴィティもお騒がせ度も延々と高め続けるアメリカを代表するラッパー/プロデューサーではあるが、その音楽性を微に入り細に入り論じた評論というのを日本語で読む機会は少ない。ともすればゴシップ的な消費をされかねないところに、この訳書が発売された。満を持して、というところだろうか。ちょうど次のアルバムらしき作品の情報がキム・カーダシアンのSNS経由で発表されたところだし。

 本文について率直に言うと、面白いのだが、単純に文章がむちゃくちゃ読みづらい。音楽のみならずアメリカのハイカルチャーからローカルチャー、あるいはヨーロッパの近現代美術の知識までを総動員しながら、もってまわったレトリカルな語り口でMBDTFの音楽性、メッセージ、ヴィジュアルまでを読解して評価していく。訳者があとがきで指摘する通り、「学者肌の音楽好きが、読みやすさを度外視して過剰な知識と語彙力、想像力を駆使した論文のような本」(p.198)である。

 カニエの、そしてアメリカの(SNS時代以前から)抱えるナルシシズム。あまりにも過剰で、それゆえに断絶や矛盾を抱え込んだ音楽性それ自体が持つ現代性。そしてカニエのアーティスティックな妄執が生み出す言葉やイメージの的確な読解。トピックの選び方も分析・解説の手際もおもしろい。読み手に優しく懇切丁寧にこのアルバムの魅力を伝えよう、などとは毛頭思ってなさそうだが、アルバムの面白さをしっかりと論じきっているのはたしかだと思う。Yeezusをめぐる評価は個人的には(池城さんも言ってるが)どーかなと思ってしまうが。

 訳語のチョイスというかニュアンスがわからないところもいくらかあったのでKindleで原書も買って(1000円くらいです)見たんだけれど、「原文だったらわかる(=訳が悪い)」というわけでもない、わかりづらい文章だった。これはしょうがないと思う。おひとりで訳しきったのは結構な仕事だったのではないだろうか。具体的にめんどくさいところはちょっとだけあとで書いておくがここはひとまず。

 やっかいな本ではあるのだが、読み切ったあとにあとがきで池城さんによる本書への評価を読みひといき。そしてゼロ年代を通じたカニエ・ウォッチャーとして彼の仕事を目の当たりにしてきた池城さんによる、当時の記事をひっぱりだしてきて再考することで浮かびあがらせようとする充実したあとがきの内容がよい。これがなかったら相当きつい本かもなあ。と思う。もちろん「本文よりあとがきのほうが~」などというつもりはない。単純に、ぐぇーっと思いながら読み切ったあとに登場する池城さんの文章の安心感。そしてあとがきに盛り込まれたたしかな情報量。両輪あってこそだろう。価格も手頃(2000円弱というところか)だし、おすすめです。

 ところで件の「めんどくさいところ」。だいたいめんどくさいんだけれど、個人的な関心に引き寄せて2点ほど挙げておく。むちゃくちゃ重箱のスミみたいな話なのでそういうの好きな人向けに。

 まず、アルバム各曲毎の議論に移る前、いわば総論に当たる部分で披露されるアートフォームとしてのコラージュが持つ今日性に関する議論は、内容に新規性があるというわけではない(むしろなんか古臭い)にせよ、サンプリングという技法を考察するうえで必要な論点を提示している。しかし重要であればあるほど凝った、もってまわった話し方をするくせがあるのか、訳がいきおい意訳を差し挟むことになるのは致し方ない。ので、仮にある程度厳密な理解を求める人であれば原文もあたったほうがいいと思う。一冊訳しきるような仕事は無理でも(そう思うとやはり池城さんのかけた労力は凄まじいし畏敬の念を抱く)、1パラグラフとか1文くらいの精読だったらシロウトでもあるていど歯がたつ。

From the heyday of Dadaism and Cubism onward, the most effective collagists, with materials as varied as industrial detritus, voicemail messages, and ATM surveillance footage, have used discontinuity to mirror indwelling ideas about art. Through collage, the artist insists on exemption from generic mandates and programmatic techniques, freeing himself to intuit undiscovered possibility.

Graves, Kirk Walker. Kanye West’s My Beautiful Dark Twisted Fantasy (33 1/3) (p.41). Bloomsbury Publishing. Kindle 版.

 いや、まあ、言ってはみたものの、上記のように原文でもいきなりピカソやらダダの話をしだすので大変である。書く方は自分の考えの赴くままに筆を走らせたのだろうが読む方というか訳者は…… いや、ちかぢか単著を出す身としてあまり偉そうなことは言えないのだが。 訳してみるならこうなる。

ダダイズムとキュビズム真っ盛りのころからこのかた、目立ったコラージストたちは、産業廃棄物、ボイスメールのメッセージ、そしてATMに設置された監視カメラの映像まで多様な素材を携え、不連続性を使って、芸術に関する内に秘められた理念を忠実に映し出そうとした。コラージュを通じて、芸術家は〔芸術家に託される〕ふつうの使命とか予め定められた技術から自由であることを求め、いまだ発見されていない可能性を直感するために自らを解放したのだ。

前掲箇所を拙訳

 池城さんの訳は基本的に文意を反映しているものの、ところどころ日本語としての通り方の問題もあってか目的語や補語、主述を入れ替えて意訳している部分が多いと思う。すると「 不連続性を使って、芸術に関する内に秘められた理念を忠実に映し出そうとした have used discontinuity to mirror indwelling ideas about art」が「芸術が内包するアイディアの不連続性を映し出した」(p.72)と各語の統語上の関係がやや崩れている箇所がある。これを日本語の読み物としての体裁と本文で展開される議論への細部まで漏らさぬ厳密さの天秤と思うとやはり難しい。翻訳は難しい……。

Only through the personal act of selective appropriation, the collagist asserts, can we find what we never knew we sought – the elusive pattern inscribed within chaos, the harmony encoded in noise. As a mode that celebrates fragmentation and obscurantism, is there a form of art more commensurate with life in the twenty-first century?

Graves, Kirk Walker. Kanye West’s My Beautiful Dark Twisted Fantasy (33 1/3) (pp.41-42). Bloomsbury Publishing. Kindle 版.

 2,3文飛ばして、ダダイストにシンパシー持つ者として深く共感したのがこのくだりで、まあ共感っていうかダダイズム(偶然性、あるいは後のシュルレアリスムにおける無意識概念とか)をめぐる議論の定番っていう感じの話だから、わざわざ「コラージュこそが21世紀の芸術だ!」みたいなことを言われても「んなもん20世紀から、あるいは19世紀からずっとそうなんですが」と思うのもたしか。しかし、それがカニエ・ウェストというこのうえなく21世紀的でアメリカ的なペルソナや作品と結び付けられるのは単純に面白い。一応訳するとこうなる。

コラージストたちの主張するところでは、選択的な盗用 appropriation という個人的な行為を通じてのみ、私たちは自ら探していたことすら気づいていなかったなにかを見つけることができる――カオスのなかに刻み込まれたつかみどころのないパターン、ノイズとしてエンコードされたハーモニーを。断片化と意図的な蒙昧を言祝ぐ様態として、これほど21世紀の生活にふさわしい芸術の形式というものがあるだろうか?

前掲箇所を拙訳

 池城さんの訳だと、「混沌のなかに刻まれたとらえどころのないパターンや、ノイズに埋められたハーモニーだけを通して、私たちは探していたことさえ気がついていなかったものを見つけるのだ」となっている。これが「誤訳」と断言できるほどの確信はないが、ダダイズムやシュルレアリスムなどの歴史的アヴァンギャルドの思想から考えて、”what we never knew we sought”とダッシュで繋がれた”the elusive pattern inscribed within chaos, the harmony encoded in noise”は同格ととったほうが良いと思う。そんなもの、探していたなんて思ってなかったけど、カオスやノイズのなかに思いがけない美ってあるんだねえ! みたいなのがダダイズムや同時代のアヴァンギャルドたちの発見のひとつだから(とても雑で不正確な説明ですが)。

 多分こういうことが言いたいんだろうなと思いつつも、もうちょっとわかりやすく書いてもいいのに。めんどくせぇな……と思いませんか。ワタシが怠惰なだけかも?

 もう1つ。「Runaway」を分析した章は、カニエのアーティストとしての方法論、とりわけサンプリングという技法に関するカニエの卓越を論じていておもしろく読んだ。特に次の一節は詩的な隠喩も効いてなかなかぐっときたものだが、どう理解して日本語に落とし込むべきかはかなりめんどくさい。ここについては池城さんの訳は順当ではあると思うけれど一応原文もみて、そのまだるっこしさに触れてみる。

Forget Walker’s drum lick. Time is the funky march, the syncopated breakbeat played back to you at odd tempos by your memory. Time samples your life, compresses and extends and loops whole chunks of it. Time can amplify the overtones of a long gone lover’s sigh, rewrite the lyrics to your marriage vows. Manipulating the shape of our experience, time heals our wounds by changing the way we remember them. The site of today’s demoralizing collapse is the groundbreaking for tomorrow’s greatest triumph.

Graves, Kirk Walker. Kanye West’s My Beautiful Dark Twisted Fantasy (33 1/3) (p.95). Bloomsbury Publishing. Kindle 版.

 比喩まみれ、関係詞も大胆に省略してカンマで言いたいことをつないでいく文章だ。しかし、そもそも時間と記憶の関係自体がサンプリングという技法と深く結びついていることを鮮やかに示している。めんどくさい書き方もこういう魅力がたまにある。強いていえば池城さんの訳で「シンコペートするブレイクビートは……再生される」(pp.145-146)となっている部分は、めちゃくちゃ細かいんですが、前後の部分と合わせて、「時の経過はシンコペートしたブレイクビーツであり……」などと主語を揃えてもよかったのではないかと思う(カンマを挟んで2つの句は同格だと思うので)。しかしもはやそれは個人的な好みだろう……。一応拙訳。

「ウォーカーのドラムフレーズはおいておこう。時間こそがファンキーな行進であり、時間こそが、あなたの記憶が奇妙なテンポで再生して聞かせる、シンコペートしたブレイクビーツなのだ。時間はあなたの人生をサンプリングし、そのかたまり全体を圧縮し、引き伸ばし、ループさせる。時間はずっと前に去った恋人のため息が湛える倍音を増幅させることもあれば、歌詞を自分の結婚式での宣誓の言葉に書き換えることもある。私たちの経験のかたちを操作し、私たちの記憶のあり方を変えてしまうことで、時間は私たちの傷を癒やす。こころを挫くような破滅の跡に今日見えるものは、明日の偉大なる勝利への地ならしでもある。」

前掲箇所を拙訳

 サンプリングという技法は過去のサウンドをそのまま引用したり、切り刻んだり、引き伸ばしたり、早回し/遅回しすることで独特のテクスチャをつくりだす。それは音響的な操作であると同時に、人間の築いてきた歴史や個人的な記憶に対する操作でもある。だとしたら、そもそも時間の経過のなかに生きるっていうのはサンプリングのプロセスのなかに生きるみたいなことだ、と。

Kanye understands this principle, experiments with it. His best samples play with the idea of time’s weirdness, its transformative irony, discovering the sonic vernacular of the future in the scattered potsherds of the past.

Graves, Kirk Walker. Kanye West’s My Beautiful Dark Twisted Fantasy (33 1/3) (p.95). Bloomsbury Publishing. Kindle 版.

「散乱する過去の陶片 the scattered potsherds of the past 」に「未来の音響言語 the sonic vernacular of the future」を見出そうとするカニエ、ちょっと違うけどベンヤミンの「歴史の概念について」に出てくる歴史の天使を思い起こさないでもない。過去の残骸を拾い集めながら未来の言葉を紡ぐ、というのは歴史の天使のあまりの無力さに対してややロマンティックではあるものの、歴史の連続性を退けてあえてアナクロニズムの方へ向かうサンプリングという技法を考える上で、著者が考えていてもおかしくはなさそう。

 とまあ部分部分を深入りしてみたが、こうした個々の議論がカニエ・ウェストという人、そしてMBDTFという作品の全体像を描いていく様子はやはり面白い。アルバム聴きながら、できればSpotifyやYouTubeで片っ端から参照しつつ、もっと欲を言えば原書も年のために揃えて、読むとベリーナイスかもしれません。

Published in Japanese